義実家で家政婦同然に扱われ…
結婚して少し経ったころから、私たち夫婦は毎週末のように夫の実家へ通っていました。最初は「家族付き合いも大事だから」と頑張っていたものの、次第に違和感を覚えるようになっていきました。
というのも、義実家に着くと義母は決まって、「おなかすいちゃった~。何か適当に作ってくれる?」と当然のように私をキッチンへ向かわせるのです。
さらに料理を始めると、今度は義父が新聞を読みながら、「風呂掃除もよろしく~!」と、ついでのように掃除まで頼んでくる始末。
こうやって、食事の準備も片付けも掃除も、気づけば全部私の役目になっていました。
家族旅行のお誘いに感激!
そんなある日、義母がうれしそうに「今度みんなで旅行しようと思ってるの♡」と言いました。行き先は、私の祖母が住んでいる思い出の土地。小さいころ、何度も遊びに行った大好きな場所でした。
懐かしさもあり、私は思わず、「わぁ、私そこ大好きなんです!」と声をあげました。
すると義父から、「泊まりたいホテルがあるから、予約お願いできる?後で精算するから、カード決済しといて」と頼まれました。さらに、「○○さん(私)もいつも頑張ってるしな。たまにはゆっくりしないと」と、これまでになくやさしい口調で続けました。
義父が口にしたのは、全国でも有名な高級ホテル。私は少し驚きながらも、「やっと家族として受け入れてもらえたのかも」とうれしくなり、その日のうちに予約を済ませました。
そう。私は無邪気にも、“みんなで過ごす旅行”を楽しみにしていたのです。
義家族の言う“家族旅行”とは…
そして迎えた旅行当日。義両親との待ち合わせ場所に着くと、夫が突然、「じゃ、俺たち行ってくるわ」と言ったのです。
意味がわからず固まる私をよそに、夫は「え?まさか、“家族旅行”にお前も来るつもりだった?」とひと言。さらに義父も悪びれる様子なく、「留守番しながら、ゆっくり休めばいいじゃないか」と続けました。
その瞬間、私はようやく気づいたのです。あの「たまには休んだらどうだ」は、“家で一人で留守番してろ”という意味だったのだと。
夫は最後に、「高級ホテルの予約と支払いありがとな~!」と笑いながら、そのまま改札へ向かいました。
一人取り残された私は悔しくて、情けなくて……。その場で涙が出そうになりましたが、「あぁ、この人たちにとって私は、“家族”じゃなかったんだ」と思い至り、頭がスッと冷えていく感じがしました。
そして、私はその場で祖母に電話をかけ、今までのことを全部話しました。しばらく黙って聞いていた祖母は、最後に静かにこう言ったのです。
「……とりあえず、今からこっちにおいで」
ホテルでの逆転劇
実はホテル代は、事前決済にしようとしたものの、手続きの都合で現地精算へ変更していました。
数時間後、旅行先に着いた義家族は、チェックイン時に高額な宿泊費を提示され、顔面蒼白になったそうです。
「えっ!?支払い済みじゃないの!?」「聞いてないぞ!」と、フロントで慌てる夫と義両親。
すると、スタッフの男性が、「オーナーから、こちらをお渡しするように言われております」と、一通の封筒を差し出しました。不思議そうに封筒を開けた夫は、その場で固まったそうです。封筒の中に入っていたのは、私が署名済みの離婚届でした。
実は、そのホテルのオーナーは祖母の古くからの知人だったのです。私が祖母のもとへ向かったあと、祖母がオーナーに事情を説明し、「これを渡してほしい」と頼んでくれていたのでした。
その後、祖母とともにホテルへ向かった私は、ロビーで呆然と立ち尽くす夫たちと顔を合わせました。
夫は慌てて、「いや、あれは冗談だったんだって!」と言い訳しました。でも私は、もう笑って受け流す気にはなれませんでした。
「家族だと思っていたのは、私だけだったんだね」。そう伝えると、義両親は気まずそうに目をそらしました。そして私は、その場ではっきりと、「もう無理です。離婚してください」と告げたのです。
その後、私は祖母と別の旅館へ移動し、久しぶりに心から落ち着いた時間を過ごしました。
相手に合わせ続ければ、いつか認めてもらえる――。そう思っていましたが、本当に大切なのは、“自分を雑に扱う人から離れる勇気”だったのかもしれません。あのとき勇気を出して離れたことは、間違っていなかったと今では思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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