義母の嫌みと夫の無関心
義母は、私のすることが何かと気に入らないようでした。料理を作れば、「いつになったら、うちの味を覚えるの?」と言われ、少しでも家事のやり方が気に入らなければ、「本当に使えないわね」と言われます。
さらに、私が外へ働きに出ていないことについても、「家事もまともにできないなら働けばいいのに。どうせ就職先も見つからないんでしょ」と言われることがありました。
しかし実際には、義母から突然買い物や用事を頼まれたり、頻繁に自宅へ招く友人たちのために料理の準備を頼まれたりと、落ち着いて外へ働きに出られる状況ではありませんでした。
夫も私を助けてくれませんでした。それどころか、夫には別の女性との関係があり、私が問いただしても「もう好きにさせてくれよ」と開き直るばかり。次第に家へ帰ることも少なくなっていったのです。
そのころには、夫から渡される生活費も徐々に減っていました。それでも私は、何とか自分で食費や光熱費を工面しながら生活を続けていました。夫や義母は、私がどうやって生活費を用意しているのか気にも留めていなかったようです。
私は、義母にも夫にも何も言わずに耐えていました。というのも、ただ我慢していたわけではなかったからです。
「出ていきます」ついに家を出る決意
ある日、同じ施設で育った親友の誕生日を祝うため、私は出かける予定にしていました。この日だけは予定があると以前から義母にも伝えていました。ところが出かけようとすると、突然「今日、夕食に友だちを呼ぶことにしたから。料理を作っておいて」と呼び止められたのです。
私が「今日は前から予定があると伝えていましたよね?」と断ると、義母は不機嫌になりました。そして強い口調で、「あんたみたいに仕事もしていない人が、私の言うことを聞けないなら出ていけばいいじゃない」と言い放ったのです。
義母の言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが吹っ切れました。
「わかりました。出ていきます。夫とも離婚について話します」
私はそう告げると、家にいなかった夫にも「今日、家を出ます。離婚についても改めて話したいです」とメッセージを送り、その日のうちに家を出ました。
実はこの少し前から、私はひそかに家を出る準備を進めていました。新しい住まいもすでに確保し、義母や夫に気付かれないよう、必要な荷物も少しずつ移していたのです。
家を出た後、待ち合わせをしていた親友に事情を伝えると、「うちに来てもいいんだからね」と心配してくれました。
そこで私は、これまで誰にも詳しく話してこなかったことを打ち明けました。
「大丈夫。実はもう、自分で生活していける準備はできているんだ」
親友は驚いていました。
義母には隠していた私の仕事
義母は私のことをずっと「仕事もしていない」と思っていましたが、実際は違いました。
夫から渡される生活費が減り始めたころから、私はひっそりと自宅でできる仕事を始めていました。義母が外出している時間や、自分の用事を終えた後の夜の時間を使って少しずつ仕事を進めていたため、義母には、私が仕事をしているとは気付かれていなかったようです。
最初は小さな仕事から始め、空いた時間に勉強を続けました。その後、数年かけて資格を取得。資格の知識を生かせる仕事にも携わるようになり、そこからは少しずつ収入が安定していきました。
義母から何を言われても耐えていたのは、言い返してその場で争うより、自分ひとりでも生活できる状態を整えてから家を出ようと考えていたからです。
私が家を出てしばらくすると、義母から何度も連絡が届くようになりました。義母は、私が出していた食費や光熱費も、当然夫のお金から支払われていると思っていたようです。ところが私がいなくなり、それまで私自身が生活費を負担していたことに初めて気付いた様子。今後の生活費や家事をどうするのかと、慌てたように連絡してきたのです。
義母は、私に生活費を負担できるほどの収入があったことに驚いている様子でした。そこで私は、これまで義母に隠れて在宅で仕事を続け、資格も取得していたことを初めて明かしたのです。
「これからは自分の生活を大切にします」
そう伝え、それ以上義母とのやりとりを続けることはありませんでした。
その後、夫にも離婚の意思を伝えました。女性関係や生活費のことも含めて話し合いを重ね、最終的に離婚が成立しました。
自分が安心して暮らせる環境を大切に
幼いころから頼れる親族がいなかった私は、「結婚してようやくできた家族を、自分から手放してはいけない」と思い込んでいました。そのため、義母から嫌みを言われても、夫が家に帰らなくなっても、「私が我慢すれば家族でいられる」と考え、家を出る準備を進めながらも、最後の一歩を踏み出せずにいたのです。
しかし今回の出来事を通して、家族という形を守るために、自分だけが我慢し続ける必要はないのだと気付きました。すぐに環境を変える勇気は持てませんでしたが、少しずつ自分で生活できる力をつけてきたことが、最後には家を出る決断を後押ししてくれました。
これからは誰かに認めてもらうことよりも、自分が安心して暮らせる環境を大切にしていきたいと思っています。
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家族との関係を壊したくないという思いから、義母の嫌みや夫の無関心に耐え続けていた主人公。しかし、ただ我慢するのではなく、見えないところで仕事や勉強を続け、自分の力で生活できる環境を整えていました。すぐには変えられない状況でも、少しずつ自分の未来のために準備を重ねることが、大きな決断を後押しする力になるのかもしれません。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています
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