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「結局は左遷じゃない」離婚を切り出した妻。赴任から半年後、元夫の肩書きを知り復縁を求めたワケ

私は大手企業の本社で働く30代の会社員です。同じ会社でパート勤務をしていた妻とは社内恋愛の末に結婚しましたが、結婚して3年ほどたつころには、夫婦で過ごす時間がほとんどなくなっていました。家事の負担も私に偏る中、地方で進める新規事業の立ち上げプロジェクトへの参加が決まりました。ところが、赴任について説明しようとした私に、妻は思いがけない言葉を突き付けたのです。

 

すれ違いが増えた結婚生活

妻は、私が勤務する本社の別部署でパートとして働いていました。私たちは社内で知り合い、交際を経て結婚しました。しかし、結婚生活が続くにつれて、少しずつすれ違いが増えていきました。

 

ある日、私が帰宅すると、妻はまだ家に戻っていませんでした。妻はいつも私より早く仕事を終えていたため、心配になって連絡しました。すると、妻から返ってきたのは、「今日は友だちと食事に行くって言ったでしょ」というそっけない言葉でした。

 

「聞いていないよ。夕飯の材料も買ってきたんだけど」と私が言うと、妻は「だったら、ひとりで食べて」と言って、一方的に電話を切りました。

 

気付けば、最後に夫婦で食卓を囲んだのは2週間以上も前のこと。休日も妻は友人との予定を優先し、私と過ごそうとはしませんでした。

 

「最近、ほとんど一緒に過ごしていないよね。一度きちんと話をしないか」と私が切り出しても、妻は面倒くさそうな表情を浮かべて、「仕事でも同じ会社なのに、家でも一緒なんて息が詰まるの」と返しました。

 

私が「同じ会社といっても、部署も勤務形態も違うだろう?」と言うと、「私がパートだからって、見下しているの?」と、不機嫌そうに言いました。そんなつもりはないと説明しても、妻は聞く耳を持ちませんでした。

 

家事についても、洗濯や掃除、日用品の買い出しは、いつの間にかほとんど私の担当になっていました。

 

「シーツを替えておいて」

「通販の段ボールも片付けて」

「冷凍庫のアイスがなくなりそうだから、買ってきて」

 

妻は自分の予定を優先しながら、家のことは当然のように私へ頼んできました。家事を分担したいと話しても、「そのくらいやってくれてもいいでしょ」と取り合ってくれません。妻の機嫌を損ねたくないという思いから、私は言われるまま家事を引き受けていました。

 

地方赴任を「左遷」と決めつけた妻

そんなある日、私は上司から、新設予定の子会社に関するプロジェクトへ参加しないかと打診されました。地方に準備拠点を設け、現地で事業を立ち上げる計画です。

 

私は以前から新規事業の企画に関わっており、今回のプロジェクトでも、立ち上げ責任者を務める予定でした。上司からは、事業が軌道に乗れば、設立後の子会社で役員を任せる可能性もあると説明されました。

 

責任は大きいものの、これまでの仕事を評価された上での打診でした。ただ、引っ越しを伴う長期の赴任になるため、私は返事をする前に妻へ相談することにしました。

 

「地方で新しい事業を立ち上げる話があって、責任者として――」

 

私が説明を始めると、妻はスマートフォンから目を上げないまま、「仕事のことは自分で決めれば?」と遮りました。

 

「今後の生活にも関わることだから、きちんと話し合いたいんだけど」と伝えても、妻は取り合ってくれませんでした。

 

私は数日かけて仕事内容や将来性を検討し、挑戦したいと考えて打診を受け入れることにしました。そして正式に赴任が決まった後、改めて妻に話をしたのです。

 

「前にも話した新事業の件だけど、正式に地方へ赴任することが決まったんだ」

 

すると妻は、仕事内容を確認することもなく、「本社から地方へ行かされるって、結局は左遷じゃない」と決めつけました。

 

「違うんだ。新しい事業の立ち上げで――」と私が説明しかけると、妻は聞く耳を持たず、「もういい。明日、離婚届をもらってくるから」と言い放ちました。さらに、こう続けたのです。

