見た目で判断された初対面
私が所有するビルには、レストランやスナックなど、いくつかの店舗が入っています。私はビルのオーナーとして、設備や契約まわりの窓口を担当しながら、各店舗とは日ごろから無理のない距離感で関わっていました。その中でも、長年通っていたスナックのママ・B美さんとは、常連としてもお世話になっていました。
ある日、B美さんが海外へ移ることになり、テナント契約の名義はB美さんのまま、日々の接客や店頭運営を娘のC代さんに任せると聞きました。私は、今後の連絡窓口について確認するため、改めて店へあいさつに行くことにしました。
ところが、初めて会ったC代さんは、私を見るなり上から下までじろじろと見て、こう言い放ったのです。
「どちら様? うちはボトルも入れない貧乏人を相手にする店じゃないんです」
私は一瞬、言葉に詰まりました。仕事柄、店の雰囲気や客層を大切にしたい気持ちはわかります。とはいえ、初対面の相手にここまで露骨な態度を取るとは思いませんでした。
ちょうどそのとき、B美さんが店に立っていたころから手伝っているスタッフのA子さんがこちらへやってきました。A子さんは、長年B美さんのそばで接客や店の段取りを支えてきた人です。B美さんが引退すると聞いたときも、「娘さんが継ぐなら、私はできる範囲で支えます」と、前に出ようとはしませんでした。
そのA子さんが、私たちのやりとりを聞いていたらしく、落ち着いた声で「C代さん、こちらはこのビルのオーナーさんですよ」と言いました。
私は改めて、「今後、設備や契約面の連絡で関わることもあると思います。よろしくお願いします」と伝えました。C代さんは一瞬、気まずそうな表情を浮かべました。けれど、すぐに「だったら最初からそう言ってくれればいいのに。オーナーなら、もう少しそれらしい格好をしたほうがいいですよ」と笑ったのです。
A子さんは「相手の立場がわかる前と後で態度を変えるのは、あまり良い印象ではありませんよ」と静かに伝えました。けれど、C代さんにはあまり響いていないようでした。
少しずつ離れていった常連客
それからしばらくの間、私はビルのオーナーとして、店の様子を見守っていました。最初のうちは、前のママを慕っていた常連客が顔を出していたようです。けれど、次第に客足は遠のいていきました。
理由は1つではありません。常連客への接し方が変わったこと、高いボトルを強く勧めること、以前のような落ち着いた雰囲気がなくなったこと。そうした話が、口コミを通じて少しずつ耳に入るようになりました。時々顔を合わせるA子さんも、C代さんのやり方には口を出しづらいのか、以前より表情が沈んで見えるようになりました。
もちろん私は、店の経営方針に口を出す立場ではありません。けれど、賃料の入金状況について確認が必要な月が出てくると、ビルのオーナーとして、事情を尋ねないわけにはいきませんでした。
私はC代さんに、支払いのめどについて改めて確認しました。するとC代さんは不満そうに、こう言ったのです。
「少し客足が落ちてるだけですよ。前の常連さんって、細かいことにうるさいんです。ボトルも入れないのに口だけ出されても困りますし。そのうち新しいお客さんも来ますよ」
その言い方に、私は引っかかりました。新しいお客さまが来ると考えたい気持ちはわかります。しかし、実際にはこれまで店を支えてきたお客さまを軽く扱い、支払いの見通しを楽観視しているだけのように見えたのです。
前ママが見直した運営体制
その後、一時帰国したB美さんは、C代さんと話し合ったようでした。詳しいやりとりまでは聞いていませんが、賃料の支払い確認や今後の連絡窓口に関わることについては、ビルのオーナーである私にも共有がありました。
結果的に、C代さんは日々の店頭運営から離れることになったと聞きました。
「今度は、ちゃんとお客さまと向き合える人に、日々の店を任せることにしたわ」
B美さんがそう言って名前を挙げたのが、A子さんでした。A子さんは、接客だけでなく、常連客の好みや店の空気もよくわかっている人でした。
本来なら、店頭を任される候補として名前が挙がってもおかしくない存在です。けれど、C代さんが店頭に立つと決まったとき、A子さんは不満を口にすることなく、あくまでスタッフとして店を支えようとしていました。
後日、B美さんはA子さんに正式に声をかけたそうです。A子さんは少し驚いた様子だったといいますが、「私でよければ、できることを精いっぱいやらせてください。ただ、B美さんが大切にしてきた雰囲気は、きちんと残したいです」と答えたそうです。その話を聞いて、私は安心しました。
その後、A子さんが店を任されるようになると、店の雰囲気は少しずつ落ち着きを取り戻していきました。離れていた常連客の中にも、また顔を出してくれる人が出てきたようです。
まとめ
今回のことで、長く続いている店には、その場所を支えてきたお客さまとの信頼や、日々の細かな積み重ねがあるのだと実感しました。
C代さんは、以前とは違う雰囲気で店を動かしたかったのかもしれません。けれど、人を見た目やお金の使い方だけで判断し、これまで店を大切にしてきた人たちへの敬意を忘れてしまえば、信頼は少しずつ離れていくのだと思いました。
私自身も、ビルのオーナーという立場に甘えず、各店舗が安心して営業できる環境を整えていきたいです。肩書きや見た目よりも、日々の誠実な対応こそが、人との関係をつないでいくのだと感じた出来事でした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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