記事サムネイル画像

「大黒柱の俺様に感謝しろ!嫌ならひとりで暮らせ」安月給なのに威張る夫→はーい♡1カ月後、涙声の夫!哀れな結末

「俺が大黒柱だ」と言いながら、家族を支えるどころか、妻や親の努力を見下す夫もいるようです。収入や立場を理由に偉そうにされても、思いやりや責任が伴っていなければ、家族の信頼は離れていってしまいますよね。

家計を支えようと在宅ワークを始めた妻を「専業主婦のくせに」と責めたり、農業やパン屋に打ち込む両親と妻を見下し、「一家の大黒柱は俺だ」と言い放ったり……。大黒柱を名乗っていた夫たちは、やがて自分がどれほど周囲に支えられていたのかを思い知ることになります。

今回は、“自称・大黒柱”の夫に見切りをつけた女性たちが、自分の力で新しい人生を歩み始めるエピソードをご紹介します。

減収夫「大黒柱の俺に感謝しろ!嫌なら出て行け!」私「わかった」→夫が涙声で連絡してきた理由

まとめ

 

私は30代の専業主婦。夫と数年前に結婚し、当初は穏やかな生活を送っていました。

 

しかし結婚から数年が経ったあたりから、夫は仕事でのイライラを私にぶつけるようになっていったのです……。

 

夫は仕事の愚痴を、毎日のように家に持ち帰るようになっていました。

 

「うちの会社は本当に最悪だ。俺の実力をわかってない」

 

そう言いながら、帰宅するなりいら立ちをぶつけてくるのが日常茶飯事に。物に当たることもあり、飲みに出て帰りが遅くなる日も増えていきました。

 

残業代が減ったからか収入も徐々に減り、生活も厳しくなっていきました。それでも私は、なんとか夫を支えたいと思っていたのです……。

働くことすら許されなかった日々

家計が苦しくなっていく中、私は外で働くことを考えました。しかしプライドが高い夫は、それを強く拒否したのです。

 

「嫁が働いてると、俺の稼ぎが悪いって思われるだろ!」

 

一時的にパートに出るだけでも、と提案しましたが、夫は首を横に振るばかり。結局、私は外で働くのを諦めました。

 

毎日スーパーのチラシとにらめっこして、特売品だけを買いに行く日々。将来への不安はますます大きくなる一方でした。

夫を支えたい一心で

節約ばかりの生活は心を疲弊させていくものです。このままじゃいけないと思った私は、夫に内緒で在宅でできる仕事について調べ始めました。

 

結婚前は会社員として働いていた私。そのときのスキルを生かせそうな在宅ワークがあることを知りました。

 

最初は小さな案件から請け負いましたが、やはりブランクがある状態ではなかなか稼げません。そこで、私は案件や家事の合間に図書館で借りた本や無料講座を利用してスキルアップを図りました。

 

「少しでも家計の足しになれば」「夫の支えになることができれば」という思いで始めた在宅ワークでしたが、だんだんと継続発注をもらえるように。そのうち、私は「自分でもしっかり稼げるようになりたい」と思い始めたのです。

 

そんなタイミングで、夫が決定的なひと言を放ちました。

 

身勝手な夫の言い分

ある日、夫がいつもより早く帰ってきました。ちょうど私がクライアントと打ち合わせをしているときでした。

 

「誰と話してたんだ?」と聞いてきた夫に、私は正直に在宅ワークを始めたことを打ち明けました。話している間に、どんどん夫の表情は険しいものに。夫は私が働くこと自体を嫌がっているように見えました。

 

「俺の許可なく勝手なマネをするな! 家でパソコンでカタカタやるだけって、それで仕事のつもりか?」

 

「専業主婦が仕事しようったってできるわけないだろ。やめちまえ!」

 

ショックを受ける私に、続けて夫はこう言い放ったのです。

 

「専業主婦のくせに生意気なんだよ! 遊ぶ暇があるんだったら、もっと大黒柱の俺様に感謝しろ!」

 

「それができないなら、ひとりで暮らせ!」

 

その瞬間、私の中で何かがはっきりと切り替わる音がしました。

 

自立への第一歩

「はい。そうします」

 

私がそう答えると、夫は明らかに動揺していました。そんな夫を無視し、私は自分の荷物を手早くまとめて実家へ。

 

実家に戻ってからは、これまで準備してきた在宅の仕事に本格的に取り組むように。すぐに大きな収入になったわけではありませんが、少しずつ案件が増え、安定して働けるようになっていきました。

 

しばらくして、夫から「俺が悪かった。戻ってきてほしい」と連絡が。話を聞くと、家事が回らず生活が乱れ、外食やコンビニごはんが続いてさらに家計が厳しくなっていたようでした。

