ある年の連休に、へそさんは夫と一緒に帰省しました。実家に寄った後、地元で開催されていた浜松まつりへ行くことに。
連休が明けたころ、少し遅くなったものの、母の日のプレゼントを送ったことを伝えるため、母に電話をしました。その流れで、夫と浜松まつりに行った話になったのですが……。
15年前の話を母から聞いて










浜松まつりではたこ揚げがあり、色とりどりのたこが空に浮かぶ姿はとてもきれいです。母も15年ほど前に、たこ揚げを見に行ったことがあるのだとか。
ところが、そのときに出血があったというのです。
様子がおかしかったため、母は病院を受診。そこで子宮頸がんだったことがわかったと聞き、私は驚きました。
たしかに、そのころに母が入院したことは聞いていました。しかし、子宮頸がんだったことはまったく知らなかったのです。
母は「大したことじゃないだで」と笑っていましたが、私にとっては大したことです。娘である私が15年間も知らずに過ごしていたなんて、あまりにも他人行儀ではないかと思ってしまいました。
子宮を全摘した後の検査で判明
母に詳しく聞くと、出血をきっかけに受診し、子宮頸がんが見つかってすぐに手術を受けた、というわけではありませんでした。
正確には、母は子宮脱(しきゅうだつ/子宮が本来の位置から下がり、腟の中や外に出てくる病気)で子宮を全摘し、その後の検査で子宮頸がんだったことが判明したそうです。
そういえば昔、母から「子宮脱で1週間入院する」と連絡を受け、私は急きょ帰省したことがありました。
子宮頸がんだとわかったのは、その手術後のことだったのです。
子宮を全摘しており、その後は年に1回の検査を受ければ大丈夫だと言われたため、母は私に連絡しなかったのだとか。
「もう大丈夫」と言われていたとしても、娘としては連絡してほしかったと思います。
今も検査を続ける母
母は今も検査を受けているようですが、ひとまず異常はないとのこと。その話を聞き、私はようやく安心しました。
今回、母の話を聞いたことで、婦人科系の病気は、家族であっても詳しい事情を知らないまま年月が過ぎることがあるのだと実感しました。
母にとっては、子宮を全摘した後に判明し、定期的な検査を受ければ大丈夫だと言われた病気だったのかもしれません。しかし、娘の私は、15年後に初めて聞かされて大きな衝撃を受けました。
何事もなく過ごせている今に安心しながらも、当時のことをひと言知らせてほしかったという思いが残った出来事でした。
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家族だからこそ、心配をかけまいとして病気のことを詳しく伝えない場合もあるのでしょう。しかし、知らされなかった側には、後から大きな驚きや寂しさが残ることもあります。今回の体験から、家族の健康について話せる機会を持つことの大切さに気付かされますね。
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監修:天神尚子先生(三鷹レディースクリニック院長)
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