勝手に義母を連れてきた夫「今日から同居するから!」ただの負担増でムリすぎ…実母にSOSした結果

私は30代の専業主婦です。生まれたばかりの息子と夫の3人で暮らしています。結婚前はやさしかった夫ですが、家事や育児には無関心でした。
子どもが泣いていたので抱っこをお願いすると、「俺があやしても泣き止まないし、やっても意味ないだろ」そんな言葉が返ってきます。
産後の寝不足と慣れない育児、終わらない家事。心も体も限界に近づいていたある日、疲れ切った私を見た夫が「そんなに大変なら、母さん呼ぼうか?」と言い出しました。
夫が突然、義母を連れて同居宣言!?
もちろん私は断りました。義母は決して悪い人ではありませんが、掃除や片付けが得意なタイプではなく、料理も苦手。義実家は整理整頓されておらず、生活優先という印象です。「助かる」というより、「負担が増える」と思ったからです。
ところが翌週、夫は突然、家に義母を連れてきました。
「今日から一緒に暮らそう。家賃も光熱費も割り勘してくれるって言うし、節約になるからさ♪」
頭が真っ白になりました。私の気持ちや体調は、まったく考慮されていない。ショックで言葉が出ませんでした。
案の定、同居はラクになるどころか、私の負担が増えただけでした。
義母は気が向いたときに洗濯物を畳んだり、簡単な料理を作ってくれたりはするのですが、やり方やタイミングがまちまち。頻繁に「これはどうするの?」と私を呼ぶので、私も手が止まってしまいます。
やはり家は散らかり、洗い物は溜まり、私は赤ちゃんを抱いたまま後片付けに追われます。夫は「手伝おうか?」と言うだけで、指示待ち。
夫も義母も、悪気がないのはわかっていますが、赤ちゃんの育児と家事に追われ、限界を感じました。
実母を召喚!
私は実家の母に連絡。数日後、母が荷物を持ってやって来ました。
「どうせならみんなで暮らそうじゃないか」
驚いた様子の夫。小声で「聞いてない」と言うので、「私もお義母さんと同居するのは聞いてないよ」と返しました。
母は到着して早々、「じゃあ、みんなで一緒にやろうか!」と言って夫に洗い物と洗濯を任せ、やり方を説明します。義母にも、「お昼までに買い出しお願いできますか?」と声をかけ、2人に具体的な指示を出して、自然に役割を分けていきました。
誰かを責めることも、否定することもせず、淡々と手順を示すだけ。
最初は突然やってきた母に戸惑っていた夫と義母も、少しずつ手を動かすようになりました。
「知らなかった」では終わらせない
数日たったある日、母は2人にこう言いました。
「今まで家事も育児もできなかったのは、『知らなかったから』というのもあると思うけど、知らないから、わからないからといって、やらなくていいわけじゃない」
「これからは、気づいた人が動く。家族はチームなんだから、誰かひとりにすべて任せるじゃなくて、みんなで分担してやっていこうね」
夫は「そうですね」と、うなずいていました。
それからしばらくして、夫は言われなくても洗い物や洗濯をするようになりました。義母も「何かやることはある?」と声をかけてくれるようになり、以前のように「当たり前に、私だけが全部の家事をやる」という状態ではなくなっていったのです。
夫と義母の様子を見届け、母は実家へ帰っていきました。
同居解消へ
同居から2カ月ほどたったころ、私は夫に、義母との同居を解消したいと伝えました。やはり義母との生活は気を張ってしまい、精神的に負担だったからです。
夫は少し考えたあと、義母に自分の言葉でうまく話してくれました。義母は渋々ではありましたが、最終的に義実家へ戻ることを決めてくれました。
その後、同居が解消され、気を使う日々から解放されました。今は、夫と息子と、穏やかな毎日を過ごしています。
正直に言えば、夫が私に相談もなく義母との同居を決めたことを、完全に許せたわけではありません。あのとき感じた戸惑いや不信感は、簡単に消えるものではないからです。それでも、話し合いながら関係を続けていくことはできる。そう思えるようになりました。この小さな家族を、今度こそ大切に守っていこうと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
実母の冷静なファインプレーにより、夫と義母の意識を変え、無事に平和な日常を取り戻すことができました。
しかし、世の中にはさらに身勝手で、自分の都合しか考えていない夫も存在するようです。続いてご紹介するのは、「親孝行」という言葉を都合よく使い、新居へ引っ越しの翌日、義家族を呼び寄せる夫のお話です。さらには、同居を勝手に決めてしまい……。
妻の気持ちを蔑ろにし続けた非常識な夫に待ち受けていた、自業自得な結末とは!?
