義父が逝去「もう用なし!離婚な」夫と義母が手のひら返し→後日、謝罪のワケ

私は30代で夫と結婚。その直後、夫の強い希望により、義両親との同居が始まりました。結婚する前には知らなかったのですが、義父は寝たきりで介護が必要な状態でした。結婚後にその事実を知った私は大きなショックを受けましたが、義母と夫は「言い出せなかったの。ごめんなさいね」と謝罪してくれました。
突然のことに戸惑いはありましたが、私は「家族になった以上、できる限り支えよう」と思い、義母と一緒に介護を頑張ることを決意しました。
介護と家事に追われる日々
私は結婚後も仕事を続けるつもりでしたが、現実は想像以上に大変でした。
義母は「他人を家に入れたくない」と介護サービスをほとんど利用せず、義父の介護は家族中心。そのうち介護も家事も、なぜか私ひとりの担当になっていったのです。
夫は仕事を理由にノータッチ。義母も「慣れてる人がやった方が早いから」と言うばかり。介護に加えて掃除、洗濯、料理まで毎日ひとりでこなし、私は介護と仕事との両立が難しくなってしまいました。夫や義母に「介護か家事、どちらかだけでも手伝ってほしい」と何度もお願いしましたが、聞く耳を持ってもらえません。結局、私は仕事を辞めざるを得ませんでした。
唯一の救いは、義父がとても心やさしい人だったこと。
いつも「ありがとう」「悪いな」と声をかけてくれ、その言葉に何度も救われました。
しかしその後、義父の病状が急変。入院後まもなく、帰らぬ人となりました。
義母と夫の本音
義父の葬儀が終わったあと、義母は信じられないことを言いました。
「お金がある人だったから結婚したけど、ずっと我慢ばっかりだったのよ。やっと肩の荷が下りたわ~」
やさしい義父にそんな言い方……。私はショックで言葉を失いました。すると今度は夫が、耳を疑う発言をしたのです。
「父さんもいなくなったし、もうお前を家に置いておく理由もない。離婚してくれ」
「正直、お前には父さんの世話をしてもらえて助かった。でも、もう必要ないから」
義母も隣で大賛成の様子。私はその瞬間、自分がただの介護要員としてしか見られていなかったことに気付き、大きなショックを受けました。
解放と新たなスタート
でも時間が経つにつれ、悲しみより解放感の方が大きくなっていきました。
夫への愛情なんて、とっくに冷めていました。心やさしい義父が気がかりで離婚できずにいただけだったのです。最期まで見届けることができた今、もう何も心配はいりません。私は夫と離婚する決意を固めました。
夫は以前から準備していたのか、証人欄まで記入済みの離婚届を差し出してきました。
私はそれを受け取り、「わかった、出してくるね」とその場をあとにし、後日、無事に離婚が成立しました。その後、家を出て久しぶりに自由な生活を取り戻したのです。
「助けてほしい」と連絡が
ところが離婚後しばらくして、元夫と元義母から電話がかかってきました。
話を聞くと、義父は生前から福祉団体などへ寄付を続けていて、ほとんど財産が残っていなかったそうです。義父の遺産をあてにして、すでにあれこれお金を使っていた二人は、生活がどんどん苦しくなっていったのだとか。
その後、元夫から何度も連絡が来るようになりました。
「頼む……悪かった。俺たち、本当に生活が苦しいんだ」
「今になって分かった。全部お前に押しつけてた」
義母も「あなたには苦労ばかりかけてしまった」と謝ってきましたが、私の中ではもう全部終わった話。気付くのが、遅すぎたのです。私は「もう縁の切れたお二人のことなので、ご自身で解決してください」と伝え、電話を切りました。
後から親戚づてに聞いた話では、家のことをすべて私に任せきりだった元夫と義母は、生活が一気に回らなくなり、家は荒れ放題になったそう。義母は、近所の人に「お嫁さんに全部押しつけていた」と愚痴をこぼしてしまい、周囲から冷たい目を向けられるようになったのだとか。元夫も家事と仕事の両立に苦労しているらしく、ようやく私が当たり前のようにやっていたことの大変さに気付いたそうです。
◇ ◇ ◇
元夫と義母に振り回された時間は戻りません。でもこれからの人生は、自分のために使えます。今度こそ前を向いて、自分らしく歩いていこうと思います。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、結婚後に夫の親の介護が必要だと知らされ、家事も介護もひとりで背負うことになりました。仕事まで辞めて義父の最期を支えたにもかかわらず、義父が亡くなった直後、夫と義母から告げられたのは感謝の言葉ではなく離婚。自分が介護や家事を担う存在として都合よく利用されていたと知り、女性は大きな決断を下したのでした。
続く2つ目のエピソードでは、夫から妊娠中の体を気づかう言葉をかけられ、仕事を辞めて義実家で暮らすことになった女性が登場します。しかし、そこで待っていたのは穏やかな妊娠生活ではなく、義母の世話を任される日々。やがて義母が亡くなった直後、夫は信じられない本心を明かし……。
夫「用済みだから離婚で」義母の死後に豹変→夫を地獄に落としたのは

結婚式の準備をこれから進めようと思っていた矢先、私は夫に妊娠を報告しました。診察の結果は妊娠3カ月。夫に伝えると、心からうれしそうに喜んでくれました。そして、これからのことを相談しようとしたとき……。
「俺が養うから」夫の言葉を信じることに
夫は、結婚式は出産後にしようと言いました。今は体が第一だから、無理をしないほうがいいと。さらに、私の仕事は立ちっぱなしや力仕事も多いから、思い切って辞めてほしいと提案してきたのです。
