義父にカレーを出しただけで、義母が激怒

義父母と同居していたころ、私たちは食事を別にしていました。というのも、私は結婚するまで、実家ではほとんど料理をしておらず、手際や味に自信がなかったからです。無理に頑張って気まずくなるのが怖く、「食事は別でお願いしたい」と相談し、その形に落ち着いていました。
そんなある日、たくさん作ったカレーがあり、ちょうど義父がおなかを空かせていそうだったので、私は軽い気持ちで「よかったら食べますか?」と声をかけて、カレーを出しました。「カレーなら失敗も少ないし大丈夫だろう」と思ったのです。
ところが、それを見た義母が突然怒りだしました。
「私だって、お嫁さんの手料理を食べたことがないのに。なんでお父さんだけなの?」
まさか、そんな受け取り方をされるとは思わず、私は言葉を失いました。特別な意味はなく、ただ義父の空腹に気付いて声をかけただけだったのに、場の空気が一気に重くなってしまいました。
驚いたのは、義母が想像以上に焼きもちを焼くタイプだったこと、そして私たちが決めた「食事は別」というルール自体にも、不満があったようでした。
カレーの件をきっかけに家の空気が悪くなり、私も必要以上に気をつかうようになってしまいました。そのまま同居を続けるより、いったん距離を取ったほうが良いと判断し、私たちは早い段階で同居の形を見直すことにしました。
◇◇◇◇◇
善意で動いたつもりでも、義実家には別の意味に受け取られてしまうことがあるのだと痛感しました。同居は距離が近く、すれ違いが起きたときの負担も大きくなります。無理を重ねる前に夫婦で話し合い、お互いが落ち着ける距離感で付き合う大切さに気付かされた体験でした。
著者:佐藤綾/50代女性・パート
イラスト:ほや助
泣く赤ちゃんを前に義母は家事を強要

赤ちゃんを連れて、私の両親と一緒に義実家を訪ねました。到着は夕方で、移動の疲れもあったのか、子どもはすぐにおなかを空かせて泣きだしてしまいました。私は持参した離乳食を温めようと動き始めたのですが、そのとき思いもよらない声がかかりました。
その様子を見ていた義母から、「それより先に、こっちのごはんの準備を手伝って」と言われました。夫もその場にいたため、「お義母さんの手伝いをお願いできる?」と伝えたのですが、義母はすぐに「そんなことダメでしょ。あなたがやるの」と返しました。
戸惑っていると、私の両親が見かねて子どもを抱いてくれました。私はそのまま義母の手伝いに回りましたが、夫はテレビを見たままで動く様子はありませんでした。泣いていた子どものことも、私の状況も、気に留めていないように感じられました。
◇◇◇◇◇
赤ちゃんの泣き声が響く中で、自分の子どもを優先できず、戸惑いながら動いたあの時間は、今でもふとした瞬間に思い出してしまいます。 「嫁だから手伝わなきゃ」と無理をせず、大変なときこそ夫と協力したり、周囲を頼ったりしてもよかったのかもしれません。
家族が集まるにぎやかな場だからこそ、お互いに「今、何が一番大事か」を思いやれる関係でいたいものです。このときの小さな違和感を大切に、次はもう少し自分と子どもの気持ちを優先してみようと思います。
著者:岩井ゆき/40代女性・パート
イラスト:はせがわじゅん
義母と夫の距離に感じた違和感

結婚後、私は夫とともに義実家で生活していました。その中で、義母が成人した夫を今も「ちゃん」付けで呼んでいることに、私は強い違和感を覚えました。
さらに、義姉妹が頻繁に義実家へ出入りし、私たちの生活空間に遠慮なく踏み込んでくる状況も続いていました。義実家にいながらも落ち着けず、心が休まる時間はほとんどありませんでした。
心身の負担が重なった私は、何度も夫と話し合い、「今のままでは共倒れになってしまう」と伝えました。そして、苦渋の決断として、セカンドハウスで一時的に別居することにしました。夫や義実家と縁を切るつもりはなく、状況が落ち着けば戻るつもりで、離れている間も夫の体調を常に案じていました。
当時、夫はうつ病を患っており、ほかにも体の不調を抱えていました。義母とは、夫の療養や生活上の支援について十分に相談できる関係を築けていませんでした。外部の支援サービスの利用も提案しましたが、義実家の考え方や義母との関係から、実現しませんでした。
専門知識のない私ひとりですべてを背負い続けることには、すでに限界を感じていました。私ひとりの力ではこれ以上支えきれないところまで追い詰められ、共倒れを防ぐために下した、まさに生存のための苦渋の決断だったのです。
久しぶりに義実家へ戻ると、そこに私の居場所はありませんでした。家の中は他人の家のようになっており、私の服はすべてゴミ袋に入れられ、家具や生活用品の配置も勝手に変更されていました。事前の連絡は一切なく、義母には、私が距離を置いた背景が十分に伝わっておらず、私の行動を「息子を置いて逃げた」と受け止めていたようです。
たとえ一時的に家を空けたとはいえ、長年共に暮らした家族の所持品を無断で処分するという断絶の意思表示に、ただ言葉を失いました。
◇◇◇◇◇
自分の心身を守るために下した判断は、今振り返っても間違いではなかったと感じています。たとえ家族であっても、ひとりの力ですべてを背負い込み、自分を犠牲にし続けることには限界があるからです。
当時は冷静な対話ができるような状況ではなく、歩み寄ろうとする私の思いが届かないまま、結果として大きな溝が生まれてしまいました。ですが、まずは「自分自身の安全な場所」を確保したからこそ、今の自分があるのだと思います。
自分の思いが届かない環境と、今後どのように折り合いをつけていくのか。納得できる形を見つけるまでの道のりはまだ続いていますが、自分を大切にしながら、これからの関係を模索していきたいと考えています。
著者:目黒アンナ/50代女性・主婦
イラスト:きりぷち
まとめ
3人のエピソードから見えてきたのは、義実家との距離が近いからこそ生まれる、価値観や受け止め方の違いでした。相手に悪気があるかどうかにかかわらず、役割を一方的に求められたり、事情を理解してもらえなかったりすることが、大きな負担につながる場合もあるようです。
相手との関係を保とうとするあまり、自分の負担に気付けなくなることもあります。時には、落ち着いて今後を考えるために、いったん距離を置くことが助けになる場合もあるのかもしれません。
また、義実家との関係を考える上では、パートナーが双方の事情をどのように受け止め、関わるかも大きな要素になることがうかがえます。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています
関連記事:「掃除しておいたのよ」義母が結婚半年で豹変!家具を移動、食品も処分、さらに失った大切な物は
関連記事:「将来は同居するものだ」と考える義父母。すでに土地購入を終えた段階で夫が事実を打ち明けた結果
ウーマンカレンダー編集室ではアンチエイジングやダイエットなどオトナ女子の心と体の不調を解決する記事を配信中。ぜひチェックしてハッピーな毎日になりますように!