「お前は口出しするな!」義両親との同居を勝手に決めた夫→3週間後…夫が義両親に退去を懇願したワケ

新築の家が完成した日、夫は嬉々としてとあることを告げてきました。その瞬間、家を建てているときから感じていた違和感が、確信に変わったのです。
当事者のはずなのに、何も教えてもらっていない……その疎外感から、私は夫との今後について考え始めるようになりました。
夫婦で建てたはずの家
やっと完成した新築の一軒家。ローンは夫の単独名義になっています。「そのほうが審査が通りやすい」と言われ、私は頭金の大部分を出す形で合意しました。
生活費も私が多めに負担し、繰り上げ返済に回すお金をためていく。そういう夫婦の取り決めでした。何度も間取りについて打ち合わせを重ね、ともに作り上げた家のはずでした。しかし夫は、完成が近づくにつれ、ことあるごとに「俺の家」「俺がまとめた」と言い張るようになっていったのです。
私が口を挟もうものなら、「細かいことはいいんだよ」と流される始末。正直、引っかかるものはありました。
しかし、新生活への期待がそれを上回っていたのだと思います。引っ越しの日取りも決まり、私はようやく2人の新居での暮らしが始まると思っていたのですが……?
突然の通告
「引っ越しの翌日、俺の両親と姉ちゃんが泊まりに来るから!」
家が完成したその日、夫が突然そんなことを言い出しました。相談は一切ありませんでした。引っ越し翌日の光景が一瞬で頭に浮かびました。まだ荷解きも終わっていないのに、義両親と義姉の3人が泊まりに来る。布団も、掃除も、水回りの拭き掃除も――なにひとつ準備できていない状態で、人を泊められる状態にしろというのか。正直、耳を疑いました。
「ちょっと待って、引っ越しの翌日だよ? 荷解きだってまだ終わってない状態なのに。布団も客用のは箱の中だし、新居の隅々までまずは拭き掃除しないと――」と訴えても、夫は「もう約束しちゃったから! 今になって『ダメ』なんて言えないし、俺が恥かくだろ。ちゃんと人を泊められるくらいにはしておいてくれよ。そういうの、女のほうが得意だろ?」と笑い飛ばしました。夫の目は、私ではなく「親や姉からの評価」に向いていたのです。
その瞬間、怒りがすっと冷えました。夫は「俺の家」と自慢するばかりで、引っ越し準備にはほとんど手を貸していません。「夫」としての役割を何もしていないのに、都合のいいときだけ私を「嫁」として使おうとしていたのです。
「……せめて、日帰りにしてもらえない?」と頼んでも、「みんな楽しみにしてるんだから、変えられるわけないだろ」の一点張り。最後には、「嫁として、ちゃんと準備しておけよな」と言い残して、自室に帰ってしまいました。
私の手間も、私の疲れも、夫の眼中にはない。準備をするのは私で当然、でも相談する必要はない――夫の頭の中で、妻である私とはそういう存在なのだと悟った瞬間でした。
深くため息をついた、その直後でした。義姉から届いたメッセージを見て、私は思わず目を閉じました。
「新居完成おめでとう! でも、引っ越しの翌日に泊まりに行って大丈夫? 弟は『あなたがぜひと言ってる』って言ってたけど……、実際、しんどいんじゃない?」
夫は私が義家族を誘ったことにしていたのです。驚くより先に、あきれました。怒りがすっと引いていくのがわかりました。夫は、自分の都合のために、事実を平気でねじ曲げる人なんだとわかってしまったのです。
私のことを気遣ってくれる義姉に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、「大丈夫です、お待ちしていますね。あまり片付いていないかもしれませんけど……」と返しました。ここで私が断ろうものなら、またあとで夫になにか言われるに違いない。そう思って、もう諦めたのです。
