義妹の結婚式「欠席は許さない!」私を苦しめる計画を企てた義母「来るなと言われて…」真実を伝えると

私は夫、両親、そして祖父母の6人で暮らしています。最近、三世帯で住める家を購入し、にぎやかで温かい毎日を送っています。私の家族はみんなとても仲が良く、自然に支え合うことができる関係です。しかし、義家族は少し事情が違うようで……。
夫は、義家族のことでずいぶんつらい思いをしてきたと言います。義母は義妹ばかりを溺愛し、夫には冷たかったそう。
そんな義妹は、おとなしい性格で、いつも義母の後ろに隠れるようにして過ごしており、私は結婚以来、義妹が言葉を発するところをほとんど見たことがありません。
嫁いびりを楽しむ義母
さらに義母は私にも冷たい態度で、悪質な嫌がらせをしてきます。私の靴に大量の洗剤を入れたり、座布団や食器を私の分だけわざと用意しなかったり……。そんな露骨な嫌がらせが続き、私と夫は義実家と距離を置くことにしました。
しばらくは平和な日々が続いていたのですが、あるとき、義妹が結婚するという報告を受けたのです。さすがに、結婚式には参列するしかないと思っていたところに、義母から電話がかかってきました。
「ウチの嫁は、正式な場では着ることになっている服があるの。それを送るから結婚式で着るように」と言われ、嫌な予感……。後日届いた服を見ると、裾は糸がほつれており、穴も開いていて、シミや黄ばみが多数。夫に届いた服を見せ、聞いてみても、「こんなの母さんが着ているところを1回も見たことない」と言います。
ここまでして嫌がらせをしたいのかと、あきれていた次の瞬間、突然インターホンが鳴りました。
玄関を開けると、そこに立っていたのはなんと義妹。いつも義母と一緒の義妹がひとりで現れたので驚いていると、「結婚式には、来ないでください……。お義姉さんには、どうしても来てほしくないんです!」と言い出しました。
私は義妹にも嫌われていたのか……とショックを受けましたが、実は義妹のこの発言は私を守るためのものだったのです。
結婚式当日、暴かれた本音
そして、義妹の結婚式当日。私と夫は親族控え室には入らず、式場の敷地内の庭からこっそり義母の様子をうかがうことにしました。すると義母が親族控え室から外に出て、庭で電話をかけ始めました。同時に私のスマホが鳴り、義母からの電話に出ると……。
「ちょっと! あなた、どこにいるの!? もうすぐ式が始まるわよ! さっさと来なさい!」義母にそう怒鳴られ、私は「来なくていいと言われたので」と、義妹に結婚式に参加するなと言われたことを伝えました。
それを聞いた義母は「義理の妹の結婚式なのよ!? 歓迎されていなくても、どんなことがあっても来るべきでしょう!」と憤慨。すると、隣にいた夫が私の手を引き、私たちは隠れていた場所から、義母の目の前に飛び出しました。そして「母さんの思惑はもう、みんなにバレてるんだよ」と言ったのです。
実は、義妹が家に来たあの日、「お母さんが、お義姉さんに黙ってスピーチさせようとしてるんです。きっと用意させないで恥をかかせたいんだと思います……」と教えてくれたのです。私が緊張しいであることを知っていながら、義母は私にぶっつけ本番でスピーチさせようとしていたのだと……。
「そんなの、何かの誤解よ!」そう言って、慌てて取り繕う義母。夫は無言で自分のスマホを取り出すと、換気のために開け放たれていた親族控え室の窓に近づき、部屋の中にも聞こえるほどの大音量で録音データを再生しました。
「あの女にリサイクルショップで買った激安のボロボロな服を送ってやったわ! あとは、あの女には黙って、当日はスピーチもさせてやるのよ! 完璧ね!」
義母が高笑いしながら話す声が流れ、もう言い逃れはできない状況に。さらに、その場に義妹と義父もやってきました。そして義妹が……。
「お母さん、私はあなたの愚痴を黙って聞く人形じゃないの。今までお母さんのこと、どうしても嫌いになれなかったけど、今回の件は人として許せない。私はお母さんと絶縁します!」
そう、夫が流した録音をしたのは他でもない義妹。義母が言い逃れできないよう、証拠を残してくれていたのです。夫も義妹に続けて「俺も、母さんとは絶縁する」と義母に告げました。
最後に義父が「もうお前とはやっていけない。今すぐ離婚だ!」と激怒しながら義母に言ったのでした。
家族全員から見放された義母は…
義妹と夫から絶縁宣言、義父から離婚を告げられた義母は、「嫌よ! ごめんなさい! 許して!」と泣きながら大声で騒ぎ出しました。すると義父はすかさず会場スタッフに指示をして、義母を会場から追い出したのです。
幸い、式が始まる前で親族しかその場にいなかったことと、式場スタッフの迅速な対応もあり、義母の不在は体調不良として処理され、その後は無事に結婚式と披露宴を終えることができました。
