ささやかな日常と、私が抱いていた小さな願い
しかし、私が一日中部屋にこもってパソコンに向かっている姿は、昔気質の両親の目には「仕事をしていない」ように映っていたようです。私はあえて自分の収入の詳細を両親には話していませんでした。それでも、育ててくれた恩返しが少しでもできればという思いから、毎月30万円というまとまった額を現金で引き出し、「仕送り」と書いた封筒に入れて、生活費として毎月母親に直接手渡していました。
両親は私に対して少し冷たいところがありましたが、私は日々の家事や庭の手入れなども進んでこなし、家族が少しでも快適に過ごせるように努めていました。夕食時には手作りの料理を並べ、テレビを見ながら何気ない会話を交わす。そんなほのかな幸せと平和な日常が続くことを、私は心から願っていたのです。自分が縁の下の力持ちとして家族の生活を支えているという事実は、私にとってささやかな誇りでもありました。
突然の帰省と、食卓を凍らせた理不尽な宣告
そんな穏やかな日常が音を立てて崩れ去ったのは、数カ月ぶりのある休日のことでした。難関国立大学を卒業し、都内の一流企業に就職したと豪語する弟が、突然実家に帰省してきたのです。両親は朝から落ち着かない様子で、弟の好物ばかりを食卓に所狭しと並べていました。まるで王様を迎えるかのようなはしゃぎぶりに、私は少しばかりの疎外感を感じつつも、久しぶりの家族団らんの場を壊さないよう、静かに食事を共にしていました。
食事が進むにつれ、弟の自慢話はエスカレートしていきました。仕事の規模がいかに大きいか、どれほど有能な人材に囲まれているか。両親は目を細めてウンウンと頷き、弟を褒めちぎります。そして、和やかな空気が一変する瞬間が訪れました。
父が唐突に箸を置き、鋭い視線を私に向けたのです。
「お前は毎日家にいて恥ずかしくないのか!いい加減、ニートの寄生虫は出て行け!」
あまりの突然の怒声に、私は息を呑みました。何を言われているのか瞬時には理解できず、ただ目を見張るばかりです。すると、すかさず母が冷ややかな口調で追い打ちをかけてきました。
「弟ちゃんはね、毎月30万円も仕送りしてくれているのよ?お前も少しは優秀な弟を見習いなさい!」
その言葉を聞いて、私の頭の中は真っ白になりました。毎月私が「仕送り」として手渡している30万円の現金封筒。どうやら弟は、裏で両親に「毎月俺が兄貴の口座に30万振り込んで、兄貴から手渡すように頼んでるんだ。ニートの兄貴のプライドを保つために、兄貴のお金ってことにして受け取ってやってよ」と、とんでもない嘘を吹き込んでいたのです。
視線を向けると、弟は私のことを見下すようにニヤニヤと笑っていました。自分が懸命に働いて家族を支えてきたという事実が、こんなにもあっけなく他人の手柄にされ、あろうことか両親は私を「弟の金を届けるだけの寄生虫」と見下していたなんて。激しい怒りと、それ以上に深い悲しみが胸の中で渦巻いていました。
崩れ去った信頼と、静かなる決断
「そのお金は私が稼いで渡しているものだ」と、自分の仕事の通帳履歴を見せて真実を突きつけることは簡単でした。しかし、両親の顔を見た瞬間、私の中で何かがポキリと折れる音がしました。両親は最初から、高卒の私よりも難関国立大学卒の弟を無条件に信じ、誇りに思っているのです。私が何を言おうと、「嘘をついてまで弟の手柄を自分のものにしようとしている」と受け取られるのは火を見るより明らかでした。長年積み重なってきた学歴への偏見は、私が思っていた以上に根深いものだったのです。
私は湧き上がる悔しさをぐっと飲み込み、大きく深呼吸をしました。ここで感情的になって争っても、誰も幸せにはならない。むしろ、自分の価値を認めてくれない場所にしがみつく必要などないのだと、不思議なほど冷静に状況を受け止めている自分がいました。
「分かった…出て行くよ」
私が手元にあった今月分の仕送り封筒をしまい込み、静かにそう告げると、両親は厄介払いできたとばかりに満足そうに頷きました。そして、立ち上がろうとした私の背中に、弟の嘲笑が突き刺さりました。
