弟ばかりが優先された家
私の弟は、幼いころから勉強が得意でした。言葉を覚えるのも早く、学校でもよく褒められていたため、両親はいつの間にか弟のことを「特別な子」と思うようになっていました。
弟が「友だちが高い自転車を持っていてずるい。自分はもっと良いものが欲しい」と言えば、両親は無理をしてでも買い与えました。一方で、私と姉の体操着が破れていても、なかなか買い替えてもらえませんでした。必要なものをお願いしても、「まだ使えるでしょ」「弟にはこれからお金がかかるんだから」と言われるばかり。
そんな環境で育った弟は、次第に両親と同じように私たちを見下すようになりました。
「俺のほうが勉強できるんだから、我慢しろよ」
弟からそう言われるたびに、私は悔しくて仕方ありませんでした。
そんな家に耐えられなくなった姉は、高校卒業を機に家を出ることを決めました。当時の私はまだ中学生。姉がいなくなると聞き、不安でたまりませんでした。私も中学を卒業したらすぐに家を出たいと思っていました。けれど姉は、「できれば高校だけは頑張って」と言いました。
「将来、あなたが選べる道を少しでも増やしてほしいの」
その言葉が、私の支えになりました。両親の態度に傷つきながらも、姉の言葉を支えに、自宅から高校へ通うことを決めたのです。
高校をやめるよう迫られて
姉の言葉を胸に高校へ進学した私でしたが、1年生の冬、両親から突然「学校をやめてほしい」と言われました。理由は、弟が私立中学に合格し、入学金や初年度の学費を優先したいからというものでした。
母は、私に向かって言いました。
「あなたがこれ以上学校に通っても仕方ないでしょ。弟の将来のほうが大事なの」
あまりの言葉に、胸が冷たくなりました。本当は泣きたかったし、怒鳴り返したかったです。けれど、弟が私立中学を受験すると知ったときから、姉には「あなたに負担を押し付けようとするかもしれない」と言われていました。
だから私は、悔しさを押し殺して言いました。
「わかった。学校はやめることにする。もう生活のことでもあなたたちには頼らない」
私は姉に連絡し、数日後、最低限の荷物をまとめて姉の家へ移りました。両親は引き止めるどころか、「自分でそう決めたなら好きにしなさい」と言うだけでした。会社員として働いていた姉は、突然のことに驚きながらも、「ここからまた考えよう」と言ってくれました。
その後、私はアルバイトをしながら、そのお金でプログラミング教室へ通うようになりました。最初は簡単な作業からでしたが、学ぶうちに少しずつできることが増え、ITの世界に強く惹かれていきました。
やがて小さな仕事を請け負うようになり、その後、ソフトウエア開発会社へ就職。実務経験を積む中で、「いつか自分の会社を持ちたい」と思うようになりました。
もちろん、簡単な道ではありませんでした。学歴のことで悔しい思いをしたこともあります。けれど、姉はいつも「あなたが積み重ねてきたものは、ちゃんと力になるよ」と励ましてくれました。
そして数年後、私はソフトウエア開発会社を立ち上げました。創業当初は資金繰りも厳しく、不安で眠れない夜もありました。それでも、姉の言葉を支えに、目の前の仕事を一つひとつこなしていきました。
弟の結婚話で見えた本音
会社を立ち上げてしばらくたったころ、私は町で偶然、両親と弟に再会しました。
弟は大手企業に就職したらしく、「俺、今かなり順調なんだ」と得意げに話してきました。さらに、取引先の社長の娘さんと交際していることも自慢してきました。両親も「やっぱりこの子は昔から違ったのよ」と満足そうな顔をしていました。
私は苦笑いするしかありませんでした。何年たっても、両親と弟の価値観は変わっていないのだと感じたからです。
それから半年ほどたったころ、母から電話がありました。弟の結婚が決まったという報告でした。
しかし、母の口調は祝福を求めるものではありませんでした。
「相手のご家族は、きちんとしたお家柄なの。あなたとお姉ちゃんは大学も出ていないし、今さら親族として紹介するのは少し都合が悪いのよ」
「だから、結婚式には来ないでね。招待する予定もないし、相手のご家族に、あなたたちのことを詳しく聞かれたら困るから」
その瞬間、怒りよりも先に、深い悲しみが込み上げてきました。両親も弟も、私たち姉妹のことを家族として見ていないのだと、改めて思い知らされたのです。