ストレスはおなかの赤ちゃんにもよくないし、自分が養うから心配しなくていい、とまで言ってくれました。好きな仕事を手放すのは惜しかったものの、そこまで私と赤ちゃんのことを考えてくれているのだと思うと、断る気にはなれませんでした。夫の言葉を信じ、私は仕事を辞める決意をしました。
さらに夫は、今のアパートを引き払い、義実家で義母と同居しないかと提案してきました。手狭なうえにエレベーターもないアパートより、実家のほうが子育てしやすいというのです。突然の同居には不安もありましたが、もし私に負担が大きければ別居も考える、と夫は言いました。
私は迷いながらも、夫がそこまで言うならと受け入れることにしました。おなかの赤ちゃんのためにも、安心して過ごせる環境になるのだと信じていたのです。
夫「頼れるのは君だけ」義母の介護が始まり…
ところが、同居が始まってわずか2週間後、夫から義母の通院の付き添いを頼まれました。私自身つわりがつらい時期でしたが、夫は「頼れるのはお前だけなんだ」と頭を下げました。繁忙期で仕事が忙しい夫に無理はさせられない、そう思った私は引き受けることにしました。
それから私の生活は一変。義母の体調は悪化し、通院の付き添いだけでなく、日常の世話もほとんど私が担うようになったのです。やがて義母は寝たきりに近い状態となり、夜中に何度も呼ばれる日々が続きました。
私はおなかが大きくなるにつれ、心身ともに限界を感じるようになっていました。眠る時間も思うように取れず、このままでは倒れてしまうのではないか。そう思い、夫にヘルパーさんをお願いできないか相談しました。けれど夫は、そんな余裕はない、子どものためにお金を取っておきたいだろう、と言って取り合ってくれませんでした。
そんな中、義母の容体が急変して病院へ搬送され、そのまま亡くなりました。最期は苦しまなかったと聞き、悲しさのなかにも少しだけ安堵がありました。けれど、その直後に夫から投げつけられた言葉は、私の人生を根底から揺るがすものでした。
「もう用済み」義母の死後、夫が明かした本心
義母が亡くなったあと、私は「赤ちゃんが生まれたらお墓参りに連れていこうね」と伝えました。すると夫は、冷たく「もうお前はいらない」と言ったのです。何のことかわからず戸惑う私に、夫は信じられない本心を明かしました。
夫は、子どもが欲しかったわけではありませんでした。私を妊娠させ、結婚したのは、義母の介護をさせるため。私が仕事好きだから、普通に頼んでも仕事を辞めないと思い、妊娠をきっかけに家にいさせようと考えたというのです。
さらに、自分には付き合っている女性がいて、いずれその人と結婚するつもりだから、私はもう用済みだとまで言い放ちました。臨月の私を家から追い出し、離婚届にサインして出ていけと言う夫。
私の母はすでに亡くなっており、父とも長く別々に暮らしていたため、普段は連絡すら取っておらず、私には頼れる身内がいないと思い込んでいました。それをわかったうえでの夫の行動だったのだとわかり、なんとも言えない感情が湧き上がりました。
迷った末に父へ連絡…身勝手な夫の末路は
しかし、この絶望のなかで思い出したのは、母が亡くなる前に「何かあったら絶対に頼りなさい」と言ってくれていた、父の言葉でした。これまでずっと疎遠だったため、ためらいはありましたが、私は意を決して離れて暮らす父へ連絡を入れたのです。事情を知り、すぐに駆けつけた父は夫に怒りをあらわにし、私を守ってくれました。
父は大柄で強面。声にもドスが効いています。翌日、夫はすっかり怯えきった様子で、慰謝料を払って離婚すると謝ってきました。けれど、養育費は無理だ、お金がないから父を説得してくれないかと、なおも身勝手なことを言い出したのです。
私はそこでようやく、夫がどこまでも自分本位な人間なのだと、はっきり思い知りました。私は、私だけでなくおなかの子どもの人生まで踏みにじった責任を取ってほしいと伝えました。きちんと養育費を払い、父親としての責任を果たしてほしいと。すると夫は観念したようにうなだれました。
その後、夫とは離婚。元夫は確実に慰謝料と養育費を支払わせるため、父の知り合いが経営する職場へ強制的に転職させられることになりました。慰謝料や養育費の件を知った元夫の交際相手は、彼のもとを離れていったそうです。一方の私は父との同居を始め、無事に男の子を出産。孫の顔を見て涙を流して喜ぶ父の姿を見たとき、私も思わず泣いてしまいました。
今は父の支えもあって無事に仕事を見つけ、父と息子、そして私の3人で穏やかな毎日を送っています。心から笑える今の暮らしが、私にとって何よりの幸せです。
◇ ◇ ◇
妊娠や結婚といった人生の大きな節目では、パートナーの言葉や提案を信じて決断する場面も多いものですよね。今回のように、相手の言葉の裏にある本音や状況に違和感を覚えたときは、周囲に相談することもひとつの方法かもしれません。安心して笑える毎日を送るためにも、自分自身を大切にしていきたいですね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、夫の親が亡くなった直後に離婚を突きつけられた女性たちのエピソードをご紹介しました。
介護や家事は、誰かひとりの負担だけで成り立つものではありません。家族のために力を尽くしてくれた相手に感謝するどころか、役目が終わった途端に切り捨てるような態度は、あまりにも身勝手ではないでしょうか。
相手のやさしさや責任感に甘え続ければ、いつか信頼は失われます。理不尽な扱いを受けたときは、自分の人生を犠牲にし続けるのではなく、信頼できる人に相談しながら、自分らしく生きる道を選ぶことも大切なのかもしれませんね。
そういう内容じゃないだろ