義母「明日が葬儀だから帰省して!」私「出ません!」→拒否したワケ

私は夫と2人で暮らしています。近くには義父が一人で暮らしていて、私のことを実の娘のようにかわいがってくれる優しい人です。そんな義父が手術を終えて退院したため、この日は私の実家で快気祝いをしていました。
穏やかな時間が流れていたのですが、私はふと違和感を覚えました。私と夫、そして義父のスマホが、同じ番号から何度も着信があったのです。知らない番号だったため誰も出ませんでしたが、着信は止まってはまた鳴るの繰り返し。
嫌な予感がしたそのとき、今度は実家の固定電話が鳴りました。母が受話器を取り、表情を変えました。そして私たちを振り返り、こう言ったのです。
「電話の相手は――元義母だよ」
4年ぶりの連絡
4年前、元義母の不倫が原因で義父と離婚しました。当時、義父は仕事で家を空けることが多く、その間に元義母は相手の男性を家に招き入れていたのです。やがてその関係が明るみに出て、離婚に至りました。
義父は元義母の裏切りに深く傷つき、顔も見たくないほどの嫌悪感を抱いていたそうです。だからこそ、慰謝料を請求して争うより、一刻も早く縁を切ることを優先したのでした。それ以来、私たちは元義母の連絡先も消し、こちらから話題にすることすらほとんどなかったのです。そんな相手から今さら電話がかかってきたとなれば、嫌な予感しかしません。私の母が受話器を夫に渡し、夫は小さく息を吐いてから電話に出ました。すると向こうから「やっと出たわね! 何回かけたと思ってるのよ!」と一言。あまりにも一方的な物言いに、夫の眉がぴくりと動き「今さら何の用だよ」と、低い声で返しました。すると元義母は妙に芝居がかった調子で「実はねぇ、大変なことが起きちゃって……」と呟きました。続けて「再婚した夫が亡くなったのよ。母親の私の夫なんだから、あなたにとってはお父さんになるんだから知らせようと思って」というのです。
あまりにも身勝手な理屈に、部屋の空気が一瞬止まりました。 義父も苦い顔でグラスを置き、父も母も言葉を失っています。 私も返す言葉が見つからず、ただ夫の横顔を見つめることしかできませんでした。
信じられない要求
しかし、元義母の話はそれだけでは終わりませんでした。元義母は「それでね、明日葬儀なのよ。人手が足りないから手伝いに来てちょうだい」と一言。夫が「……なんで俺たちが?」と聞き返すと、元義母は当然のように「あなたたち長男夫婦なんだから、取り仕切るのが常識でしょ! 」と言い放ったのです。
その言葉を聞いた瞬間、呆れと怒りが一気に込み上げました。縁を切った相手が、困ったときだけ“家族”を持ち出してくる……。その身勝手さに、私は思わず「私たちが葬儀に出る必要あります?」と口を開きました。すると元義母は声を荒らげ「あるに決まってるでしょ! あなたにとっても父親なのよ!」と激怒! あまりにも的外れな言葉に呆れた私は「いえ……私のお義父さんなら、今ここにいますけど?」と告げました。しかし元義母は、さらに声を張り上げ「そのお父さんじゃないのよ! 私が再婚した人の話! 父親の葬儀を長男夫婦が取り仕切るのは常識でしょ! もちろん費用もあなたたちが出すのよ!」というのです。
その瞬間、私の母の 「ちょっといいですか?」と低い声が響きました。続けて「不倫して離婚したのに、困ったら頼ってくるなんて恥ずかしいと思わないのですか?」と告げました。電話の向こうで元義母が一瞬黙り込み、さっきまでの勢いがわずかに鈍ったように感じました。
本当の狙い
電話の向こうで黙り込んだ元義母でしたが、次の瞬間、苛立った声で「だって仕方ないじゃない! 急なことだったのよ!」と一言。その言い方に、私は違和感を覚えました。悲しんでいる人というより、面倒ごとを押しつけたい人の声に聞こえたのです。