 

しかし、私の気持ちはすでに決まっていました。

 

「離婚しましょう」

 

これまで夫から受けた暴言については、日常的に記録を残していました。私はそれを持って弁護士のもとへ。話し合いの末、わずかではありますが慰謝料と財産分与を受け取り、私たちの離婚は成立しました。

 

誰かに依存する関係は、一見安定しているように見えても、どこかで無理が生じるものです。自分の人生をどう生きるかを決められるのは、自分自身しかいません。あの経験を経て、私はようやく、自分の足で立つことの大切さを知りました。

 

◇ ◇ ◇

 

現在、私は実家を出てひとり暮らしをしています。在宅で仕事を続けているため、生活は決してラクとはいえませんが、自分の力で生活できているという喜びは、何事にも代えがたいものです。

 

あのとき、勇気を出して一歩踏み出していなければ、今の私はなかったと思います。

 

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

 

1つ目のエピソードでは、家計のために在宅ワークを始めた妻を、夫が「専業主婦のくせに」と見下します。限界を迎えた妻は、自分の力で生きていく決断をするのでした。

 

続く2つ目のエピソードでは、Uターン後に義両親の農業やパン屋を手伝っていた女性が登場します。夫は義両親や妻の仕事を見下し、「一家の大黒柱は俺だ」と横暴な態度を取りますが、実は義両親には夫が知らない収入源があり……。

 

 

「逆らうヤツは出ていけ!」会社の事業縮小で退職し義実家にUターンした夫→いいの?真実を告げ、出ていった結果!

スカっと

勤めていた会社の事業縮小に伴い、リストラに近い形で自主退職した夫。それを機に、私たち夫婦は義実家のある地方へとUターンしました。しかし、田舎を嫌い、都会に出た夫は、農業をしている義両親とはあまりうまくいっていません。一方、私は毎日が楽しくて仕方ありませんでした。前から土いじりが好きで、義両親と一緒に畑仕事をするのが本当にうれしかったのですが……。

 

義両親はとても明るく、ポジティブな人たちです。自分たちの作った野菜のおいしさを伝えたいと、農業だけでなく新しい分野にも挑戦。畑で採れた野菜を使ったパンを製造し、販売し始めたのです。私ももちろん、お手伝いしています。

 

それから3年、小さなパン屋ですが、お店も軌道に乗り、ご近所さんからの評判も上々です。しかし、そんな状況が、気に食わない様子の夫。「微々たる稼ぎでも楽しく働けるのは、老人の趣味だからだ」そう言って、義両親のことを鼻で笑うのです。

 

生活のために一生懸命働いている自分のほうが上だと言わんばかりに、私たちを見下してきて……。

 

義両親を見下し、横暴な態度を取る夫

ある日突然、畑を全部売ると言い出した夫。Uターンして、転職した会社で自分が思うように出世できず、給料も上がらないことに苛立ち、パン屋がうまくいっている義両親の姿が面白くないようで、土地をお金にしてしまおうと言うのです。

 

先祖代々守ってきた土地を、簡単に手放そうとするなんて……。パンの製造・販売も、この畑があってこそです。何よりも、畑仕事は義両親の生きがいでした。夫は、農作業にはケガのリスクもあって、重労働も多く、もう若くない義両親にとっては大変だと言います。私は何もせず家にいるより、よほど健康にいいと思うのですが……。

 

「のちのち俺たちが苦労することになる。あいつらが体でも壊したらどうなる? 俺は年寄りの世話なんてゴメンだからな」と吐き捨てるように言った夫。結局のところは、何もかも自分のためで、義両親の気持ちをまったく考えない夫に、私は腹が立ちました。そんな私に夫は……。

 

「一家の大黒柱は俺だ!」
「逆らうヤツは全員出ていけ!」

 

「いいの?! 義両親も出ていくって!」

 

「え?」
私の反応に、驚く夫。義両親がいなければ、勝手に土地を売ることもできません。夫は、急に慌て始めました。

 

 

義両親が夫に伝えていなかった真実

翌日、私は義両親と一緒に義実家を出ました。畑にも近い、空き家になっていた義母の生家で暮らすことにしたのです。義母の生家は古いですが、時々手入れをしていたので、十分に生活できます。

 

夫はしつこく義両親に連絡してきて、「土地を売らせろ! 俺は農家なんか継がない! さっさと売って金にしたほうがいいに決まってる! もう逆らわないと約束すれば、今回だけは許してやる」と偉そうです。

 

「なんで大黒柱の言うことを聞かないんだ」と言う夫に、とうとう義母が怒りました。

 

