そんなある日、妹から突然「病気になった。実家に戻って、私と両親を助けてほしい」と連絡がありました。聞けば、妹は大病を患い、長期間の入院と手術が必要になったとのこと。
実家は自営業で収入が不安定なため、妹の入院費に加え、手術の説明や入退院の手続き、退院後のサポートなどで仕事を減らさざるを得ない両親の生活費も援助してほしいというのです。
両親が溺愛する妹が病気に
「家族でしょ……お願い、助けて」
両親からも頭を下げられ、悩みましたが、『高校までは育ててもらったのだから』と自分に言い聞かせ、私は貯金を切り崩す覚悟で実家に戻ることにしました。
その後、手術は無事に成功し、半年ほどで妹は退院しました。しかし、元気になったとたん、妹の態度は急変しました。
「お姉ちゃんお金ありがと!」
「もう病気も治ったし、ATMは用済みだから出てって♪」
妹は、入院中に始めたSNSが思いのほか好調だったことで、「これからはSNSに力を入れて、インフルエンサーとしてバンバン稼ぐから、お姉ちゃんはもう必要ない!」と言い放ちました。
やはり人の性格はそう簡単に変わりません。病気で弱気になっていただけで、私を都合よく使おうとしていたことに変わりはなかったようです。
私は、そんな調子のいい妹に「じゃあ両親のこと頼むね」とだけ告げ、荷物をまとめ、すぐに実家を出ました。二度と戻るつもりはありませんでした。
「は?」
妹は、今までほとんど両親に養われているような生活を送ってきていました。私の言葉の意味を理解できなかったのでしょう。両親は健康ですし、介護が必要なわけでも自営業の店を畳む予定もありません。しかし……。
淡い期待とその結果
実は、私が実家に戻っていた約半年間、両親にはかなりの贅沢をさせていました。生活費を多めに渡し、週末には高級寿司をごちそうしたり、妹の付き添いを代わって温泉旅行をプレゼントしたりしていたのです。
せっかく実家に戻ったのだからと、お金の力を使ってでも両親に感謝されたい、愛情を感じたい――そう淡い期待をしていたのも事実ですが、縁を切るための最初で最後の親孝行という思いもありました。
結果、両親から今までの私への態度への謝罪や、この生活への感謝などはやはり一切ありませんでした。しかし、その代わり、両親の金銭感覚はすっかり狂ってしまったのです。
安定した収入が得られるか定かではない、始めたばかりのSNSの稼ぎで、妹は両親の望む生活を与えることができるのか……。しかし、追い出される私にはもう関係のない話。妹には今まで支えてくれた両親への感謝の気持ちを、これから存分に返していってもらいたいと思います。
案の定、私が実家を出てから2週間後、妹から慌てた様子で連絡が来ました。両親の様子がおかしいというのです。退院した妹をねぎらうどころか、「お姉ちゃんがいたころはもっとおいしいものを食べられた」「生活費が足りない」と不満を口にし、私に戻ってきてほしいと騒いでいるとのこと。
妹のSNS活動はまだまだ駆け出し。収益も出ていないし、いつ収益が出るかもわかりません。病気になる前からしていたアルバイトには、退院後すぐから復帰したようですが、その収入では生活水準の上がった両親の要求に応えきれません。
妹から再び届いたSOS
「お姉ちゃんが親を甘やかしたせいで手がつけられない! 責任を取ってお金を振り込んで!」と妹は要求してきましたが、私は思わず笑ってしまいました。
「これから稼ぐから私はもういらないって言ったのはあなたでしょ? 私の役目はもう終わったから」
両親は妹に対して「もっと割のいい仕事をして稼いでこい」と迫り、連日冷たく当たるようになったそうです。実家での居場所がなくなりつつある妹は、必死にすがってきましたが、私にはもう関係ありません。
私には幼いころから、あの家に居場所などありませんでした。どれだけ努力しても認めてもらえなかったのです。少しばかり居心地が悪くなったからといって、泣きついてくる妹に同情する気にはなれません。
私は妹の連絡先をブロックしました。これからは過去にとらわれず、自分自身の人生を大切に生きていこうと思っています。
◇ ◇ ◇
「家族」という関係性は、ときに人を縛り付け、苦しめる原因になることもあります。親しい間柄だからこそ、思いやりや最低限の礼儀が欠けてしまうと、修復不可能な溝が生まれてしまうものなのかもしれませんね。理不尽な要求は、「家族だから」と我慢してすべてを受け入れる必要はないはずです。たとえ家族であっても、自分の心と生活を守るためには、勇気を持って「距離を置く」という選択肢も持っておきたいですね。
【取材時期:2026年4月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※一部にAI生成画像を使用しています