「一生帰ってくんなw」
その足で自室に戻り、私は最低限の荷物と仕事道具のパソコンだけをカバンに詰め込みました。部屋を見渡すと、これまで家族のために費やしてきた時間が走馬灯のように蘇り、胸の奥がチクリと痛みました。しかし、玄関を出て外の空気を吸い込んだ瞬間、重くのしかかっていた鎖から解き放たれたような、清々しい感覚が全身を包み込んだのです。私には、自分の力で生きていくための確かな技術と経済力がある。これからは、誰のためでもない、自分のためだけに人生を歩んでいこう。そう強く心に誓い、私は実家を後にしました。
鳴りやまない着信と、暴かれた真実
実家を出てから数カ月。私は都内のセキュリティがしっかりとした快適なマンションに移り住み、完全に新しい生活をスタートさせていました。家族からの干渉がない環境は驚くほど仕事の効率を上げ、事業はさらに拡大し、収入は以前にも増して安定していました。毎朝お気に入りのカフェで仕事の構想を練り、夜はゆったりと自分の時間を楽しむ。そんな充実した日々を送っていたある日のことです。
スマートフォンに、見知らぬ番号から着信がありました。実家を出た直後に両親の番号は着信拒否にしていたため、不審に思いながら電話に出ると、聞こえてきたのは焦り切った父の声でした。どうやら、別の携帯電話からかけてきたようです。一度は無視をしたものの、数分おきにしつこく鳴り続けるため、不審に思って電話に出ると、そこからは信じられないほど焦燥しきった父の声が聞こえてきました。
「頼む、戻ってきて助けてくれ!」
聞けば、私が家を出た翌月から、当然ですが「仕送り」の現金は一切渡されなくなったとのこと。急に生活が苦しくなった両親が、仕送りをしているはずの弟に理由を問い詰めたところ、驚愕の事実が発覚したそうです。実は、弟は就職した一流企業を人間関係のトラブルでわずか数カ月で退職しており、見栄を張って遊び歩いた挙句、多額の借金まで抱えていました。
もちろん、仕送りなど最初から一度もしていません。毎月渡されていた30万円入りの封筒が、本当に私が稼いで渡していたものだと、両親はここに至ってようやく気がついたのでした。
新たな人生の幕開けと、完全なる決別
電話の向こうからは、父の震える声に混じって、母の泣きじゃくる声と、弟の情けない言い訳が聞こえてきました。
「誤解だったんだ、お前が本当の稼ぎ頭だったなんて知らなかった。家族なんだから、また一緒に暮らして助け合おう」
都合の良い言葉を並べ立てる父に対し、私は一片の感情も交えずに答えました。
「もう二度と関わるつもりはありません。自分たちの生活は、自分たちでなんとかしてください」
それだけを冷たく言い放ち、私は通話を切りました。すぐにその番号を着信拒否に設定し、実家とのつながりを物理的にも精神的にも完全に絶ち切りました。私を信じず、学歴という表面的なものだけで判断し、用済みとなれば平気で切り捨てるような人たちに、これ以上私の人生の貴重な時間を割くつもりはありません。
今、私は自分のスキルを最大限に活かし、信頼できるビジネスパートナーたちと共に新しいプロジェクトに取り組んでいます。誰かの顔色をうかがうことなく、自分の足でしっかりと立ち、自分の価値を正しく評価してくれる環境に身を置くこと。それがいかに尊く、心を豊かにしてくれるものかを、私は身をもって知りました。あの理不尽な出来事は、私を本当の意味での自立へと導いてくれた、人生の大きなターニングポイントだったのだと、今では晴れやかな気持ちで振り返ることができます。
◇ ◇ ◇
家族という最も身近な関係であっても、無条件に信頼や愛情が約束されているわけではありません。目に見える学歴や肩書きだけで相手の価値を測り、陰で懸命に支えてくれている人の存在に気づけないのは、本当に悲しいことですね。
周囲の心ない言葉に惑わされることなく、自分の努力と可能性を信じて、堂々と自分の道を歩んでいきたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
何故こんな不自然な話を書くかね