家族に頼り切っていた妹
大学を卒業してからも、妹はなかなか働こうとしませんでした。
「今さら就職活動なんて面倒。おばあちゃんがお小遣いをくれるから、別に困ってないし」
リビングで寝転びながら、妹は平然と言います。
私が「おばあちゃんだって、いつまでもお金を出してくれるわけじゃないよ。自分の生活は自分で支えられるようにならないと」と伝えても、妹は「そのときになったら考えるよ。今から苦労する必要なんてないでしょ」と答え、気にする様子もありませんでした。
妹がこうなったのは、私のせいだろうか。そんなふうに自分を責めたこともあります。母を亡くした当時、私自身もまだ15歳でした。父や祖母の支えはあったものの、妹の身の回りの世話をすることが多く、私も手探りで毎日を過ごしていました。妹にどう接し、どこまで厳しくすればよいのかもわからなかったのです。
父や祖母も、幼くして母を亡くした妹をふびんに思い、つい甘やかしてしまったのでしょう。私が注意しても、結局は2人がお金を渡してしまうため、妹の態度は変わりませんでした。
結婚式準備で見えた妹の本音
そんなある日、妹は祖母の知人を通じて知り合った男性と交際を始めました。しばらくして結婚が決まり、2人は婚姻届を提出しました。そして、数カ月後に結婚式を挙げることになったのです。
私は妹の結婚をうれしく思う一方で、正直なところ、少し肩の荷が下りるような気持ちもありました。妹が新しい家庭を持てば、私はもう母親代わりとして世話を焼かなくてもいい。これまで後回しにしてきた自分の生活について、ようやく考えられるかもしれないと思ったのです。
ところが、結婚式の準備が始まると、妹の要求は次第に膨らんでいきました。祖母が式の費用を一部援助すると申し出たことをきっかけに、妹は豪華な会場や高額なドレスを次々と希望するようになりました。さらに、新居の家具や家電まで祖母に買ってもらおうとしていたのです。
妹は夫に、「祖母のほうから援助したいと言ってくれている」と説明していたようです。祖母が援助を申し出たこと自体は事実でしたが、妹は祖母が申し出た範囲を超える援助までねだっていました。
見かねた私は、妹に「いいかげんにしなさい。それは自分で稼いだお金じゃないでしょう。結婚したら、自分たちの収入で生活していかなきゃいけないんだよ」と注意しました。
すると妹は、露骨に嫌そうな顔をしてこう言いました。
「ああ、もう。母親面して偉そうに言わないで。私はお姉ちゃんに育ててほしいなんて頼んでないから」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に重いものが落ちたような気がしました。感謝してほしくて妹を支えてきたわけではありません。それでも、私が妹のためにしてきたことをすべて否定されたようで、すぐには言葉を返せませんでした。
結婚式当日、用意されていなかった席
妹と口論になってから約1カ月後、結婚式の日を迎えました。私は妹と口論になる前に招待状を受け取り、出席すると返信していました。妹の言葉は胸に残っていましたが、実の妹の晴れの日です。私は招待状に記載されていた式場へ、予定通り父と祖母と一緒に向かいました。
ところが、受付で私の名前を告げると、名簿を確認した受付係が困った表情を浮かべ、式場スタッフを呼びました。式場スタッフに確認してもらうと、私は欠席者として処理されているとのことでした。
父と祖母も、私が欠席扱いになっているとは知りませんでした。祖母は式の費用を一部援助していたものの、招待客の管理や席次は妹夫婦に任せており、最終的な出席者名簿までは確認していませんでした。
式場スタッフが新郎新婦に確認を取ることになり、私と父、祖母は親族控室へ案内されました。しばらくすると、スタッフに付き添われた妹と夫が入ってきました。私の姿を見た妹は、迷惑そうに顔をしかめました。
「お姉ちゃん、どうして来たの? お姉ちゃんの席は外してもらったのに」
後からわかったことですが、妹は私と口論した直後、式場へ「姉は欠席になった」と勝手に連絡していたのです。夫には、私たち姉妹が口論になり、私が感情的になって自分から欠席すると言い出したと説明していたようでした。
「招待状には出席すると返事をしたのに、どうして勝手に取り消したの?」と私が尋ねると、妹は悪びれもせず「式でも母親面されたら嫌だったから。お姉ちゃんが来なくても、別に誰も困らないでしょ」と答えました。
すると祖母が、静かに口を開きました。
「この子がどれだけ自分の時間を使って、あんたを支えてきたか、私はずっと見てきた。感謝できないだけならまだしも、ウソをついて追い返そうとするなんて見過ごせないよ」
父も、「家族に黙って姉の出席を取り消すなんて、許されることではない」と妹を厳しく注意しました。その様子を見ていた妹の夫は、険しい表情を浮かべていました。そして、少し黙った後、妹に向かってこう言ったのです。
「君からは、お姉さんが自分から欠席すると言ったと聞いていた。でも、実際は君が勝手に取り消したんだね」
夫はそう言うと、さらに続けました。
「今日は大勢の人が集まっているから、予定通り式を進める。でも、このことをなかったことにはできない。式が終わったら、きちんと話し合おう」
父と祖母、そして夫から相次いで指摘された妹は、何も言い返せず、うつむいていました。
妹の夫は式場の担当者に事情を説明し、私の席を急きょ用意できないか相談してくれました。会場側が親族席の配置を調整してくれたため、私は披露宴にも出席できることになりました。
ただ、料理はすでに出席予定者に合わせて準備されていたため、私の分は一部内容を変更して対応してもらうことになりました。席札や引き出物も、急には用意できないとのことでした。私は、自分のために慌ただしく対応するスタッフの姿を見て、申し訳なさといたたまれなさで胸がいっぱいになりました。
妹の人生を背負わないと決めて
結婚式の後、妹夫婦は今後について話し合ったそうです。父から後日聞いたところでは、式での出来事に加え、金銭感覚や今後の生活を巡って意見が合わなかったとのことでした。しばらく別居した後、2人は離婚しました。詳しい経緯までは聞いていませんが、結婚式での一件が、夫婦関係を見直すきっかけになったようです。
実家に戻ってきた妹は、以前のように父や祖母からお金をもらおうとしました。しかし、2人の態度は結婚式前とは一変していました。
父は妹に、今後は生活費や遊ぶためのお金を渡さないと告げ、期限を決めて仕事を探すよう伝えました。祖母も、「困るたびにお金を出すことは、あんたのためにならないとわかった」と話し、それ以降は小遣いを渡さなくなりました。
妹はしばらく反発していましたが、家族の態度が変わらないとわかると、ようやく仕事を探し始めました。すぐに生活が安定したわけではないものの、数カ月後には仕事を始め、給料の一部を生活費として実家に入れるようになりました。
私は長い間、妹が自立できないのは、自分の支え方が悪かったからではないかと思い悩んでいました。しかし、妹はもう大人です。これからどのような人生を送るかは、妹自身が考え、選んでいくことなのだと気付きました。
妹を支えてきた時間を後悔しているわけではありません。ただ、家族を大切にすることと、その人の人生まですべて背負うことは違います。今は、少しずつ自分のために時間を使っています。これからは妹の母親代わりではなく、私自身の人生を大切にしていきたいと思っています。
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幼い妹を支えるため、自分の時間を後回しにしてきた主人公。家族だからこそ助けたいと思う一方で、相手の人生まですべて背負い続ける必要はないのかもしれません。妹の自立を見守りながら、自分自身の人生にも目を向け始めた主人公の決断が印象に残るエピソードでした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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