非協力的な夫
夫は「弁当に昨日の残り物を入れるなんて」などと細かいことでぐちぐち……。子どもたちの面倒もろくに見てくれません。上の子が「パパ見て」と絵を見せても、夫はスマホから目を離さず「うん」と返すだけ。下の子が抱っこをせがんでも、「ママのところに行って」と私に任せるのが当たり前でした。
子どもたちも、だんだん夫に声をかける回数が減っていきました。何度お願いしても、スマホでゲームしながらちらっと横目で子どもたちの様子をうかがう程度。
私が「もう少し家事に協力してほしい」と頼むと、夫はため息をつきました。
「俺は外で働いてるんだよ。家のことまで完璧にやれって言うの?」
「一日中家にいるのに、なんでそんなに余裕がないわけ?」
「専業主婦なんだから、家のことはお前の仕事だろ」
そう言われるたびに、私は何も言い返せなくなっていました。
専業主婦=ニート予備軍!?
数週間後――。
幼稚園で風邪をもらってきた子どもたち。子どもたちはあっという間に良くなったのですが、今度は私が熱を出してしまいました。子どもたちのお風呂や寝かしつけがあるので、夫にいつもより早く帰って来てほしいとお願いしたのですが……。
夫に連絡すると、しばらくしてLINEが返ってきました。
「風邪うつされたくないから今日は帰らない」
「薬飲んだら治る程度だろ? 家のことを俺に押し付けようとしてるよな?」
「俺が家のことをするようになったら、お前いらないじゃん」
さらに夫は、会社近くのビジネスホテルに泊まると言い出しました。私は熱でぼんやりする頭で、その画面を何度も見返しました。子どもたちのお風呂も、寝かしつけも、夜中の対応も全部私。体調が悪いときですら、夫は私を助ける気がないのだと、はっきりわかりました。
その瞬間、私の中で何かが静かに切れました。そしてその時、追い打ちをかけるようにLINEが届きました。
「専業主婦なんてただでさえニート予備軍みたいなもんなのに」
「金稼げないくせに文句言うなよ」
「悔しかったら俺と同じぐらい稼いでみろ」
夫は、家事や育児を「妻に与えている仕事」だとでも思っているのだと感じました。夫婦は支え合って生きていくものだと思っていました。たしかに命にかかわるほど重病ではありませんが、こんな時くらい協力してくれてもいいじゃない、と思わざるをえませんでした。
壊れたものは簡単には戻らない
3カ月後――。その日までに、私は仕事だけでなく、家を出る準備も少しずつ進めていました。実家の両親には事情を話し、最低限の着替えや子どもたちの保険証、母子手帳などもバッグにまとめてあります。
帰宅した夫に「今後のことで話がある」と切り出した私。
すると夫は、
「また家事しろって話か?主婦がゴタゴタうるせぇよ」
「文句あるなら俺くらい稼いでから言え」
といつもの口調でまくしたてます。
あえて私は冷静に返しました。
「もう稼いでるよ」
私の返事を予想していなかったのでしょう。夫は「え?」と素っ頓狂な声をあげました。
私は、3カ月分の入金履歴と、今後の生活費をまとめた紙を夫の前に置きました。その横には、離婚する場合に決めなければならないことを書いたメモも添えました。親権、養育費、面会交流、財産分与。勢いで離婚届を出すつもりはありません。
子どもたちの生活を守るために、決めるべきことは決める。必要なら家庭裁判所の調停も使う。そう考えていたからです。
「これでもまだ、私は“何もしていない人間”に見える?」
出産前、私は事務職として働いていました。退職後も、簡単な資料作成や入力作業を知人から頼まれることがあり、在宅でできる仕事のあてがまったくなかったわけではありません。
実は、夫に見下されたあの日から、私は子どもたちが寝たあと、少しずつ仕事を増やしていきました。最初は小さな案件ばかりでしたが、以前の職場の先輩にも相談し、継続して任せてもらえる仕事を紹介してもらったのです。
とはいえ、自分の収入だけで子ども2人を抱えてすぐに自立できるほど、現実は甘くありません。けれど、実家に一時的に身を寄せれば、当面の生活費はなんとか見通しが立つ。役所にも相談し、保育園や手当のことも確認しました。
「少なくとも、あなたに見下されながら暮らし続ける必要はない。そう言えるだけの準備は、もうできているの」
そう言うと、夫は黙り込みました。
この3カ月間、夫が言葉を失っている間に、私はあらかじめまとめておいた荷物を持ち、子どもたちを連れて家を出ました。
向かった先は実家です。実家に着いてから、夫にはLINEで「しばらく子どもたちと実家にいます。今後については、落ち着いてから話し合いましょう」とだけ送りました。
感情的に家を飛び出したのではありません。これ以上、子どもたちの前で私がすり減っていく姿を見せたくなかったのです。
数日後――。
夫から何度も連絡が来るようになりました。けれど、最初から素直に謝ってきたわけではありません。
最初に届いたのは、
「勝手に子どもを連れて行くな」
「大げさすぎる」
「俺を悪者にしたいだけだろ」
という、責める言葉ばかりでした。それでも私は、感情で言い返すのをやめました。これまでのLINE、夫が帰宅を拒んだ記録、家事や育児にほとんど関わってこなかったことを、私はすべて残していたのです。
「今後の話し合いは、条件を整理したうえで進めます。応じない場合は調停を考えています」
そう返すと、夫からの連絡は少しずつ弱々しいものに変わっていきました。やがて夫は、「離婚したくない」とごねるようになりました。
「これからは家事も育児もする」
「もう二度とばかにしたりしない」
「子どもたちと離れるのも嫌だよ」
