結婚してからしばらく、義母との関係は決して良いものではありませんでした。
義母は何かと私に厳しく、夫の前では穏やかな顔をしていても、2人きりになると小言を言う人でした。私もできるだけ距離を取り、必要な付き合いだけにしていたのです。
そんな義母が、体調を崩して入院しました。
見舞いに行かない夫
病院から連絡を受けたとき、夫は仕事中でした。私はひとまず病院へ向かい、入院に必要な書類や着替えの確認をしました。
義母は思っていたより弱っていて、いつものように強い口調で話す元気もありません。私は複雑な気持ちのまま、夫に状況を伝えたのです。
けれど夫は、忙しいから今日は無理だと言います。週末には行く、仕事が落ち着いたら顔を出す。そんな返事ばかり。
私も、夫に無理に来いと言いたかったわけではありません。ただ、入院しているのは夫の母親です。医師の説明を聞くにも、今後のことを考えるにも、本来なら夫が向き合うべきことでした。
それでも夫は、面会を先延ばしにし続けました。
義母の家に必要なものを取りに行き、郵便物や支払いの確認をするのも私。病院からの連絡を受けるのも私。嫁いびりされていた相手に献身的に尽くしたというより、夫が動かないため、最低限の対応を引き受けていた形です。
何度か病室へ行くうち、義母の態度は少しずつ変わりました。
ある日、義母はぽつりと「あなたにはきつく当たってばかりだったわね」と言いました。私はすぐに許せるほど寛容ではありません。それでも、弱った義母が過去を気にしていることは伝わってきました。
出張中は連絡するな
数日後、医師から今後の説明がありました。
急変の可能性もあるため、会わせたい人がいるなら早めに連絡しておいたほうがいい。そう言われた私は、すぐ夫に電話をしました。
けれど、そのころ夫は長期出張に出ていました。数日前から家を空けていて、戻る予定もはっきりしていませんでした。
「出張中は連絡してくるな」
「母さんのことは病院に任せればいい」
私は、医師から早めに顔を見せたほうがいいと言われたことも伝えました。
それでも夫は、「本当に危なかったら病院から俺に連絡が来るだろ」と取り合いません。
病院には夫の番号も緊急連絡先として伝えてありましたが、この時点で病院から夫へ直接連絡があったわけではありません。夫は、私が大げさに言っているだけだと思い込んでいたようでした。
その後も、私は何度か電話を入れ、メッセージも残しました。けれど、既読はつくのに返事はありませんでした。
義母の容体は、その後さらに悪化しました。
最期が近づいたときも、私は夫に連絡しました。けれど夫からの返信は、「今は無理」の一言だけ。私はそれ以上、何も言えませんでした。
義母は、夫に会えないまま亡くなりました。
義母が亡くなったあと、病室の荷物を整理していると、私に宛てた封筒が見つかりました。
中には、私に迷惑をかけたことへの謝罪と、夫に向けた短い手紙が入っていました。そこには、妻にばかり責任を押しつけるな。最後くらい自分で向き合いなさい。そんな言葉が残されていました。
葬儀中に届いた連絡
葬儀の日。
私は義母の親族と連絡を取り、必要な手続きを進めていました。夫にはすでに何度も連絡済み。それでも、電話はつながらず、メッセージにも返事はありませんでした。
そんな中、葬儀の最中に夫からようやく連絡が入りました。
「今から帰る。3時間後に空港まで迎えに来て」
私はしばらく画面を見つめました。
今さら何を言っているのだろう。義母の容体は何度も伝えた。危ないとも知らせた。それでも夫は、向き合おうとしませんでした。
「葬儀中だから無理」
「葬儀?誰の?」
「……あなたのお母さんの葬儀だよ」
すぐに夫から返信が来ました。
「え?」
そのあと、夫から何度も電話がかかってきました。けれど私は葬儀の対応で手が離せません。親族への説明、式場との確認、義母の荷物の整理。夫を迎えに行く余裕などありませんでした。
夫がようやく姿を見せたのは、葬儀が終わりに近づいたころです。
顔色を変えた夫は、どうして知らせなかったのかと私を責めました。けれど、私は連絡をしていました。電話もメッセージも、すべて記録に残っています。夫はその場で言葉を失いました。
嘘の出張
葬儀が終わってから、私は夫の出張について改めて確認しました。夫は空港にいたと言っていましたが、話のつじつまが合いません。持っていた荷物も出張らしくなく、後日、家計用のカード明細を確認したところ、出張先とは違う地域の飲食店やホテルの利用履歴がありました。その時点で不審に思い、私は夫とのやり取りや外出日を整理することにしました。
私は感情的に問い詰めるのではなく、まずは必要な記録を整理しました。夫の外出日、メッセージ、カード明細、義母の入院中のやり取り。そのうえで、離婚を視野に入れて弁護士に相談しました。
結果、夫の出張は嘘でした。
夫は義母が入院している間、不倫相手と会っていたのです。私が病院へ通い、義母の手続きに追われている間も、夫は母親の容体から目をそらし、別の女性と過ごしていました。
夫は最初、ただ相談に乗っていただけだと言い張りました。けれど、宿泊の記録や行動の流れを見せると、言い逃れはできません。
私は、義母の手紙を夫に渡しました。
そこには、最後まで見舞いに来なかった息子への失望と、私に責任を押しつけるなという言葉がありました。
夫は黙って読み続けていました。
母親の最期に立ち会えなかったこと。自分が連絡を拒んだこと。そして、妻にすべてを任せていた間に不倫していたこと。その全部が、夫自身に返ってきた瞬間でした。
その後、私は夫と距離を置きました。必要な連絡は記録が残る形にし、弁護士とも相談を続けました。夫は何度かやり直したいと言ってきましたが、私の気持ちはもう戻りません。
義母との関係は、最後まで複雑なままでした。きつい言葉を忘れたわけではありません。それでも、義母が最後に残した謝罪と手紙は、私の中に静かに残っています。夫は、母の最期を逃しました。そして同時に、妻からの信頼も失いました。
◇ ◇ ◇
家族の入院や看取りは、きれいごとだけでは済まない場面もあります。だからこそ、誰かひとりに押しつけてしまえば、あとで取り返しのつかない後悔が残ることも。忙しい、つらい、向き合いたくない。そう思う瞬間はあるかもしれません。けれど、大切な人の最期から逃げた結果、失うものは想像以上に大きいのだと思います。