ある日の夜勤終わり。疲れ切った状態で帰宅すると、なぜかキッチンにはエプロン姿の義母がいました。
「おかえりなさい。夜勤、大変だったでしょう。朝ごはんを作っておいたわよ」
ありがたいと思う一方、私は戸惑いました。というのも、義母が来ていたのはその日が初めてではなかったからです。
私のいない間に義母を呼ぶ夫
私が夜勤で家を空けると、夫はたびたび義母を呼んでいたのです。その日も夫はソファに座り、朝食を待っていました。
「母さん、コーヒーお願い。パンも焼いてくれる?」
35歳にもなる夫が、私のいない間に母親を呼び、身の回りのことをしてもらっている……。最初のうちは「仲がいいんだな」と思っていましたが、何度も続くうちに違和感を覚えるようになりました。
そこで私は、「お義母さん、いつもありがとうございます。でも私たちも大人ですし、家のことは夫婦で分担していきたいと思っています」と伝えたのです。
ところが、義母から返ってきたのは思いがけない言葉でした。
「あなたができないから、私がやってあげているんでしょう?」
「そんなに疲れるなら、仕事を減らしたらいいんじゃない? 家のことができなくなるほど働かなくてもいいのに」
さらに夫まで、「最近、仕事で余裕ないんじゃない? そんなにピリピリしなくてもいいだろ」と言ってきたのです。
私は仕事と家事を両立しようと必死だったのに、なぜ私だけが責められるのだろう……。このころから、結婚前には見えなかった夫の一面が少しずつ気になり始めました。
私に母親代わりを求める夫
決定的だったのは、それから数日後のことでした。仕事を終えて帰宅すると、風呂上がりの夫がタオルを肩にかけたまま私のところへやってきました。
そして当然のように、「髪、乾かしてくれない?」と言ったのです。
冗談だと思い、「も〜、ふざけないでよ! 私も今帰ってきたばかりなんだから」と返した私。すると夫は不満そうな顔をして、「それくらいやってくれてもいいじゃん。母さんはやってくれてたし」と続けました。
さらに、爪を切ってほしい、翌日の服を用意してほしいなど、次々と要求してきたのです。さすがに私も黙っていられませんでした。
「自分でできることは自分でやって。私はあなたのお母さんじゃないよ」
すると夫は、「結婚したら、そういうことも妻がしてくれるものだと思ってた」と言ったのです。
私は耳を疑いました。どうやら夫にとって結婚とは、妻と協力して家庭を築くことではなく、母親にしてもらっていたことを妻に引き継いでもらうことだったようです。
「結婚って、どちらか一方がもう一方のお世話をすることじゃないでしょう。お互いに支え合うものじゃないの?」
そう伝えると、夫はいらだった様子で、「そんなに嫌なら、もう離婚するか?」と言い出しました。
その言葉を聞いた瞬間、不思議なくらい冷静になった私。夫は、離婚を持ち出せば、私が折れるとでも思っていたのでしょう。しかし、私の頭に浮かんだのは「離婚されたらどうしよう」という不安ではありませんでした。
「この人とは、この先何十年も一緒に暮らせない」
そうはっきり思ったのです。
夫の肩を持つ義母
翌朝になっても、夫はまだ不機嫌でした。そして、「母さんにも話したから。お前が俺に冷たすぎるって」と言ってきたのです。
しばらくすると、わが家を訪ねてきた義母。夫が呼んだようでした。
義母は開口一番、「夫婦なんだから、もう少し夫のことをしてあげてもいいでしょう?」と私を諭すように言いました。
しかし、私ももう我慢するつもりはありません。
「私は家政婦でも、お母さんの代わりでもありません」
「仕事をしながら家事もしています。夫婦として家のことを分担したいと言っているだけです」
それでも義母は、「息子は昔から手のかかる子だったから」「あなたが少しやってあげれば済む話でしょう」と繰り返すばかり。
その言葉を聞いて、私はようやく腑に落ちました。夫が結婚後も自分の身の回りのことを誰かにやってもらうのが当然だと思っていた背景には、長年続いてきた義母との関係性があったのでしょう。
しかし、それに私まで付き合う義務はありません。
義母と話していてもらちが明かないと思った私は夫に向き直り、「昨日、離婚でもいいって言ったよね。私も真剣に考えたい」と伝えました。
すると、それまで強気だった夫は大あわて。
「ちょっと待って! 本気にすると思わなかった」
夫に何を言われても、私の気持ちは変わりませんでした。これ以上この家にいても冷静に話し合えないと思った私は、呆然とする夫と不満そうな義母を尻目に、必要な荷物をまとめ、実家へ戻ったのです。
夫と離れてわかった自分の本当の気持ち
実家へ戻ってから、私は夫とメッセージで今後について話し合いました。
最初のうち、「そこまで怒ることなのか」「もう少し俺のことをやってくれたらいいだけなのに」と言っていた夫。
しかし私は、髪を乾かす、爪を切るといった一つひとつの行為をお願いされることだけが問題なのではないと伝えました。私が耐えられなかったのは、夫が自分の身の回りのことを妻にしてもらって当然だと思い、断れば私を責めるという関係そのものだったのです。
何度か話し合ううちに、私が問題にしているのは一つひとつの家事ではなく、夫婦のあり方そのものだと伝わったのか、夫も少しずつ自分の考え方を振り返るようになっていきました。
「母親がずっとやってくれていたから、それが普通だと思ってた」
「結婚したら妻がやってくれるものだと思い込んでた」
夫からの謝罪を受けても、私は夫婦としてやり直す決心はできませんでした。一度離れて暮らしたことで、それまで自分がどれほど夫に気を遣い、無理をしていたのかに気づいてしまったからです。
話し合いを重ねた結果、私たちは離婚することに。夫にも離婚届に署名してもらい、必要な手続きを済ませたとき、寂しさがまったくなかったわけではありません。それでも、それ以上に肩の荷が下りたような気持ちになったことを覚えています。
結婚生活を経験したことで、夫婦だからといって、どちらか一方が相手の身の回りの世話をすべて引き受ける必要はないのだと改めて感じました。
今は仕事を続けながら、自分の時間も大切にして穏やかに暮らしています。あのとき「妻なんだから我慢しなければ」と思い込まず、自分が望む夫婦関係についてきちんと考えたことは、間違っていなかったと思っています。
◇ ◇ ◇
結婚生活では、育ってきた家庭環境の違いから「夫婦ならこれくらいしてくれて当然」といったような価値観が食い違うこともあります。
しかし、一方だけが我慢して相手に合わせ続けていては、対等な関係を築くのは難しいもの。違和感を覚えたときには、相手の考えを聞くだけでなく、自分がどのような関係を望んでいるのかを伝えることも大切なのかもしれません。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。