「家事は私に任せて」の嘘。理不尽な怒りと隠れて家事をする日々
しかし、その期待はすぐに打ち砕かれることになります。「家事は任せて」と言っていた義母は、実際にはほとんど家事をしなかったのです。
見かねて私や義兄の奥さんが片付けようとすると、「私がやってないって当てつけなの!?」と激しく怒鳴り散らす始末。結局、私たちは義母の機嫌を損ねないよう、彼女が出かけている隙にコソコソと隠れて家事をこなすという、ストレスの溜まる息苦しい日々を送るはめになっていました。
そんなある日、ついに事件が起きました。荒れ果てたリビングを見かねた義父が、義母に少し注意をしたのです。すると義母は顔を真っ赤にして激怒し、「朝から晩まで家のことを任されてクタクタだって言うのに、ギャーギャー言われたらたまったもんじゃないわよ!」と大声でわめき散らしました。
毎日隠れて家事をしている私たちの苦労も知らず、嘘ばかり並べて家族に暴言を吐く義母の姿に、私の中で張り詰めていた糸がプツリと切れました。
「いや、お義母さん、何もしてませんよね? やらないだけならまだしも、私たちに文句を言うのはやめてくれませんか?」
私がついにこれまでの不満を口にすると、義母の怒りは頂点に達し、そのまま家を飛び出していきました。
冷静になった私は「言い過ぎてしまったかもしれない」と義父に謝罪しましたが、義父は「言いたいことは言わなくちゃね!」と笑ってくれました。帰宅した夫や義兄夫婦も事情を聞いて、「これからは自分たちも我慢するのはやめよう」と私の行動を肯定し、団結してくれたのです。
「私は奴隷じゃない!」勘違い義母への痛快な宣告
数時間後、不機嫌な顔で帰宅した義母は、私たちの顔を見るなり再び不満を爆発させました。
「私は家族の奴隷じゃない! いい加減自由にさせてよ!」
被害者ぶって怒鳴る義母に対し、義父は冷静に、「そうか。それなら、世話のかかる俺たちは全員この家から出ていくよ」と宣言しました。もちろん、私たちもそれに続きました。
自分の思い通りにならないことに逆ギレした義母は、「出ていけるものなら出ていきなさいよ!」と大きな態度で吐き捨てました。義母は、私たちが彼女なしでは家事もできず生活できないと勘違いしていたのです。しかし、私たちは今までずっと自分たちで家事を回してきたのですから、何の不安もありませんでした。
スッキリとした新生活。自業自得の末路を迎えた義母の涙
私たちはすぐにそれぞれ新しい部屋を探し、清々しい気持ちで義実家を後にしました。
数カ月後、義母から泣きながら電話があり、久しぶりに義実家を訪れると、そこは足の踏み場もないほどのゴミ屋敷と化していました。
実は義父は、以前義母が喧嘩のたびに脅しとして突きつけていた「記入済みの離婚届」をしっかりと保管していました。この家出騒動を機に、義父は弁護士を通じてその離婚届を正式に突きつけ、離婚手続きを進めたのです。
「ひとりは嫌だ、家事もするから一緒に暮らそう」と泣きつく義母でしたが、これまで散々嘘をつき、家族を見下してきた彼女の言葉を信じる者は誰もいません。当然のごとく、誰一人として手を差し伸べることはありませんでした。
結局、義母は誰の助けも得られず、一人で不便な生活を送っているそうです。
一方の私は、夫と二人でコンパクトなマンションに引っ越しました。休日の朝、誰の足音や機嫌をうかがうこともなく、二人でゆっくりとコーヒーを淹れて飲む時間が本当に愛おしいです。
「今日はどっちが掃除する?」「じゃあ、私がやるからご飯お願い!」と、自分たちのペースで家事を分担し、心からの笑顔で食卓を囲む日々。自分たちで作る、当たり前で穏やかな日常の尊さを、夫とともに心から噛み締めています。
◇ ◇ ◇
家族といえども、お互いの見えない努力を軽視し、自分の大変さばかりを主張して嘘を重ねる態度は、いつか必ず大切な信頼関係を壊してしまいます。
家事や生活の負担は、一人で抱え込まずに「できないことはできない」と素直に認め、相談し合うことが大切ですね。自分の非を認めず、相手を見下すような言葉をぶつけてしまえば、最後は自分自身が孤立するという教訓を胸に刻み、常にお互いを思いやり、感謝を伝え合える温かい家族関係を築いていきたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。