けれど、少し話しているうちに、夫の本音はすぐに透けて見えました。
「正直、家のことがこんなに面倒だと思わなかった」
「毎日コンビニ飯だし、部屋も散らかるし、仕事から帰っても休めない」
「周りに離婚したって知られたら、俺が悪いみたいに思われるだろ」
「養育費なんて払ったら、俺の生活はどうなるんだよ」
その瞬間、私の中に残っていた迷いは消えました。この人は、私や子どもたちを大切にしたいのではない。家事をしてくれる人がいなくなり、自分の負担が増えることを嫌がっているだけなのだとわかったからです。
子どもたちが夫を恋しがるようなら、再構築も考えたかもしれません。けれど、実家での生活が始まっても、子どもたちは思っていたほど夫のことを口にしませんでした。
上の子は一度だけ、「パパはお仕事?」と聞きました。私が「しばらく、おじいちゃんとおばあちゃんのおうちで過ごそうね」と答えると、それ以上は聞いてきませんでした。
下の子は祖父母に遊んでもらい、夜も普段通り眠っていました。その姿を見て、胸が痛むと同時に、夫がこれまで子どもたちと向き合ってこなかった現実を突きつけられた気がしました。
夫は最後には「ごめん」「反省している」と繰り返すようになりましたが、もう遅すぎました。壊れたものは、そう簡単には戻りません。たとえ接着剤でくっつけたとしても、ヒビは残り続け、なかったことにはならないのです。
その後――。
その後、両家を交えて話し合いの場を持ちました。ただし、何の準備もなく向かったわけではありません。
私は事前に自治体の相談窓口に話を聞いてもらい、離婚する場合に決めるべきことも確認していました。話し合いの場には、これまでの夫の発言を書き留めたメモ、LINEのやり取り、家計と今後の生活の見通しをまとめた資料を持っていきました。
義両親は最初、明らかに戸惑っていました。
「息子も仕事で疲れていたんじゃないの」
「夫婦なんだから、もう少し話し合えないの」
そう言われたとき、私は少しだけ覚悟していた通りだと思いました。けれど、私が夫からのLINEを見せると、義母の表情が変わりました。
「あなた、奥さんが熱を出して子ども2人を見ていた日に、本当に帰らなかったの?」
義母に聞かれた夫は、目をそらして黙りました。その沈黙だけで、十分でした。義両親が私の味方になったわけではありません。それでも、夫の態度に問題があったことだけは、認めざるを得ない空気になっていました。
私は、夫が応じないなら調停を申し立てるつもりだと伝えました。夫はしばらくごね続けましたが、私が本気で準備していることを知ると、ようやく現実を受け止めたようでした。ただ、離婚届にサインをもらって終わりにはしませんでした。
養育費、面会交流、財産分与について取り決め、その内容を公正証書にすること。特に養育費については、口約束ではなく、支払いが滞ったときに対応できる形で残すこと。
それだけは、離婚前にはっきりさせておきたいことでした。
夫は最初、「そこまでする必要ある?」と不満そうに言いました。けれど私は、はっきり答えました。
「子どもたちの生活に関わることだから、口約束では済ませない」
その後、必要な手続きを終えてから、私は離婚届を提出しました。私たち夫婦の関係は、正式に終わりました。
今は実家で、両親と子どもたちと一緒に暮らしています。両親には、生活が落ち着くまでという約束で、しばらく同居させてほしいとお願いしました。在宅の仕事を増やしながら、役所で保育園のことや手当のことも相談しています。養育費についても取り決めたので、夫には父親としての責任を果たしてもらうつもりです。
あの3カ月間は、正直かなり無茶をしました。今も、すべてが順調に進んでいるわけではありません。在宅の仕事は少しずつ増えていますが、子どもの体調や保育園の空き状況によって、思うように働けない日もあります。それでも、役所で相談し、両親にも協力してもらいながら、少しずつ生活を立て直しています。
下の子が保育園に入れるころには、資格の勉強も始めたい。正社員として働くことも、まだ「いつか」の目標です。でも、以前のように誰かの機嫌に怯えながら暮らすより、ずっと前を向けている気がします。
もう、誰かに「養ってやっている」と言われながら生きるつもりはありません。子どもたちが安心して笑っていられるように。私自身も、自分の人生を取り戻せるように。これからは、私の手で生活の基盤を作っていこうと思います。
◇ ◇ ◇
「稼いでいるほうが偉い」「家にいるなら全部できて当然」。そんな思い込みは、相手の心を少しずつ削っていきます。夫婦は上下関係ではなく、支え合う関係のはず。身近な相手ほど、感謝や思いやりを言葉と行動で示すことが大切なのかもしれませんね。
また、主人公が離婚にあたって、養育費についてきちんと取り決め、文書に残したことも重要なポイントです。2026年4月1日に施行された改正民法では、養育費の取り決めがない場合などでも、一定の条件のもとで子ども1人あたり月2万円の「法定養育費」を請求できる制度が新設されました。
ただし、これは「養育費を取り決めなくてもよい」という意味ではありません。法定養育費は、正式な取り決めができるまでのつなぎとなる仕組みで、月2万円はあくまで最低限の額です。実際の生活費や教育費を考えると、父母の収入や子どもの年齢などに応じて、養育費の金額や支払日、支払い方法を別途取り決めておくことが大切です。
養育費は、元配偶者のためのお金ではなく、子どもが安心して暮らすためのお金です。だからこそ、離婚時には感情だけで進めず、子どもの生活を守るために必要なことを確認し、きちんと形に残しておきたいですね。