義姉は「無理しないでね」と言ってくれましたが、夫の宣告通り、引っ越し翌日には義両親と義姉が泊まりに来ることになりました。3人は私の負担にならないようにと気を遣ってくれ、お祝いと言ってお寿司まで手配してくれました。和やかな場の空気が、かえって夫の身勝手さを際立たせているようでした。
夫の見栄のための同居
それから1カ月――。
新居での生活にも慣れ始め、段ボールもほとんど開封し終わったころ、ある日、仕事帰りの夫からとんでもないメッセージが届いたのです。
「親父と母さんと姉ちゃん、いっそここで一緒に住もうかなって。もう話もだいたいまとまってるし」
「は?」と思わず声が出ました。二世帯住宅でもない家に、義両親と義姉の3人を呼び込む――そして、また一言も相談なし。しかも、「もう話がまとまってる」とはいったい誰と話し合ったというのか、私には見当もつきませんでした。
「勝手に決めないでくれる?」と返信すると、夫は怒り出して次々とメッセージを送ってきます。
「生意気言うな!」
「両親との同居は決めたことだ! お前は口出しするな!」
ここまではまだ我慢できました。しかし、次の言葉で、私はフリーズしてしまいました。
「一緒に住んでちゃんと面倒見てれば、遺産の話だってこっちが姉貴より有利になるだろ? そういうのも考えないと」
怒りとか悲しみとか、そういう感情より先に、ただ、引きました。この人は「親孝行」と叫びながら、親を相続の道具として計算していた。私はその計画を成功させるための一部であり、意見すら言うことは許されない。頭金の大部分は私が出したのに……その事実すら、夫は都合よく忘れてしまっているようでした。
翌日、仕事の休憩時間に、夫から「いやぁ~、同居が楽しみだな!」と浮かれたメッセージが届きました。私は一言だけ返信しました。
「いいけど、後悔しないでね?」
夫からは「え?」とだけ返信がありましたが、それきりその言葉の意味を問いませんでした。どうせまた「細かいこと」だと思ったのでしょう。
その後も同居の話を一方的に送り続けてくる夫のメッセージを見ながら、私はこらえていた息をようやく吐き出しました。
予想と正反対の同居生活
同居開始から3週間――。
仕事から帰ってきて玄関を開けると、リビングで夫が頭を抱えてうずくまっていました。意気揚々と自分の家族を迎え入れていたあの夫が、です。音で気づいたのか、私の姿を認めるなり夫は泣きついてきました。
「ちょっと助けてくれよ……なんで俺だけこんな目に遭わないといけないんだよ……」
夫がこうなっているのには心当たりがありました。夫がこの家で一番こだわっていた陽当たりの良い書斎は、いつの間にか義姉の荷物置き場のようになっていました。さらに義母からは「あなたが呼んだんだから、身の回りのことは自分でやりなさい」と言われ、食事の支度や片付けも自然と夫の役目になっていたのです。義父も、用があるたびに夫を呼びつけていました。
「俺はただ新築一軒家で親孝行したかっただけなのに! こんなのおかしいだろ! お前からもみんなに言ってやってくれよ!」
涙目で必死に訴えてくる夫を見て、やっと現実が見えたんだな、と思いました。
「私に相談もなく、あなたが勝手に決めた同居じゃない。私には関係ないわ」
「だ、だって、まさかこんなことになるとは……!」と言う夫を制して、私は真実を伝えることにしました。
「あなたが同居を言い出した夜、私、お義姉さんに連絡したの。あなたから聞いたままを伝えたわ。遺産の話も含めて、ね」
夫の顔から、さっと血の気が引きました。
「それに、あなた『親孝行のための同居』だって言ってたじゃない。お姉さんはともかく、ご両親のためになることをやってあげたいんでしょ? ……遺産なんかのために」
