そんなある日、夫の不倫が発覚しました。問い詰めても、夫に悪びれる様子はまったくありませんでした。私はショックと混乱のあまり、家を飛び出し、その日はビジネスホテルへ……。
迫られた最悪の2択
ホテルの部屋でひとり、これからのことを考えて泣いていたとき、義母から着信がありました。心配してくれたのかと一瞬でも期待した私がばかでした。電話に出るなり、義母は「ドラマを見る前にお風呂に入りたいから、早く帰ってきてお風呂の掃除をしなさい」と言い放ったのです。
家を出る直前、夫が義母にも事情を話したため、義母もすでに不倫のことを知っていました。それなのに……。
私が言葉に詰まっていると、義母は平然とした声で私をさらに追い詰めました。そもそも、夫が私と結婚したのは義母の勧めだったというのです。
「息子にあなたとの結婚を勧めたのは私よ。あなたはおとなしいし、何より親がいないから。身寄りがなければ実家から文句を言われることもないし、うちにしがみつくしかないから使い勝手がいいと思ったのよ」
夫が私に対して無関心で、不倫がバレても堂々としていた理由が、これでやっとわかりました。彼らは最初から、私をひとりの人間として愛してなどいなかったのです。もちろんショックではありました。しかし、絶望というよりは、なぜか私は肩の荷が下りたような感覚でした。
もうどうでもいい――そんな気持ちだったと思います。義母は電話口で話し続けていましたが、私は構わず電話を切りました。すると義母からすかさずメッセージが……。
「離婚? 家政婦? 選んで」
「あなたは家族じゃないのよ」
「誰も迎えには行かないわよ?」
「では離婚で」
私はひと言だけ返信しました。そして翌日、私は必要な荷物を取りに戻り、夫に離婚の意思を伝えたのです。そうしてあっさりと離婚が成立しました。もう二度と顔を見たくない。一切のつながりをなくしたい――その気持ちが強く、弁護士に相談などはしませんでした。
その後しばらくはビジネスホテルに滞在していましたが、勤めていた会社に相談し、社員寮に入れることになりました。それからは、仕事に集中し、自分の生活を立て直していきました。
離婚から10年
離婚してから10年ほどが経ったある日、突然、見知らぬ番号から電話がかかってきました。出てみると、なんと元義母でした。聞けば、少し前に私が花束を持って歩いているのを、昔の近所の方が見かけて元義母に伝えたのだそうです。
実はその日、私は離婚後もずっと勤めていた会社を退職したところでした。資産運用も勉強してコツコツと貯蓄を続け、今後の生活資金にめどが立ったため、新しい生活に向けて働き方を変える決断をしたのです。
元義母は「やっぱり息子にはあなたが一番合うってわかったの。戻ってきてくれない?」と、猫なで声で言ってきました。10年前、あんなに私を見下していたのに、信じられません。理由を問い詰めると、元夫と元義母は今、借金まみれで家を手放さなければならない状況にあるようでした。
元夫は不倫相手と再婚したものの、相手の浪費が原因で多額の借金を抱え、離婚してしまったとのこと。
「真面目なあなたのことだから、きっと堅実に貯金もして、安定した生活を送っているでしょう? 少しでいいから援助してもらいたいのよ。家族だったじゃない。久しぶりに顔を見せに来るだけでもいいから会えないかしら」
元義母の言葉に、私はあきれ果てました。「家族じゃない」と私を切り捨てたのに、お金に困ったとたん、すり寄ってくるその厚かましさに、恐怖すら覚えました。
本当の家族
「今度こそ本物の家族になりましょう? あのときは冷たくしてごめんなさい。もうあなたを怒らないわ。約束するから……」などとすがってくる元義母に、私は「私にはもう、本当の家族がいますから」とだけ告げて電話を切り、その電話番号を着信拒否に設定しました。
実は、離婚から5年ほど経ったころに、私は再婚していました。今の夫と義父母は、身寄りのなかった私を本当の家族として大切にしてくれています。家事を押しつけられることも、理不尽に怒鳴られることもない、あたたかくて平穏な生活を送っています。ようやく手に入れた、やさしい家族との幸せな毎日を、私は全力で守っていきたいと思います。
◇ ◇ ◇
身寄りがないことにつけ込み、自分たちの都合のいいように扱う義母と夫の態度は、本当に許しがたいものです。家族とは本来、お互いを思いやり尊重し合うべき存在です。パートナーやその家族から見下されたり、何かを押しつけられたりする理不尽な状況に、我慢し続ける必要はありません。自分の人生を都合よく消費されないよう、理不尽な扱いには妥協せず、きっぱりと「NO」を突きつける強さを持っていたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。