すると夫は冷たい声で「だからって、なんで俺たちが金まで出すんだよ」と尋ねました。すると元義母は「こっちだって余裕がないのよ! 旅行だって行ったし、買い物だってあるし……あ!」と口を滑らせたことに気づいたのです。その言葉で、部屋の空気が一瞬止まりました。夫が低い声で「……金がないの? お金がないから連絡してきたの?」と問いかけました。すると、元義母は開き直ったように「そうよ! 葬儀代が足りないのよ! だから長男のあんたたちが出せばいいって言ってるの!」と言い放ったのです。その瞬間、夫が「ふざけるな! 見ず知らずの人間の葬儀代なんて出すか! 俺の親は、ここにいる父さんだけだ。もう二度と連絡してくるな」 そう言って電話を切ったのでした。
しばらく重たい沈黙が続きましたが母の「嫌な話はもう終わりだ。ほら、飲み直そう!」という言葉で部屋の空気は少しずつ和らぎました。義父も苦笑しながら頭を下げ、夫もようやく肩の力を抜きました。 私も胸の奥にたまっていた重たいものが、少しずつほどけていくのを感じました。
その後、義父はすっかり元気になり、今では私の両親ともますます仲良しに。みんなで次は温泉旅行に行こう、という話まで出るようになりました。
◇ ◇ ◇
血のつながりだけが家族ではありません。本当に大切なのは、困ったときに支え合える関係なのかもしれませんね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、義父と離婚し、不倫相手と再婚していた元義母が登場します。もう会うこともないと思っていた相手から突然届いたのは、「再婚相手が亡くなったから葬儀に来て」「長男夫婦なんだから費用も出して」という信じられない連絡――。身勝手すぎる要求に、夫や義父を含め家族そろってあきれ果てることとなったのでした。
続く2つ目のエピソードでは、義母の死をきっかけに、夫の本性と向き合うことになる女性が登場します。悲しむ間もなく葬儀準備を丸投げされ、自分勝手な態度を取る夫。「もし私が先に死んでも同じなの?」――。積み重なっていた違和感が、やがて大きな決断へとつながっていくことに……。
義母の葬儀当日、夫「なぜ妻がいない?!」→すべてを失った男

結婚したとき、私は幸せな家庭を築けると信じていました。夫は大手企業に勤めるいわゆるエリートで、周囲からも羨まれる縁談でした。私には持病がありましたが、日常生活に支障はなく、仕事も続けながら穏やかな夫婦生活が始まるはずだったのです。
しかし実際は、結婚直後から夫の言葉はどこか冷たく、私が何かを提案するたびに「余計なことをするな」という雰囲気がありました。
転機が訪れたのは、結婚から3年が経ったころです。子どもに恵まれない日々が続き、思い切って検査を受けました。医師からは「妻側の身体に異常は認められない」と告げられたのですが——。
夫は検査を頑なに拒否するだけでなく、「なぜ妊娠しないんだ!」と不機嫌になるばかり。不妊治療を提案しても「余計な金がかかる」と怒鳴り、義母に申し訳が立たないと言い続けました。
不安から出た言葉なのかもしれませんが、八つ当たりとしか思えないその態度は、私にとって大きなショックでした。
夫との不和
夫の言葉は、日を追うごとにひどくなっていきました。不妊治療の話が出るたびに、金のかかる女だと責め、妻として失格だという言葉を繰り返します。
それでもなんとか説得し、不妊治療を始めることができました。しかし夫は、治療にかかる費用は生活費から差し引くと言って聞きません。私の服代や化粧品代まで削るよう命令しました。
持病のせいで余計な金がかかると言い、私が少しでも意見すると嫁は夫に従えと主張する夫……。反論の余地はほとんど残されていませんでした。
嫁いびり義母
その後、状況はさらに複雑になっていきました。夫は子どもができない償いとして、義母に尽くすよう命じます。私は、腰の具合が悪くなった義母のもとへ、仕事終わりや休日に通うことが日課になりました。
しかし義母が私に言いつける内容は理不尽なものばかり。1時間以内に家中の掃除と庭の草刈りを終わらせるようにと命じられたこともあれば、家具を動かして模様替えをしろと言われることもありました。どれも一人では到底こなせない内容です。
中には危険を感じる用事もあり丁重にお断りすると、夫は姑に逆らうなと怒鳴り散らしました。そしてある日、テーブルの上に1枚の紙が置かれていたのです。それは夫が署名した離婚届でした。
