転職後の生活を自慢する元同僚
私は地元企業の営業部で働いています。勤務先は規模こそ大きくありませんが、社内の雰囲気がよく、仕事にもやりがいを感じていました。休日には車で温泉などへ出かけることが、私の楽しみの一つです。
そんなある日、行きつけのカーディーラーを訪れ、商談スペースで待っていると、突然名前を呼ばれました。
声をかけてきたのは、3年前まで同じ会社で働いていたA男でした。
「久しぶり。こんなところで会うなんて驚いたわ」と言うと、A男は「本当だな。ところで、お前はまだ前の会社にいるのか?」と尋ねてきました。
私がうなずくと、A男は得意げな表情を浮かべました。
「俺は転職して給料がかなり上がったぞ。今日は新車を受け取りに来たんだ」
そう言ってA男が指さした先には、ピカピカの軽自動車が止まっていました。
「すてきな車ね。納車おめでとう」
私がそう伝えると、A男は満足そうに笑いました。
しかし、次に出てきたのは耳を疑うような言葉でした。
「安月給のお前には、新車を買うなんて無理だろ? 今日は誰かの付き添いで来たのか?」
「お前もあのとき俺と一緒に辞めればよかったのにな」
さらにA男は、以前の会社に残った私を「判断力がない」「人生で損をしている」と決めつけ始めました。
軽自動車は扱いやすく、生活に合っていればとても便利な車です。A男が気に入って購入したことは、もちろん喜ばしいことだと思います。ただ、新車を買ったことを理由に、ほかの人の収入や生活まで見下す態度には、どうしても違和感がありました。
会社に残ることを選んだ私
A男が退職したころ、たしかに私たちの会社は業績が悪化していました。
「この会社に将来性はない。お前も早く転職したほうがいい」
A男から何度も誘われ、私も会社に残るべきか悩みました。
そこで、別の業界で働く姉に相談したのです。
「転職すること自体が悪いわけではないけれど、周囲に流されて決めるのは違うんじゃない? 今の会社で挑戦したいことが残っているなら、もう少し考えてみたら?」
その言葉を聞き、私は自分がどうしたいのかを改めて考えました。
会社の状況には不安がありましたが、当時、営業部では新商品の販路を開拓するプロジェクトが進んでいました。私はその仕事に可能性を感じており、途中で投げ出したくないという気持ちもあったのです。
そのプロジェクトではA男が主担当を務めていましたが、退職後は私と同僚たちが引き継ぐことになりました。引き継いだ資料や計画を確認すると、調査が十分でない部分や、取引先の要望と合っていない点があり、大幅な見直しが必要な状態でした。大変な作業でしたが、チームで何度も話し合い、取引先の意見も聞きながら改善を重ねました。
やがてプロジェクトは新たな受注につながり、会社が業績を立て直すきっかけの1つになりました。私もその実績や、その後の仕事ぶりを評価されて昇進し、収入も少しずつ増えていきました。
すぐに結果が出たわけではありません。しかし、自分で残ると決めた会社で、仲間と仕事を続けてきたことに後悔はありませんでした。
私の車を見た元同僚は
カーディーラーでA男の自慢話を聞いていると、担当者が私のところへやって来ました。
「お待たせいたしました。納車の準備が整いました」
その声とともに、店の前へ赤いスポーツカーが運ばれてきました。A男が退職したころから少しずつ購入資金をため、昇進後に増えた収入や賞与も充てて、ようやく手に入れた憧れの車です。
「えっ……あれ、お前の車なのか?」
A男は目を見開きました。
「そうよ。今日が納車日なの」
「いくらしたんだよ?」と尋ねられ、おおよその価格を伝えると、A男は「そんなにするのか……」と言葉を失いました。先ほどまでの得意げな表情はすっかり消えています。
A男は「どうしてお前がそんな車を買えるんだ? 転職したのか?」と聞きました。私がA男の退職後、会社の業績が回復し、昇進したことを説明すると、A男はしばらく黙り込んでいました。
やがて、「でも、スポーツカーなんて実用性がないだろ。俺の車のほうが使いやすいはずだ」と言い始めました。
「そうね。軽自動車は小回りが利くし、生活に合っているならとても便利だと思う」
私が同意すると、A男は少し意外そうな顔をしました。
「車にはそれぞれ良さがあるでしょう。私はこの車が好きだから選んだし、あなたも自分が気に入った車を選んだんじゃないの?」
「それはそうだけど……」
「だったら、車の値段や勤めている会社で、どちらが勝ちかを決める必要はないと思うわ」
私がそう伝えると、A男は何も言い返せなくなりました。先ほどまで「転職した自分が勝ちだ」と繰り返していたA男は、気まずそうに視線をそらしました。そして「もう行く」とだけ言い、その場を離れていったのです。
人生の勝ち負けを決めるもの
その後、私は納車された車で姉と温泉旅行へ出かけました。
「ずっと欲しがっていた車を買えてよかったね」
助手席の姉からそう言われ、私は改めて、これまでのことを振り返りました。
会社に残った私と、転職したA男。どちらの選択が正しいかは、転職したかどうかだけで決まるものではありません。
A男も、転職先で収入が増え、自分に合った生活を送れているのであれば、それはすてきなことだと思います。しかし、それを理由に以前の職場やそこで働く人を見下せば、せっかくの成功も違って見えてしまいます。
今回の再会を通じて、収入や持ち物だけで自分と他人を比べるのではなく、自分が選んだ道に納得できているかどうかが大切なのだと感じました。
私はこれからも、支えてくれた仲間への感謝を忘れず、目の前の仕事へ誠実に向き合っていきたいと思います。
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転職して収入が増え、新車を購入したことは、A男にとって喜ばしい変化だったはずです。しかし、その成果を他人を見下す材料にすれば、周囲からの見え方も変わってしまいます。収入や持ち物だけで人の価値や人生の勝ち負けが決まるわけではありません。自分の選択に納得するとともに、異なる道を選んだ人への敬意も忘れずにいたいものです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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