ほどなくして、義両親は離婚。家を追い出された義母は、アルバイトを始めたと聞きました。しかし義母は、仕事の覚えも悪く、職場の方々に反抗的な態度を取ったりと、どこに行っても厄介者扱いされ、長続きせず、職を転々としていると、風の噂で聞きました。
一方私は、夫、両親、祖父母と楽しくにぎやかに暮らしています。義妹夫婦も義父と同居し、穏やかな生活を送っているようです。時々、義妹夫婦と義父と食事に出かけるなどして、家族みんなで仲良くしています。
◇ ◇ ◇
結婚式という神聖な場を、嫁いびりの道具にしようとするなんて許せませんね。しかし、その非道な行いがきっかけで、義母以外の家族が結束できたのは不幸中の幸いだったのかもしれません。これからは誰に邪魔されることもなく、温かい家族の時間を存分に満喫してほしいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
続いては、新しい命の誕生というおめでたい出来事の裏で起きた、義母のあり得ない暴言エピソードです。「娘の結婚式に出産を重ねるなんて」と怒り狂い、命がけの出産を終えたばかりの妻に離婚届を送りつける義母……。
自身の見栄やプライドを優先し、生まれたばかりの赤ちゃんの命すら否定する義母に対し、妻が突きつけた事実と、真実を知った夫や義姉が下した決断とは!?
義姉の結婚式当日に陣痛が…式を欠席すると義母「家族じゃないから離婚しろ!」結果、孤立したのは…!

ある日、義母から義姉が婚約したという連絡がありました。相手は大企業に勤めるエリートだそうで、義母は誇らしげな様子でした。おめでたい話のはずなのに、義母はわざわざ「娘は結婚に成功したけれど、息子は大失敗」と口にしたのです。
「義姉の結婚式はいつですか?」尋ねたところ…
私は笑顔で受け止めながらも、「私と結婚したのが失敗だと言うんですか。夫とは仲良しですよ」と冗談めかして返しました。すると義母は「育ち」の話を持ち出し、母子家庭であることや学歴がないことを理由に、私と夫の相性が良いことまで「勘違い」だと否定してきました。
それでも私は、夫のことを最高のパートナーだと思っています。そして何より、おなかには新しい命が宿っていました。話の流れで、義姉の結婚式が5月の最終週だと聞き、私の出産予定日が5月27日だと伝えると、義母は「なんてタイミングが悪いの」「娘の最高のイベントに出産を重ねるなんて」と、まるで私が意図的に重ねたかのように責め立てました。
私は迷惑をかけたくない一心で「欠席したほうがよさそうですね」と尋ねましたが、義母は「結婚式には絶対に出席しなさい!」「出産は式が終わってからにしなさい」と言い、最後は根性論で押し切ろうとしました。その乱暴な言葉に、私は笑顔を保ちながらも、心の奥が冷えていくのを感じていました。
結婚式と出産が重なったことで、義母から…
それから5カ月後。結婚式当日の明け方、陣痛のような痛みが続きました。前駆陣痛かもしれないと思い、自宅で安静にすることを選択。私は欠席すると伝えていましたが、夫は予定通り結婚式へ向かいました。そんな中、義母からは「這ってでも来なさい!」と、理解に苦しむ電話がかかってきて……。
さらに、「どうして娘の結婚式に出産が重なるように妊娠するの」「誰も喜ばない」「生まれてこなければいい」とまで言われた瞬間、私の中で何かがプツンと切れました。怒鳴り返すのではなく、静かに、けれどはっきりと、「この子の誕生を心待ちにしている人はたくさんいます。お義姉さんも、早く姪っ子を抱っこしたいと言ってくれました」と告げました。
しかし義母は、それすら「お世辞」だと笑い、私の遺伝子が入っているからかわいくないと言い出しました。私にとって今、最優先なのは目の前の命を無事に迎えることです。義母の話はとりあえず「はい、はい、すみません」と聞き流し、電話を切りました。
出産後、義母から送られてきたものは…
結婚式があった夜、私は無事に女の子を出産しました。出産を終えたばかりの私に、義母は開口一番、「息子と離婚しなさい。命令よ」と言ってきました。その理由は「娘の結婚式を欠席したから」「嫁失格」「あなたはもう家族じゃない」という、あまりにも短絡的なものでした。
離婚届まで送りつけ、「あんたに拒否権はない」と言い放つ姿に、私は悲しさよりも先に呆れがこみ上げてきました。そして「離婚なんてしません。絶対にです」と伝えたうえで、これまで浴びせられてきた数々の侮辱や、生まれたばかりの子をおとしめる言葉を思い返し、初めて真正面から義母と向き合う決意をしました。
自分が正しいと信じて疑わず、相手を格下と決めつけて圧をかけるような人に、「育ち」を語る資格はないと伝えると……義母は怒号をあげましたが、私はそのまま電話を切りました。
私と義母のやりとりを聞いた義姉が動いた…!
