兄の代わりに見合いへ行くことに
ある日、兄が実家に帰ってくるなり、「お前にいい話があるぞ」と言い出しました。
嫌な予感は的中し、兄は見合い写真を僕に差し出して「上司の知人から見合い話がきてさ。写真を見たんだけど、もっと華やかな人じゃないと俺には合わないと思って。お前ならちょうどいいだろ」と告げたのです。
写真には、控えめな雰囲気の女性が写っていました。兄は詳しい話を聞こうともせず、見た目だけで相手を決めつけ、自分の代わりに僕を行かせようとしていたのです。
腹は立ちましたが、このまま一方的に話を断れば、相手に失礼な形で伝わってしまうかもしれません。母は「無理に行かなくていいよ」と言ってくれましたが、僕は仲介役に事情を伝えたうえで、見合いへ行くことにしました。
見合いで出会った女性
見合い当日、料亭に現れたA子さんは、写真と同じく控えめな印象の女性でした。僕があいさつすると、彼女はほほえんでから、丁寧に頭を下げました。
「事情はうかがっています。来てくださってありがとうございます」
その言葉に胸が痛みました。話してみると、A子さんはとても穏やかで、相手の考えを丁寧に受け止めてくれる人でした。
僕がイラストレーターだと話すと、彼女は「頭の中にあるものを絵にできるなんて、すてきですね」と褒めてくれて……。そんなふうにまっすぐ褒められたことがあまりなく、僕は思わずうれしくなりました。
そして話すほどに、僕は彼女のやさしさや芯の強さに惹かれていったのです。
結婚式で兄の態度が一変して
それから数年が経ち、僕たちは結婚することになりました。A子さんは努力を重ね、以前より明るく凛とした雰囲気になっていましたが、僕が好きになったのは、最初に会ったころから変わらない彼女の内面です。
結婚式当日、兄は控え室に現れるなり、僕を見下すように笑いました。
「ちゃんと結婚式らしい格好できたじゃないか。で、あの地味な見合い相手とは別れたのか?」
その直後、ドレス姿のA子さんを見て、兄の目の色が変わりました。兄も思わず見とれるほど、彼女は華やかで美しかったのです。
「本当にこいつと結婚するの? 俺みたいな男のほうが幸せにできると思うけど」
僕が止めようとした瞬間、A子さんは笑顔で兄に向き合いました。
「あのとき、お見合いを断ってくださってありがとうございました。おかげで、こんなにすてきな人と出会えましたから」
そのひと言で、兄の顔色が変わりました。
花嫁の正体を知った兄は…
実はA子さんは、兄の会社にとって大切な取引先の社長の娘でした。兄は見合い話も招待状もろくに確認せず、その事実に気づいていなかったのです。
「お嬢さんだって知ってたら、俺が見合いに行ったのに……」
兄は慌ててそう言いました。けれどA子さんは、はっきり答えます。
「誰の娘かで態度を変える人とは、一緒にいたいと思えません」
そこへ、A子さんの父親である社長がやって来ました。そして、兄に向かってこう告げたのです。
「君は、娘との見合いを会社で笑い話にしていたそうだね。私の耳にも入っているよ」
「会社同士の取引はこれまで通り大切にするつもりだ。ただ、君個人に大切な案件を任せたいとは思えないな」
穏やかな口調でしたが表情は冷ややかで、兄の顔から血の気が引いていきました。
兄は相手を知ろうとする前に、自分にとって得かどうかだけで判断していました。その結果、大切な出会いを自分から手放し、仕事で関わる人にも不誠実な印象を残してしまったのだと思います。
僕は、A子さんと出会えたことを心から感謝しています。兄に押しつけられた見合いではありましたが、あの日、見合いの席へ行って本当によかったです。これからは、彼女を大切にしながら、2人で幸せな家庭を築いていきたいです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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