並べられた特上寿司と助六寿司
還暦祝いの当日。私たち夫婦はプレゼントを手に義実家を訪れました。義母の顔を見るとどうしても少し憂うつな気持ちがよぎりますが、義父は昔から温厚で、私たちを気遣ってくれるやさしい人です。「今日はそんな義父のお祝いだから!」と気合を入れ、私は笑顔で乗り切るつもりでした。
リビングに通されて席に着くと、義母が「さあさあ、特上のお寿司を取ってあるのよ」と一人ひとりに配り始めました。華やかなお祝いの席に心が躍ったのもつかの間、自分の目の前に置かれたものを見て、思わず二度見しました。
義父、義母、そして夫の前には豪華な特上寿司の桶。けれど、私にだけ手渡されたのは、おいなりさんとのり巻きがキュッと詰められた、スーパーの助六寿司だったのです。あまりの露骨な扱いに、私は言葉を失ってしまいました。
身内の分しか頼んでない!?
「母さん、これ何? なんで妻だけこれなの?」夫がいぶかしげな表情で義母に尋ねました。すると義母は、まったく悪びれる様子もなく、あっけらかんと言い放ちました。
「妊娠したら生モノは控えないといけないでしょ? 今からそのつもりで慣れておかないと! 気づかってあげたのよ。それに、特上は“身内”の分しか頼んでないから」
笑顔で告げられた信じられない本音。「身内じゃない」とハッキリ線を引かれたようで、さすがに胸がチクリと痛みました。それでも、今日は義父の大切な還暦祝いです。せっかくのおめでたい席を私のせいで壊すわけにはいかない……。そう思い、言葉を飲み込んで必死に作り笑いを浮かべようとした、そのときです。
あの温厚な義父が
「時代錯誤なこと言わないでくれ。こんなめでたい場で」夫が冷ややかな声でピシャリと告げました。しかし義母は「ちょっと冗談のつもりだったのに。大げさだねぇ?」と鼻で笑って言い放ったのです。
その瞬間、「ダンッ!!」と重い音がリビングに響きました。温厚な義父が、テーブルを力強くたたいて立ち上がったのです。
「いい加減にしろ!! 祝いの席で、家族になんて見苦しいまねをするんだ!」
普段は声を荒らげることなどない義父の怒号に、部屋の空気が一瞬にして張り詰めました。驚いて固まる義母を冷たく見下ろし、義父は私たちに向き直ると、ふっと申し訳なさそうな表情を浮かべました。「せっかく祝ってくれようとしたのに、本当にすまない。今日はもう帰りなさい。こいつには、私がきっちり話をつけておくから」夫は深くうなずき、持参したプレゼントだけを静かにテーブルに置きました。
玄関へ向かう私たちの背中越しに「ちょっと、本気で帰るの? 冗談が通じないね……」と、まだ自分の非を認めない義母の負け惜しみが聞こえましたが、私たちは一切振り返りませんでした。それからというもの、私たちから義実家へ足を運ぶことはなくなり、夫と、きっちり壁を作ってくれた義父のおかげで、私の心にも平穏な日常が戻ってきたのです。
待望の命が……!
あの日から数年後。私たちの不妊治療はようやく実を結び、無事に元気な男の子を出産することができました。
退院後、夫の付き添いのもと、義両親が自宅へ面会に訪れました。数年ぶりに顔を合わせる義母は、どこか気まずそうな、緊張した面持ちです。ベビーベッドで眠る孫の顔をそっとのぞき込んだあと、義母は私に向き直りました。「あのときは……ごめんなさい。あなたたちが不妊治療で大変な思いをしていたのに、ひどいことをしてしまって……」義母の口から出たのは自らの非を認める言葉でした。あの日、義父からこっぴどく叱られ、私たちから数年間も距離を置かれたことで、さすがの義母も深く反省したようです。
「……その言葉が聞けてよかったです。でもお義母さん、これからはこの子のためにも、ほどよい距離感でお願いしますね?」私が冗談めかして、でもハッキリと笑顔で釘を刺すと、義母は「ええ、わかっているわ……」と神妙な顔でうなずきました。
こうして今も、義実家とは適度な距離を保ちながら無理のない範囲でお付き合いを続けています。あの日、夫や義父がしっかりと私の味方をしてくれたおかげで、今は余計なストレスを抱えることもありません。夫婦で力を合わせ、穏やかな気持ちで子育てに取り組める毎日は本当に幸せです。愛情をたっぷり受けて、息子は今日もすくすくと元気に成長しています。
◇ ◇ ◇
不妊治療に向き合う夫婦に対し、子どもの有無を理由に「身内ではない」と線を引くような言動は、相手の尊厳を深く傷つけるものです。孫を望む気持ちがあったとしても、だからといって家族の中で誰かを排除していいわけがありません。家族という関係は、血縁や出産の有無だけで決まるものではないはずです。相手の状況や気持ちを尊重できない振る舞いは、信頼関係そのものを壊してしまうのだと、忘れずにいたいですね。
また、妊活中は、通常の新鮮なお寿司や刺身を適量食べることは基本的に問題ないとされています。妊娠を希望する女性は「魚介類に含まれる水銀量」と「食中毒のリスク」に配慮し、安全な魚種・調理法を選び、バランス良く摂取しましょう。
※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
監修:関根直子(助産師)