「出したければ出せ。いつでも俺たちの関係は終わらせることができる。毎日それを見て思い出せ」そう言い放った夫の表情を、今でも忘れることができません。
義母の他界
それから半年ほどが経ったある日、義母から草刈りに来いと連絡が入りました。急いで向かうと、義母が庭に倒れていました。すぐに救急車を呼び病院に付き添ったものの、そのまま帰らぬ人に……。
夫に電話をかけ、息を引き取ったことを伝えると「今日はどうしても抜けられない会議があるんだ。俺が今から行ったところでどうにもならないだろ」と言い放ちました。葬儀の準備はすべて私に任せる、わからなければネットで調べろと続け、電話を切ったのです。
義母が亡くなったその日、夫が病院へ来ることはありませんでした。私は一人で葬儀社への連絡から手続きの一切を進めたのです。
もし私が夫より先に死んだら、私も同じような扱いを受けるのでしょうか……。そう考えると、居ても立ってもいられなくなりました。
私はすぐに役所の窓口に足を運びました。以前夫が署名して私に渡した離婚届に、私の署名と証人のサインを揃え、窓口の担当者に手渡したのです。受理の印を確認したとき、長い間胸の中に澱んでいたものが、すっとほどけていく感覚がありました。
葬儀に妻不在
数日後、義母の葬儀当日に夫から「なんで来ていないんだ!」と怒号のようなメッセージが届きました。私はただ一言、「欠席します。私はもう独身ですから」とだけ返信。
慌ててかかってきた電話越しに、私は冷ややかに告げました。「あなたが用意して『いつでも出していい』と言っていた離婚届を、提出しただけです」
離婚届を出した後も、私は最後の奉公のつもりで葬儀の手配を淡々と進めていました。その傍らで自分の荷物をまとめていましたが、夫は相変わらず私に無関心。私が離婚届を出し、家を出る準備をしていたことなど、彼にとっては寝耳に水だったのでしょう。
葬儀の進捗すら気にも留めず、こちらが必要な情報を尋ねても返事すら寄越さない夫……。私から離婚を告げる機会もありませんでした。
電話を切る直前、彼は「脅しのつもりだった、考え直せ」と喚いていましたが、今さら応じるはずもありません。法的な手続きを覆す気力さえ、今の彼には残っていないはずです。
結局、私が途中まで引き受けていた義母に関する諸々の手続きは、すべて夫が一人で背負うことになりました。私に丸投げしていたツケが回り、相当な苦労を強いられたようです。
再婚の申し出
離婚から10カ月が経ったころ、元夫から連絡が届きました。「色々と水に流してやるから、戻ってきてもいいぞ」という上から目線の言葉から始まるメッセージです。
その後かかってきた電話で話を聞くと、家のことをすべて自分でやることに疲れ果てている様子が手に取るようにわかります。また、これまで私にぶつけていたストレスの吐け口がなくなり、精神的にも相当溜め込んでいるようでした。
もちろん元夫とやり直す気はさらさらありません。持病の調子も良く、医師からも「ストレスから解放されたおかげでしょう」と言われています。
電話口の元夫に「あなたの存在そのものが最大のストレスだったの」と告げて通話を切りました。今は静かで穏やかな毎日を送っています。
◇ ◇ ◇
「いつでも捨てられる」という脅しが、相手にとって「いつでも逃げられる」という救いに変わりました。夫婦は支配し合う関係ではなく尊重し合うもの。相手を追い詰める行為は、いつか必ず自分に返ってくると改めて感じさせるエピソードでしたね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、葬儀をきっかけに露わになった身勝手な本音や関係性に向き合うことになった女性たちのエピソードをご紹介しました。
元義母が当然のように葬儀代を請求し、家族そろってあきれ果てたり、義母の葬儀の準備を進める中で、これまで見えていなかった夫の身勝手さに気づき、大きな決断をしたり――。人生の節目だからこそ、それまで隠れていた本音や関係の歪みが思わぬ形で浮かび上がることもあります。
理不尽な要求や身勝手な態度に戸惑いながらも、見えてしまった現実から目をそらさず向き合ったからこそ、2人の女性はそれぞれ自分にとって納得できる選択をしていったのでした。