主役を同級生に譲ることになって
大学の演劇サークルで、卒業公演の主役に選ばれたときは本当にうれしかったです。ところが、そのことを同級生のA子は納得していませんでした。稽古がしばらく進んだある日、A子から「なんであなたが主役なの?」と不満をぶつけられ、サークルのOBやメンバーの前で「自分のほうがふさわしい」と強く主張し始めたのです。
結局、場の空気はA子の勢いに押され、私もサークル内でゴタゴタを起こしたくない気持ちから、主役はA子に譲ることにしました。
脚本はOBである、「B先輩」が書いてくれていました。
実はA子は、入部したころからB先輩に憧れているようでした。OBが顔を出す日はやけに張り切っていて、「先輩の作品に出られるなら絶対主役がいい」と、周りにも言っていたのを覚えています。だからこそ、主役への執着が強かったのかもしれません。
B先輩から「本当は君を想像して書いたんだけどね」と言われたとき、胸の奥が痛くなったのを覚えています。
しかし…公演当日、彼女は現れず
しかし、卒業公演当日にまさかの出来事が。なんと、A子が現れなかったのです。
「やっぱり出ない。主役は〇〇(私)お願い」
サークル内のグループメッセージに、それだけを残し、連絡が取れなくなったA子。
何かあったのではという心配もありましたが、それよりも主役が来ないなんてと、メンバー一同パニック状態だったことを覚えています。誰が主役を演じるのか――。途中まで主役の稽古をしていた私が舞台に立つしかありませんでした。
周りも必死に支えてくれて、なんとか公演は成立。終演後の拍手を聞いたとき、悔しさより先に「なんとかなってよかった」という安堵の気持ちが出てしまったほどです。
数年ぶりの連絡
その後、A子とは大学卒業後も連絡が取れず、すっかりA子のことなど忘れていたころ……。
どこから情報を得たのか、私が結婚したことを知ったA子から数年ぶりに連絡が届きました。
「結婚したんだって? 相手、誰?」
「どうせ大したことないでしょw」
A子は、学生時代から変わらない高飛車っぷりでした。最終的には、「旦那の顔写真送ってよw 評価してあげるよw」とまで言われて、さすがにうんざり。
そのとき、隣にいた夫が、「僕が返すよ」とひと言。
そして夫がA子に送ったのは短い一文でした。
「卒業公演の脚本を書いたBです。あのとき主役をやり切った彼女を、ずっと尊敬していたんだ」
A子はすぐに既読になりましたが、返事はありませんでした。私の結婚相手が、ずっと憧れていたB先輩だった……からだったのかもしれません。夫はスマホを戻し、「もう関わらなくていいよ」とだけ言いました。なんだか、その言葉に救われました。
性悪女の末路
それからさらに数年が経ったころ。演劇サークルの仲間たちと、久しぶりに集まる機会がありました。顔ぶれを見て驚いたのは、そこにA子もいたことです。誰が呼んだのかはわかりません。
A子は酔いが回っていたのか、席を移動しながら、あちこちで「いい人いない?」「紹介してほしいんだけど」と、周囲に声をかけていました。その様子を見て、私はA子の現状をなんとなく察しました。
ただ、不思議なことに、A子は私や夫には近づいてきませんでした。あのときのことをなかったことにするように、目を合わせても、軽く流して通り過ぎるだけ。結婚した私たちに何か言ってくるわけでも、謝るわけでもなく、まるで“触れないのが正解”と言わんばかりでした。
その姿を見て、少しだけ寂しい気持ちになったのも事実です。学生のころから、A子はずっと「見た目」や「肩書き」にこだわって、誰かより上に立とうとしていました。大人になった今も、結局そこは変わっていないのだな、と。
でも同時に、あの卒業公演での出来事や、その後の言葉の数々を思い出すと、やっぱり距離は置いたままでいいと思いました。人を見下す言い方や、都合のいいときだけ近づく態度を、こちらが受け止め続ける必要はありません。
私はあの日、舞台に立ち、逃げずにやり切った自分を誇りに思っています。そして今は、その自分を大事にしてくれる夫と、穏やかに暮らせている。過去がどうであれ、今の生活が私の答えです。
イラスト:わかまつまい子
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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