私はこれまで義母との間で起きた一連のやり取りを、夫に伝えました。するとその夜、義姉が実家を訪ねたそうです。そして義母を真正面から問い詰めてくれました。私が結婚式を欠席したのは出産と重なったから仕方のないこと、私自身が夫に結婚式のほうへ行くよう勧めていたことまで、義姉は理解してくれていました。それでも義母は「嫁の出産より結婚式が大事なのは当たり前」と言い切り、「あの女と子どもの命は重要じゃない」とまで口にしたそうです。
その瞬間、義姉の声色が変わり、「母さんはどうしてそこまで息子の嫁を嫌うの」と問いかけたうえで、衝撃の事実を明かしました。義姉自身も、弟である夫も、義母の知らないところで、塾や学校をサボるほど精神的に追い詰められていた時期があったというのです。姉弟で協力し合い、義母に気づかれないようにしていたとのこと。
表面的な成績や評判ばかりを気にして、家庭の中で子どもたちが心から笑える場所を作れなかった母親としての責任を、義姉は静かに突きつけました。「息子の嫁を切り離すなら、私たちとも他人になろう」――その言葉に、義母は初めて言葉を失ったようでした。
義母から「許してほしい」と連絡が…その末路は
しばらくして、義母から突然、謝罪の連絡が入りました。娘とも息子とも連絡が取れず、私から「一度話しましょう」と言ってもらえないかと、すがるような内容でした。けれど私は、もう「都合のいいときだけ家族」という関係には戻れないと感じていました。私は淡々と、夫は義母と縁を切るつもりでいること、義姉も同じ考えだということを伝えました。
義母はこれまでの言動を反省していると口にし、許しを求めてきました。そこで私は初めて、このやり取りを夫と義姉も一緒に見ていることを打ち明けました。ふたりは「毒親と距離を置く、いい機会だ」と言い、特に赤ちゃんに向けられた言葉は、どれほど謝られても無かったことにはできないと断じました。その思いは、私も同じでした。
後日、義母は親戚に泣きつき、子どもたちを説得してもらおうとしたそうですが、過去の言動や異常な支配ぶりは親戚にも理解されており、味方は現れませんでした。孤立した義母は引きこもりがちになり、ほそぼそと暮らしていると聞いています。
一方で私たちは、夫婦として、そして家族として、穏やかな日々を送っています。義姉夫婦とも仲良くしており、「自分の子どもには同じ思いをさせない」と話し合いました。嫁だからといって傷つけていい理由にはならない――その当たり前を、今度は私たちが次の世代へと手渡していく番なのだと思っています。
◇ ◇ ◇
家族であっても、人格や命を否定する言葉は許されません。自分と家族を守るためにも、必要であれば距離を置く決断をして、安心して笑える家庭を築いていきたいですね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
自分のプライドや偏見を優先し、家族の心や命の尊さを軽視した自己中心的な義母たち。その身勝手な振る舞いは、最終的に家族から見放され、孤独な末路を招く結果となりました。表面的な体裁だけを取り繕っても、相手への思いやりを欠いた関係は必ず破綻するということを痛感させられますね。
理不尽な悪意や支配に直面したとき、いざというときは、自分や大切な家族を守るためにも「距離を取る」「関係を断つ」という勇気のいる選択もできる強さを持っていたいですね。