 

「落ちぶれた人についていくつもりはないの。私は大手企業の本社で働いているあなたと結婚したんだから」

 

その言葉を聞いた瞬間、これまで抱いていた違和感の理由がわかった気がしました。妻が見ていたのは私自身ではなく、勤務先や本社勤務という肩書きだったのかもしれません。

 

私は改めて赴任の目的を説明しようとしましたが、妻は「言い訳は聞きたくない」と取り合いませんでした。

 

「わかった。そこまで言うなら、離婚しよう」

 

そう答えると、妻は少し驚いた表情を見せました。しかし、すぐに「そのほうがお互いのため」と言い、離婚の意思を変えませんでした。

 

私たちに子どもはいませんでした。賃貸マンションの解約や家財、結婚後に築いた預貯金の分け方について話し合い、必要な手続きを進めた末、離婚が成立しました。元妻は新しい住居へ移り、私も赴任に合わせてマンションを退去しました。

 

 

離婚後に届いた元妻からの連絡

離婚後、私は地方へ移り、子会社の設立準備に取り組みました。新しい取引先との交渉や採用、業務体制の整備など、立ち上げには想像以上の苦労がありました。それでも、周囲の人たちと協力しながら、一つずつ課題を乗り越えていきました。

 

そして赴任から半年ほどたったころ、子会社が正式に設立されました。社内の正式な手続きを経て、私は新会社の代表取締役社長に就任することになったのです。元妻は離婚後も同じ会社でパート勤務を続けていたため、社内の人事発表を見たようです。発表から間もなく、元妻から突然連絡が入りました。

 

「あなたが新しい会社の社長になったって、本当なの?」

 

「本当だよ。地方への赴任は、最初から子会社を立ち上げるためのものだった」と私が返すと、「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったのよ!」と元妻が言いました。

 

「最初に打診されたときも、正式に決まったときも説明しようとした。でも、最後まで聞かずに左遷だと決めつけたのは君だろう」と言うと、元妻はしばらく黙り込んだ後、「あのときは勘違いしていた」と言いました。そして、「もう一度やり直せないかな」と続けたのです。

 

私はすぐに断りました。それでも元妻は、「今度こそあなたを大事にするから」と食い下がりましたが、私に考えを変えるつもりはありませんでした。

 

私は「離婚を切り出したのは君だ。それに、肩書きが変わったからやり直したいと言われても、信用できない」とだけ伝え、電話を切りました。

 

肩書きより大切だったもの

元妻との生活を振り返ると、私は関係を壊したくない一心で、無理を重ねていたのだと思います。

 

家事を一方的に任されても、外出の予定を十分に共有してもらえなくても、私が我慢すれば夫婦関係を保てると考えていました。しかし、一方だけが相手の顔色をうかがい続ける関係は、対等な夫婦関係とは言えなかったのでしょう。

 

子会社の立ち上げも、決して順調なことばかりではありませんでした。それでも、肩書きだけで判断せず、仕事に向き合う姿勢を見てくれる人たちと働けたことで、少しずつ自信を取り戻せました。

 

元妻から復縁を求められたとき、以前の私なら、相手の気持ちを優先して迷っていたかもしれません。しかし、自分の価値を肩書きだけで判断する相手に、再び人生を委ねることはできませんでした。

 

離婚はつらい経験でしたが、無理を重ねて関係を保つことと、相手を大切にすることは違うのだと気付きました。今は、自分の気持ちや生き方も尊重しながら、仕事と生活に向き合えています。

 

--------------

夫婦であっても、相手への思いやりや対等な関係が失われれば、どちらか一方の我慢だけで結婚生活を支え続けるのは難しいものです。元妻の言葉によって、自分自身ではなく肩書きを見られていたと気付いた主人公。つらい別れを経験したからこそ、自分の気持ちや生き方を尊重する大切さに気付けたのかもしれません。

 

 

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

※AI生成画像を使用しています

 

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ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

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