ある日、義母から突然電話がかかってきました。「息子から聞いたけど、専業主婦の分際で夫にたてつくなんて、図々しいと思わないの?」開口一番そう言われ、私は言葉に詰まりました。
義母はさらに続けました。誰のおかげで裕福な生活ができているのか、夫を立てることを覚えなさい、専業主婦の役割とはそういうものだ、と。
私が「専業主婦だって家庭を支える役割を担っている」「夫には妻へのリスペクトがない」と伝えようとしても、義母は耳を貸しませんでした。
積み重なる違和感
違和感は少しずつ積もっていきました。妊活がうまくいかない中、夫は自身の検査を頑なに拒みました。「結果が怖い」というのが理由でしたが、私はすでに検査を受け、異常がなかったことを確認していました。
夫は、妊活がうまくいかないストレスを私にぶつけ続けました。どうやら夫自身も、孫ができないことへの不満を義母からぶつけられ、参っていたようです。そのプレッシャーを抱えきれず、私に八つ当たりをしていたのでしょう。
ストレスが限界まで積もった私は、気持ちを整理するためにも、しばらく実家に帰ることにしました。
夫が他界
実家に戻った翌日の夕方、義母から連絡が来ました。夫が自宅で倒れ、帰らぬ人になったとのこと。目の前が真っ暗になりました。そんな私をよそに「あなたが家にいなかったせいだ」と義母は責め続けます。
たしかに、私が実家に帰らず一緒にいたら、倒れたときにすぐ救急車を呼べたかもしれません。突然の訃報にショックを受ける私を、義母は容赦なく責め続けるのでした。
それでも私は、喪主として葬儀を取り仕切り、夫を見送りました。義母はそんな私を見て「伴侶を亡くした妻とは思えない」と冷たい目を向けるばかり……。
葬儀が終わったとき、私は義母にある話を持ちかけました。
義母への秘密
私は義母に「これからの人生、お義母さんとは縁を切らせていただきます」と伝えました。
義母は「薄情な女だ」と声を荒らげつつも「それなら息子の財産は全部私のもの! あんたには1円も渡さないし、さっさと相続放棄の手続きをしなさいよ!」と強い口調で言い放ったのです。
私は「もちろんです」とあっさり答えました。そんな私を見て、義母は少し拍子抜けしたような顔……。
実は、夫は生前「いい投資がある」と話を持ちかけられ、消費者金融から多額の借り入れをしていました。もちろんそんなうまい話は存在せず、残ったのは多額の借金だけ。私も生前、その事実を知って頭を抱えていたのです。
私は夫の借金についてきちんと説明しようとしたのですが、義母は「どうせ財産を渡さないための嘘だろう」と聞く耳を持ってくれませんでした。
義母の末路
義母が夫の多額の借金について現実を突きつけられたのは、それから少し後のこと。そのころには、私はすでに相続放棄の手続きを無事に終えていました。
一方、遺産を独り占めできると考えた義母は、夫が遺した高価な時計や車を勝手に売却し、自分のために使い込んでいたようです。後になって知った多額の借金に驚き、慌てて自分も相続放棄をしようとしたそうですが、遺産を勝手に処分したため、放棄が認められない状況に陥っていました。
「借金があるならもっと強く止めなさいよ!」と私を責め立ててきましたが、私が説明しようとしたときに聞く耳を持たず、財産に飛びついたのは義母自身です。これまで冷たくされてきた私が、それ以上助言する義理はありませんでした。
結局、年金だけでは到底足りず、義母は複数の仕事を掛け持ちながら借金を返していると、のちに人づてに聞きました。
私は現在、再就職を果たし、実家から職場へ通う日々を送っています。今回の出来事は私の心に深い傷を残しました。でも少しずつ、自分を取り戻しつつあると感じています。過去を引きずらず、前を向いて歩いていこうと思っています。
◇ ◇ ◇
一度は一生を誓い合ったパートナー。その突然の別れに直面した悲しみと喪失感は、計り知れないものだったはずです。そんな中義母からかけられた言葉は、あまりにも酷で残酷な仕打ちでしたね。
大切な人を亡くしたとき、人は行き場のない感情を抱えるものです。しかし、それを他者にぶつけて自己正当化しようとする姿勢は、決して許されるものではありません。
同じ大切な家族を失った者同士、本来であれば誰よりも悲しみを分かち合い、手を取り合って乗り越えていけたら、心強かったのかもしれませんね。
【取材時期:2026年3月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。