明らかになった真実
そんな中、思いがけないことが起こりました。数日後、私は取引先であるB山さんの会社を訪ね、システム改修の打ち合わせをしていました。打ち合わせが終わった後、ちょうど昼食どきだったため、近くのお店で一緒にランチをすることになりました。仕事の話が一段落し、近況を話していたとき、B山さんがうれしそうにスマホを取り出しました。
「実は、娘が近々結婚することになりまして。先日、前撮りをしたんですよ」
そう言って見せてくれた写真を見た瞬間、私は思わず息をのみました。そこに写っていたB山さんの娘・A子さんの隣にいたのは、弟だったのです。私の様子に気付いたB山さんが、「もしかして、お知り合いですか?」と尋ねました。
少し迷いましたが、私はごまかすことができませんでした。
「……私の弟です」
そう答えると、B山さんは驚いた表情を浮かべました。
どうやら弟は、私や姉の存在についてはB山さん一家にほとんど話していなかったようです。私はそれ以上踏み込みすぎないよう気を付けながら、母や弟から「結婚式には来ないでほしい」と言われていることだけを伝えました。
B山さんはしばらく黙った後、「大切なことなので、娘とも話してみます」と言いました。
その後、B山さんとA子さんは、弟や両親に改めて家族関係について確認したそうです。そこで、弟が私たち姉妹の存在をあいまいにしていたことに加え、両親が結婚相手の家に金銭面で強い期待を寄せていることもわかったそうです。
A子さん側は、結婚後の親族付き合いに不安を覚え、弟と改めて話し合うことにしたと聞きました。その結果、結婚の話はいったん白紙に戻ったそうです。
数日後、母から電話がかかってきました。母は「どうしてくれるのよ。これで息子は安泰だと思っていたのに」と、怒った様子で言いました。
私は静かに答えました。
「私が決めたことじゃないよ。相手のご家族が、話し合って判断したことだと思う」
すると母は黙り込みました。
弟は職場でも結婚話をかなり大きく話していたようで、白紙になった後、気まずい思いをしたそうです。両親も、弟の結婚を見越して親族用の衣装や新生活の援助を準備していたらしく、身の丈に合わない出費をしていたようで、しばらく生活を立て直す必要に迫られたと聞きました。
私たち姉妹を見下し、都合の悪い存在のように扱った結果、弟も両親も自分たちの言動に向き合わざるを得なくなったのだと思います。
姉と支え合いながら歩んだ先
一方で私は、仕事を通じたご縁にも恵まれ、少しずつ取引先が増えていきました。中でもB山さんの会社とは、以前からシステム改修の仕事をさせていただいていました。今回の件があった後も、仕事は仕事として冷静に見てくださり、「丁寧に対応してくれる会社だから」と、別の企業を紹介してくださることもありました。
そのおかげで、会社の業績は少しずつ安定していきました。もちろん、起業したからといって毎日が順調なわけではありません。責任の重さに押しつぶされそうになる日もありますし、学歴のことで引け目を感じる瞬間も、まったくないわけではありません。
けれど、私の人生はそこで終わりませんでした。家族に見下されたとしても、自分の価値まで失うわけではありません。誰かに決めつけられた人生を、そのまま受け入れなくてもいいのだと今なら思えます。
もし両親や弟がいつか本当に反省し、私たち姉妹にきちんと向き合ってくれる日が来たら、そのときは改めて考えるかもしれません。けれど今は、姉と支え合いながら、自分で選んだ仕事と人生を大切に育てていきたいと思っています。
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弟ばかりを優先し、姉妹を都合よく扱ってきた両親。その偏った価値観は、弟の結婚話をきっかけに相手側にも伝わることになりました。一方で主人公は、姉と支え合いながら自分の人生を立て直し、仕事でも少しずつ成果を重ねていきます。見下されても、自分の価値まで失われるわけではないと感じられるエピソードでした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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