起業を応援してくれていた婚約者
会社員時代から、僕には起業したいという夢がありました。開業資金を貯め、事業計画を立てたうえで退職。それから数カ月後、念願だった事業をスタートさせました。
独立直後は忙しい毎日でしたが、前職で築いた人脈にも支えられ、仕事は少しずつ軌道に乗り始めていました。そんな僕を、A子はいつも応援してくれていたのです。
「この人となら一緒に歩んでいける」。そう思った僕はA子にプロポーズし、彼女も笑顔で受け入れてくれました。
彼女が打ち明けた「夢」
結婚準備を進めていたある日のこと。A子が少し照れくさそうにこう切り出しました。
「実は私も、いつか自分の美容サロンを持つのが夢なの」
続けて、「開業資金として100万円だけ貸してほしい。必ず返すから」と頭を下げたのです。決して小さな金額ではありませんでしたが、婚約者の夢を応援したい――その思いから、僕は貯金の一部を貸しました。
ところが、それを境にA子の様子は一変。電話はつながらず、メッセージの返信もほとんどありません。「忙しいから」とデートも何度もキャンセルされ、次第に連絡すらとれなくなってしまったのです。
最初は仕事が忙しいのだろうと思っていました。しかし、しばらく待っても状況は変わりません。
何かあったのではないか。そんな不安が募り、僕は思い切ってA子の実家を訪ねることにしました。
「結婚は認めん!」
A子のお父さんとは、交際当初に一度だけ会ったことがあります。そのときは穏やかな人という印象でしたが、この日は違いました。応接間へ通されると、お父さんは開口一番、「結婚は認めん!」と机をたたいたのです。
突然のことに、僕は言葉を失いました。お父さんは僕に弁解する隙も与えず、「会社を辞めたそうだな」「借金まである男に娘は任せられない」と一方的に言い放ちました。
たしかに僕は会社を辞めました。しかし、それは起業するためであり、現在は自分の会社を経営しています。開業資金も自己資金でまかなったため、借金もありません。
そのとき、廊下の奥にA子の姿が見えました。事故や病気ではなかったのだとわかり、ひとまず胸をなで下ろしました。
そして僕は静かに口を開きました。
「実は今日は、結婚のお許しをいただきに来たわけではありません」
お父さんは怪訝そうな表情を浮かべました。
「A子さんと急に連絡がとれなくなってしまって……。心配になって来ました。それと、貸していたお金のことも確認したかったんです」
借金をしていたのは…
お父さんは驚いたように「貸していたお金?」と聞き返しました。
「はい。美容サロンを開業したいと言われ、100万円貸しています」
その瞬間、廊下にいたA子がゆっくりと応接間へ入ってきました。お父さんはA子と僕を見比べると、信じられないという表情でこう言ったのです。
「A子は私に、『彼が会社を辞めて収入がなくなった。結婚するには私が支えないといけない』と言っていたぞ。それで私も100万円渡したんだ」
その話を聞いて、お父さんが僕を「無職の借金持ち」だと思い込んでいた理由がわかりました。A子は起業したことを伝えず、「会社を辞めた」という事実だけを切り取って話していたのです。
お父さんがA子へ向き直り、「本当なのか?」と問い詰めると、彼女は観念したようにうつむきました。
「……ごめんなさい」
A子がぽつりぽつりと話し始めた内容は、想像を超えるものでした。
実はA子には複数のカードローンがあり、ブランド品や美容にお金をかけ続けた結果、返済が追いつかなくなっていたのです。僕から借りた100万円も、お父さんから受け取った100万円も、開業資金ではなく借金の返済に充てていたようです。
婚約は白紙に
その後、話を聞くうちに、A子はほかにも知人からお金を借りていたことや、支払いを滞納していたことまで判明しました。お父さんは何度も僕に頭を下げ、「本当に申し訳なかった」と謝ってくれました。
借金があることだけなら、一緒に返済方法を考えることもできたかもしれません。でも、自分を守るために僕を悪者にし、最後まで嘘を重ねていたA子を、もう信じることはできませんでした。
話し合いの末、僕たちは婚約を解消しました。当時は本当につらい決断でしたが、結婚は信頼があってこそ成り立つものだと実感しました。
あの日、勇気を出して彼女の実家を訪ねていなければ、真実を知らないまま結婚していたかもしれません。そう思うと、あの決断は間違っていなかったのだと、今では前向きに受け止めています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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