昔の印象のままだった元恋人
この日は海外出張のため、私はファーストクラスを利用する予定でした。搭乗前、ファーストクラス利用者向けのラウンジへ向かっていると、学生時代に付き合っていたB美に声をかけられました。現在は客室乗務員として働いているそうです。
学生時代の私は経済的に余裕がなく、B美も当時のことを知っています。私がラウンジへ向かっているのを見ると、「そっちはファーストクラスのラウンジだけど、場所を間違えてない?」と、どこか見下すような口調で言いました。
「いや、今日は海外出張でファーストクラスを使うんだ」と答えると、B美は驚いた様子です。
「今、何の仕事をしてるの?」と聞いてきたB美に、私は航空機向けの電源ユニットなどを開発する会社を経営していると伝えました。するとB美は「へえ、会社をやってるんだ」と答えたものの、あまりピンときていない様子でした。
そこへ、出張に同行する秘書のA子さんがやって来ました。
「社長、取引先からお電話です」
その言葉を聞き、B美はさらに驚いた表情を浮かべました。私はそれ以上説明せず、取引先からの電話に出ました。
機内で起きた小さなトラブル
搭乗すると、機内でB美と再び顔を合わせました。偶然にも、B美はこの便の乗務員だったのです。
離陸後しばらくすると、B美が私の席へやって来ました。
「エコノミークラスのお客さまから、座席のコンセントにつないでもノートパソコンが充電できないってクレームがあったの。でも、スマートフォンは問題なく充電できたみたい。こういうことってある?」
私は状況を聞き、「座席の電源には使える電力に上限があるから、機器によっては電源が供給されないこともあるよ」と伝えました。B美は乗客への案内を終えた後、先ほど私が電源関係の仕事をしていると話したことを思い出し、気になって尋ねに来たようでした。
もちろん、実際に故障しているかどうかは整備担当者が確認しなければわかりません。ただ、座席の設備そのものに問題があるとは限らないことを伝えると、B美は納得した様子でした。その後、大きなトラブルになることはなかったそうです。
降機する際、B美が私のところへやって来ました。
「学生のころとはずいぶん変わったんだね。こんな専門的な仕事をしているなんて知らなかった」
私は、「あれから、ずいぶん時間もたったからね」とだけ答えました。
大手メーカーとの製品選定
後日、ある航空会社が機内設備の更新を検討することになり、A技研も座席用電源システムを提案することになりました。選定には、実績も知名度もある大手メーカーが参加していました。会社の規模やこれまでの納入実績を考えれば、「今回は厳しいかもしれない」と思いました。
それでも私は、これまで積み重ねてきた技術を伝えることにしました。私たちが重視してきたのは、普段問題なく使えることだけではありません。さまざまな機器が接続されることを想定し、異常が起きた場合にも影響を抑えられるようにすること。そして、整備や点検をしやすくすることです。
「航空機で使う製品だからこそ、正常に動いているときだけではなく、異常が起きたときのことまで考えて作る必要があると思っています」
私はそう説明しました。
しばらくして、選定結果の連絡が届きました。A技研の座席用電源システムを採用する方針が決まったとのことでした。担当者からは、製品の性能だけでなく、安全性や保守のしやすさ、導入後の対応などを含めて評価した結果だと説明されました。
会社の規模では、大手メーカーにはかないません。それでも、私たちが長い時間をかけて考え続けてきた部分を評価してもらえたことが、何よりうれしかったです。
まとめ
今回の出来事を通して、過去の印象や会社の規模だけでは、人や仕事の価値はわからないものだと改めて感じました。
目立たない改良の積み重ねでも、必要だと考えて続けてきたことが、今回のように評価につながることもあります。それは、技術者として素直にうれしい出来事でした。
これからも目先の結果だけにとらわれず、安全な空の旅を支えられる製品づくりに向き合っていきたいです。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
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