義両親も義姉も、夫の魂胆を知っていたのです。そして、ショックを受けていました。無理もないでしょう。
「嘘だろ……」と情けない声を漏らして、そのまま床にへたり込んでしまった夫。「俺の家だ」と威張り散らしていた夫が、まるで別人のようでした。
数日後、義姉と義両親が荷物をまとめているのを目撃した私。私が「どうしたんですか!?」と言うと、義姉がにっこり笑ってこう答えてくれました。
「弟ったら限界を迎えて、ついさっき両親と私に泣きながら『お願いだから出て行ってくれ』って懇願してきたの。だから、両親と一緒に『自分1人で家を建てた気になってるんじゃない』『親孝行を盾にして嫁を振り回すな』……あと、『遺産目当ての同居なら、最初からそう言いなさい』ってがっつりお説教したのよ」
夫は限界だったようで、「ごめんなさい!」と繰り返すばかりだったとか。
「家事も夫に任せられてたし、楽しい同居生活だったのに……残念です」
私がそう言うと、義両親と義姉はそろって笑いました。そして、「いいのいいの。正直、あの子がここまで勝手だとは思わなかったの。しばらく一緒にいて、あなたの大変さもよくわかったわ」と義姉は言いました。
「また落ち着いたら、今度はうちにも遊びに来てちょうだいね」と言って、義姉はやわらかく笑いました。
私が出した答え
同居解消の翌日、夫は「やっと夫婦2人暮らしに戻れた! お祝いにおいしいものでも食べに行かないか? おごるからさ」と提案してきました。
私はにっこり微笑んで、「夫婦2人暮らしに戻るかどうかは、まだわからないかな。まずは実家に帰ろうと思ってるんだよね」と答えました。夫の取り繕ったような笑顔が一瞬で崩れました。
「な、なんで今そのタイミングで!」と焦る夫に、私は笑顔を浮かべたまま続けます。
「これまでのこと全部、一度ちゃんと考えたいから。家づくりを始めてから、打ち合わせも泊まりも同居も、私の意見は全部後回しだった。言葉だけじゃ、もう信用できないところまで来ちゃった」
離婚という言葉は出しませんでした。でも「考えたい」という一言、そして私が実家に戻ったことは、夫を十分に揺さぶったようでした。振り返ってみると、私がずっと恐れていたのは「大きな喧嘩」でも「離婚」でもありませんでした。自分の声が、この家のなかでなかったことにされ続けることへの恐怖でした。
「親孝行」という言葉は便利です。それを盾にされると、反論した途端に私は「冷たい嫁」になってしまう。でも本当に冷たかったのは誰だったのか――それは3週間の同居が証明してくれました。
実家で過ごした2カ月間、夫からは最初のうちは毎日のように反省のメッセージが届きました。義姉からも「泣きながら電話してくるよ」と聞きました。
そして再び私が新居に戻ったとき――そこには以前の横暴さが嘘のように、私に気を遣う夫がいました。まだ完全には信用できていません。でも今は、焦らずゆっくり向き合うことにしています。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
どちらの体験談にも共通しているのは、夫が「妻の負担」や「気持ち」をまったく想像できておらず、夫婦としてのコミュニケーションを放棄していたことではないでしょうか。しかし、2人の妻たちは、ただ泣き寝入りして相手に従うのではなく、周囲の力を借りたり、事実を突きつけたりすることで、はっきりと自分の意思を示しました。
「親孝行」や「助け合う」という言葉は響きがいいですが、誰かひとりの犠牲の上に成り立つものであってはいけません。パートナーから相談なしに生活を脅かすような決定を突きつけられたとしたら、はっきりと自分の気持ちを伝え、平穏な生活を守りたいですね。