夫が私にスマホを渡してきた理由は、SNSに載せる写真を撮るため。
以前、息子を抱っこしている写真を投稿したところ、会社の同僚たちから「いいパパだね」「育児に協力的で素敵」と褒められたらしく、それ以来すっかり味をしめてしまったようです。
実際には、夜泣き対応もしません。おむつ替えもしません。ミルクを作ることすらほとんどありませんでした。
それなのに、SNSには“理想のイクメン”のような写真ばかり並んでいったのです。
他人に見せるためだけの育児
ある日、家族でショッピングモールへ出かけたときのこと――。
息子がぐずり始めたため、私はフードコートの席でミルクを飲ませていました。すると隣に座っていた夫が、露骨にイライラし始めたのです。自分のペースで買い物ができないのが不満だったのでしょう。
ところが突然、夫は私の腕から息子を抱き上げ、「俺がやるよ」と言ってミルクを飲ませ始めたのです。
驚いて顔を上げると、少し離れた場所から夫の同僚たちが歩いてくるのが見えました。
私はその瞬間、すべてを察しました。
案の定、同僚たちは「すごいね、ちゃんと育児してるんだ」「やさしいパパだなぁ」と夫を絶賛。夫もまんざらでもなさそうに笑っていました。
しかし、問題はその直後でした。ミルクを飲み終えたばかりの息子を、夫が突然高く持ち上げてあやし始めたのです。
まだ首も完全にすわっていない時期でしたし、そもそも高く持ち上げて激しく揺らすのは危険です。
私は思わず、「危ないからやめて!」と声を上げました。夫は不機嫌そうに私をにらみつけ、同僚たちは気まずそうにその場を離れていきました。
そして同僚の姿が見えなくなると、夫は無言で息子をベビーカーへ戻したのです。
見られていないなら育児をする意味がない――そんな夫の本音が透けて見えて、私はひどく悲しくなりました。
おむつ替えひとつできない夫
後日、夫の同僚たちが家に遊びに来ることに。夫は朝から張り切っていて、同僚の前で息子に絵本を読んだり、歌を聞かせたり……。もちろん、それまでそんなことをしている姿を見たことはありません。
私はキッチンでお茶の準備をしていたのですが、そのときリビングから夫の声が聞こえてきました。
「うちの嫁、全然育児しないから大変なんだよね」
思わず手が止まりました。よくそんなことが言えるな、とあきれる気持ちしかありませんでした。
しばらくすると、同僚の一人が「おむつ替えたほうがいいんじゃない?」と夫に声をかけました。
その瞬間、夫の表情が固まったのです。
夫は、おむつの場所すら知りませんでした。当然、替え方もわかるはずがありません。
夫は助けを求めるように私を見ましたが、私は気づかないふりをして食器洗いを続けました。
私の助けがないことを察し、見よう見まねでおむつ替えを始めた夫。ちらりと目線をやると、使用済みのおむつは丸めることもせず、そのままゴミ箱へ。おしりもきちんと拭けていません。さらにテープも緩く、数分後には漏れてしまいました。
同僚たちは苦笑いを浮かべるしかないようでした。そして、気まずそうにしながらも、こう言ったのです。
「……本当は、普段ほとんど育児してないんだね」
「奥さんも大変だね……」
私は否定することもできず、曖昧に笑うしかありませんでした。
その後、同僚たちは早めに帰宅。後から知ったのですが、その日のうちに夫のSNSをフォロー解除した人もいたそうです。
エセイクメンの末路
翌日から、夫は会社で以前のように“イクメンアピール”をしても、誰からも相手にされなくなったそう。SNSでの反応も徐々に減っていきました。
後から聞いた話ですが、ある同僚が夫にこう言ったそうです。
「本当に育児してる人って、見ればわかるよ」
「写真だけで“良いパパ”を演じても無理がある」
夫は何も言い返せず、黙って下を向くしかなかったと聞きました。
子どもは、親の見栄や承認欲求を満たすための存在ではありません。特に乳児期は、抱っこの仕方やミルク後の対応など、最低限の知識がなければ危険につながることもあります。
今回の出来事で、夫は「育児しているように見せること」と、「実際に子どもを育てること」はまったく違うのだと痛感したようでした。
最初は周囲の目ばかり気にしていた夫でしたが、少しずつ自分からおむつ替えや寝かしつけを覚えようとする姿勢も見えるようになっています。
まだ完璧とは言えません。それでも、見栄のためではなく、息子のために行動しようと変わり始めたことだけは、以前との大きな違いでした。
子育ては、夫婦のどちらか一方だけが頑張るものではありません。これからも試行錯誤しながら、家族として一緒に成長していけたらと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。