空港で告げられた「あなたは留守番」
私は食品会社で、社長の娘であり、会社役員を務める妻の秘書として働いていました。秘書といっても、実際の仕事はスケジュール管理だけではありません。取引先との連絡や納期の調整、工場で問題が起きた際の対応など、部署をまたぐ業務も担当していました。
家族だから頼みやすかったのでしょう。気付けば、担当者が決まっていない仕事の多くが私のところへ回ってくるようになっていました。それでも、会社の役に立てているならと思い、引き受けてきたのです。
その日は、社員旅行で海外に行く予定でした。航空券や宿泊先は会社が一括して手配すると聞いていたため、私は事前に伝えられた集合時刻に合わせ、荷物を持って空港へ向かいました。ところが担当者に確認すると、参加者名簿に私の名前がなかったのです。
不思議に思って妻に尋ねると、妻は悪びれる様子もなく言いました。
「あなたの分は予約してないわよ。お父さんが、あなたには会社に戻って電話番をしてもらうって」
基本的に社員は全員参加と聞かされていたにもかかわらず、最初から旅行の予約に私は含まれていなかったようです。
社長である義父も、当然のことのように「全員で会社を空けるわけにはいかないだろう。お前が残れば問題ない」と言いました。なぜ事前に相談してくれなかったのかと尋ねても、「家族なんだから、それくらい融通を利かせろ」と取り合ってもらえませんでした。
旅行へ行けなかったことだけが問題だったわけではありません。これまで私が担ってきた仕事も時間も、家族だからという理由で軽く扱われていることに、限界を感じたのです。私は荷物を持ち直し、妻と義父に告げました。
「じゃあ今日は帰ります。ただ、今後も同じ働き方を続けるつもりはありません。退職については、改めて正式に申し出ます」
妻は「何を大げさなことを言っているの」と笑っていましたが、私の気持ちは変わりませんでした。その場の勢いで決めたわけではありません。長く積み重なっていた不信感が、空港での出来事によって決定的になったのです。
私はその日は会社へ戻り、最低限の対応を終えました。
引き継ぎを終えて会社を離れる
その日の夜、現地に到着した妻から何度も電話がかかってきました。
「本当に会社を辞めるつもりなの?」
「取引先への連絡はどうするのよ」
強い口調の留守番電話も残されていましたが、感情的なやりとりを避けるため、私は最低限のことだけ伝えて電話を切りました。
後日、会社の規定に沿って退職の意思を正式に申し出ました。担当していた取引先や進行中の案件、工場との調整事項を一覧にまとめ、後任者への引き継ぎもおこないました。引き継ぎを進める中で明らかになったのは、私が担当していた業務の多くが、社内でほとんど共有されていなかったことです。
私がいなければ何もできない会社にしたかったわけではありません。むしろ、特定の人に仕事を集中させ、情報を共有してこなかった会社側の体制に問題があったのだと思います。
引き継ぎ期間を終え、私は退職しました。同時に、妻と離れるため、次の家が決まるまでの間、一時的にホテル暮らしをすることにしました。
妻や義父は、私が会社を離れて初めて、私が担当していた業務の範囲を実感したようでした。
新しい職場で生かされた経験
退職後、声をかけてくれたのは妻の妹・A子さんでした。
A子さんは以前から義父の経営方針に疑問を感じており、数年前に実家の食品会社を離れていました。その後、自分で会社を立ち上げ、小規模ながら複数のレストランを運営していたのです。A子さんは退職後も、実家の会社に勤める知人や取引先を通じて、私が取引先と工場の調整を担っていることを耳にしていたそうです。
「お義兄さんが、取引先や工場の間に入って調整していたことは知っています。よければ、うちの仕入れや店舗運営を手伝ってもらえませんか」
私は最初、迷いました。妻との関係を整理している途中でもあり、身内の会社から別の身内の会社へ移るように見えることにも抵抗があったからです。
それでも、A子さんは私の立場を理解した上で、担当する仕事や権限、待遇について具体的に説明してくれました。家族だからという曖昧な理由ではなく、仕事の経験を評価した上で声をかけてくれたことが、うれしかったのです。
私は申し出を受け、A子さんの会社で、仕入先や店舗との調整を担うことになりました。前職では秘書という肩書きでしたが、実際には取引先との納期調整や工場への連絡、商品の手配などにも携わっていたため、その経験を生かせると考えたのです。
もちろん、前職の顧客情報や価格表などを持ち出すことはせず、新しい職場の担当者と相談しながら、仕入れや発注の流れを一から確認しました。
すぐに大きな成果が出たわけではありません。しかし、数カ月かけて改善を続けた結果、仕入れにかかる負担が減り、店舗への納品も以前より安定するようになりました。
一方、妻の実家の食品会社では、取引先への回答や納期調整に時間がかかることが増え、一部の取引先が発注量を見直したと、元同僚から聞きました。会社ではその後、担当部署や業務の分担を再編することになったそうです。
まとめ
妻との離婚の話し合いは、当初なかなかまとまりませんでした。
感情的なやりとりを避けるため、途中からは弁護士を通じて連絡を取りました。その後、財産や今後の生活について協議し、双方が納得したうえで離婚届を提出。夫婦関係にも区切りを付けることができました。
A子さんとは、離婚後も仕事上の関係が続いています。
「もう義兄と義妹ではありませんが、これからも仕事仲間としてよろしくお願いします」
そう言ってもらえたとき、私は自分の経験を必要としてくれる場所に移ってよかったと感じました。
以前の私は、家族なのだから仕方がないと思い、自分の役割や責任が曖昧なまま、多くの仕事を抱え込んでいました。
今は、自分の意見を聞いてもらい、周囲と仕事を分担できる環境で働いています。空港で置き去りにされたのはつらい出来事でしたが、あのとき決断したことで、自分の働き方と人生を見直すことができました。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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