修繕を終えた高級レストランで
その日、とあるレストランのメンテナンスを終えた私は、一息ついたところでオーナーから声をかけられました。
「作業は終わりましたか?」
「はい、ちょうど終わったところです。一部、外壁にひびが入っていたので応急処置をしました。念のため、後日あらためて点検します」
ここは、古い洋館を改修した人気の高級レストランです。オーナーは建物への思い入れが強く、「いつもありがとうございます。この建物は歴史がありますからね」と話していました。
私が「こちらこそ、メンテナンスのしがいがあります」と答えると、オーナーは「このあとお時間ありますか?」と尋ねてきました。「はい、今日の仕事は終わりです」と返すと、「店内に席を1つ用意したので、よかったらお食事していきませんか?」と言ってくれたのです。
聞けば、たまたまキャンセルが出たとのこと。作業服のままなので気が引けましたが、オーナーは「スタッフにも伝えておきますので、ごゆっくりどうぞ」と言ってくれました。私はその厚意に甘え、食事をして帰ることにしたのです。
作業服姿の私に冷たいひと言
案内された席で店内を眺めていると、ホールの隅でスタッフたちの話し声が耳に入りました。視線を感じて振り返ると、若い男性スタッフがこちらを見ていました。名札には「A山」とあります。
しばらくして、A山は私の席に近づいてきました。
「失礼ですが、その服装でお食事されるんですか?」
冷たい言い方に、私は一瞬言葉を失いました。それでも気を取り直し、「すみませんがお水をいただけますか」と頼むと、彼は小さくため息をつきました。
「ご注文をいただいてからお持ちしますんで」
「では、こちらの海鮮パスタセットをお願いします」
そう伝えると、A山はメニューをちらりと見て、「こちらはそれなりのお値段になりますけど、大丈夫ですか」と言いました。
服装だけで判断されたようで、胸がざわつきました。けれど、せっかく用意してくれた席です。私は言い返さず、料理を待ちました。
運ばれてきた料理に違和感
その直後、高級ブランドを身に着けたお客様が来店しました。A山は、私への態度とはまるで違い、笑顔で丁寧に接客しています。
数分後、A山が「どうぞ」と料理の皿を置いたのですが……その料理を見て私は驚きました。皿の端にソースが飛び、盛り付けも乱れていたのです。
「すみません。これは、いつもこのような盛り付けなのでしょうか」
私が尋ねると、彼は「あー、ちょっと厨房が忙しくて。それは僕が盛り付けたんです。少し雑になっちゃいましたけど、盛り付けなんて気にしないですよね?」と答えました。
料理そのものを責めたいわけではありません。ただ、先ほどからの対応は、お店の評判にも関わるかもしれないーー。そう思った私は、オーナーに「確認していただきたいことがあります」とメッセージを送りました。
オーナーが注意した理由とは
しばらくして、オーナーが現れました。テーブルの皿を見ると、すぐに表情が変わります。
「A山さんに海鮮パスタを注文したところ、こういった状態で運ばれてきました」
A山はまさかオーナーを呼ばれるとは思っていなかったようで、「作業服だったのでお客様だと思わなくて……」と、苦しい言い訳を始めました。
「A山くん、それは理由になりません。この方は、私にとって恩人であり大切なお客様なんです。別のお客様だったとしても、服装で判断して失礼な対応をしていいはずがありませんよ」
かつてオーナーがこの店を改修しようとしていたとき、私はオーナーの夢に感動し、費用面でもできる限り協力しながら工事を手掛けました。店が人気店へと成長した今も、オーナーは「あのとき力を貸してくれたおかげです」と感謝してくれているのです。
「今回の対応は見過ごせません。今日は接客から外れてもらいます」
A山はうつむいたまま、店の奥へ下がっていきました。後日オーナーから聞いた話では、A山にはあらためて指導が入り、本人も自分の接客態度を反省していたそうです。
日を改めて、私はこのレストランを予約しました。その日は落ち着いた雰囲気の中で、丁寧なサービスとおいしい料理を心から楽しめました。作業服であっても、スーツであっても、人の価値は見た目では決まりません。自分の仕事にますます胸を張っていこうと思った出来事でした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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