「大黒柱は、あんたじゃない! 私とお父さんよ!」
そして、農業とパン屋以外にも、夫には伝えていない不動産所得があると告白した義母。義両親は畑以外にもいくつかの土地を所有しており、その中には企業に貸している土地もあって、農業をせずとも十分に暮らしていけるだけの収入があったのです。

 

夫は昔から、何かと義両親に迷惑ばかりかけていたそう。農業をバカにして、義両親を見下し、それなのに困ったらお金を要求。進学した大学にはすぐに行かなくなり、遊んで暮らすようになり、音楽で食べていくと言って仕送りを要求したり、就職したかと思えばすぐに辞めてしまったり。

 

私が知り合ったときは、会社勤めの普通のサラリーマンだったので、義両親から夫の昔の素行について聞かされて驚きましたが、思い通りにならないとすぐに投げ出すところがあり、少し思い当たるところもありました。

 

そのため、義両親は「あてにされては困る。きちんと働いて自立した生活を送ってほしい」と、この事実を今まで夫に黙っていたのです。一方、私にはUターンしたタイミングで、資産の総額や金庫の管理など、必要な情報を共有してくれていました。

 

驚きの真実を知り、夫は怒り心頭。自分の素行の悪さが原因なのに、よくそんな態度に出られるものです。何度連絡しても義両親に無視される夫は、私に伝言を頼んできました。「今、一番体を張って労働しているのは自分だから、少しは敬ってくれてもいいだろう」と言います。まるで義両親が楽して稼いでいるかのような言い方に、さらに頭にきました。

 

夫は自分の態度が原因で…

義両親に余裕があるのは、不動産所得のおかげだけではありません。パンの売り上げも、収入のかなりの割合を占めています。近所のスーパーにもパンを卸すなど大盛況なのです。私はひそかに勉強して、今では経理を担当させてもらっています。

 

夫は私や義両親に興味がなく、心に余裕もなかったので、気づいていなかったのかもしれませんが、私たちも、懸命に働いてきたのです。夫は都会で暮らしていたからと、地元の人を格下扱いし、見下しています。その偉そうで鼻につく態度のせいで、職場の人から嫌われて、業務がスムーズにいかないとパンを買いに来てくれた、夫と同じ会社で働く方から聞きました。

 

私を義実家から追い出したことで、義両親から薄情者だと非難された夫は、今後は距離を置くとまで言われています。夫がひとりで住んでいる義実家は、義父の所有物。夫はひとり暮らしをするよう、退去を求められることに。

 

その後、私は夫と離婚し、今は義両親とビジネスパートナー兼友人として付き合っています。夫はひとりでは何もできない人なので、離婚はしたくなかったようですが、義両親や地元の人を見下す夫とは、もう一緒にいたくありませんでした。

 

夫は義実家を出て、ひとり暮らしを始め、義両親は義実家に戻り、私は義両親のご好意で義母の生家に住まわせてもらえることになりました。義両親の仕事を手伝うだけでなく、地元の企業に就職もして、義両親には家賃を支払って生活しています。これからも仲良く楽しく、一生懸命働きたいと思います。

 

◇ ◇ ◇

 

プライドを持ったり、見栄を張ることは決して悪いことではありません。それが自信となり、飛躍につながることもあります。しかし、それにとらわれ、誰かの努力を笑ってはいけませんよね。人を尊重し、懸命に働くことこそが、揺るぎない信頼と充実した人生を築くものなのかもしれませんね。誰かの「生きがい」を支えられる存在でありたいものです。

 

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

 

いかがでしたか?

 

今回は、“自称・大黒柱”の夫に見切りをつけた女性たちが、自分の力で新しい人生を歩み始めるエピソードをご紹介しました。

 

家族を支える存在であるはずの大黒柱。けれど、その言葉を盾にして妻の働く意欲を否定したり、親の仕事や生きがいを見下したりするのは、支えているとは言えません。偉そうに振る舞っていても、実際には家事や生活、仕事の面で周囲に助けられていたと気づいたときには、もう信頼を失っていることもありますよね。

 

本当に大切なのは、立場を振りかざすことではなく、互いの努力を認め合うことです。相手に見下され続けたときは、自分の可能性まで否定せず、安心して前に進める場所を選ぶことも大切ですね。

ベビーカレンダー記事制作の取り組み
\ この記事にいいね!しよう /
シェアする

  • コメントがありません

この記事の著者
著者プロファイル

ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

読者からの体験談をお届けします。

同じ著者の連載

新着記事が配信されたら、メールやプッシュ通知でお知らせ!

気になる記事をまとめ読み

人気連載

新着連載

連載完結

もっと見る

注目記事を探す

人気記事ランキング

アクセスランキング
コメントランキング

お得な無料キャンペーン

エンタメの新着記事

PICKUP