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バツイチ妹「臨月で暇でしょ?タダで預かって♡」私に子どもを預け旅行デート→母「その男…」妹が顔面蒼白!実は

「お姉ちゃんなんだから」と言われ、妹のわがままや後始末まで背負わされそうになったら、苦しくなってしまいますよね。家族だからといって、誰かひとりが我慢し続ける必要はありません。

今回は、身勝手な妹の尻拭いを押し付けられそうになった姉たちが、きっぱり線を引くエピソードをご紹介します。

臨月の姉に子ども3人を預けて不倫旅行へ出かけた妹や、離婚後の住まいまで姉に用意させようとした妹。甘えや非常識な行動を受け入れてもらえると思っていた妹たちは、やがて厳しい現実を突きつけられることになり……。

「無料で預かってよ」出戻り妹が臨月の私に3児を託しデート旅行!?母が暴いた妹の彼氏の正体に驚愕!

まとめ

私には数年前に離婚して実家に戻ってきた妹がいます。地元の役員を何度も務めるほど社交的でエネルギッシュな母は、地域でもちょっとした有名人なのですが、その娘である妹は昔から自由奔放で非常識。周囲からは「あんなに立派なお母さんなのに、どうして……」と陰口を言われることも少なくありませんでした。私と母は、妹が何か問題を起こすたびに、いつもその後始末に追われてきました。

 

そんな妹は高校卒業後すぐに結婚し、3人の子どもの母親になりました。しかし、末っ子が3歳になったころに突然の離婚。子どもを連れて実家に戻った妹を、母は決して甘やかすことなく、自立させるために厳しく指導していました。

 

母の入院と妹の身勝手な行動

ある日のこと、突然母が倒れて入院することになりました。当時、私は臨月を迎えた妊婦でした。実家のすぐ近くに住んではいたものの、おなかも大きく、思うように身動きが取れない状況。父は仕事が忙しく、母のお見舞いに行ったり、着替えを届けたりすることで手いっぱいの様子でした。

 

そこで私は、実家に住む妹に母の付き添いや身の回りの世話を頼もうと連絡しました。ところが、返ってきたのは「仕事が忙しい」「自分のことで精いっぱい」という冷たい拒絶。結局、妹は一度も母のお見舞いに行かず、協力も一切してくれませんでした。

 

妹が動かない分、父と私の夫が必死に時間をやりくりしてくれ、無事に母の手術は成功。あとは退院を待つばかりという状態まで回復しました。妹も少しは心配しているだろうと思い、経過を報告するために電話をかけると、返ってきたのは信じられない言葉でした。

 

「あの鬼みたいな母親でも、病気になるんだね〜!」

 

私は怒りで爆発しそうになりましたが、ぐっとこらえました。しかし、妹の暴走はこれだけでは終わらなかったのです。

 

 

臨月の私に子ども3人を押し付けて…

翌日、私が母の着替えや日用品を取りに実家へ立ち寄ると、リビングでくつろいでいた妹から耳を疑うような提案をされました。

 

「お母さんが入院中なら、うるさく言われないし最高! 彼氏とデートに行ってくるから、子どもたち預かってよ。お父さんは仕事であんまり家にいないからさ〜」

 

続けて妹は、ヘラヘラ笑いながらこう言いました。

 

「お姉ちゃんなら無料で預かってくれるから節約になるし♪ どうせ臨月で暇でしょ?」

 

臨月の妊婦に、手のかかる年齢の子どもを3人も預けようとするなんて。相変わらずの非常識さに、開いた口が塞がりませんでした。私がその場できっぱりと断ったにもかかわらず、妹は私の言葉を完全に無視。数時間後、勝手に子どもたちを私の家まで連れてきて無理やり押し込むと、私が文句を言う暇もなく車で走り去ってしまいました。

 

結局、妹が迎えに来たのは夜遅くになってから。あまりの勝手さに怒る私を見て、妹は反省するどころか「お姉ちゃん、お母さんに似てきたね」と鼻で笑う始末。その態度がどうしても許せず、私は「もう二度と家に来るな!」と言い放ち、妹と子どもたちを帰しました。

 

 

彼氏と泊まりがけの旅行!?

しかし、懲りない妹は翌週も子どもを預けにやってきました。あれだけ言ったのに、何も伝わらなかったようです。「お父さんにバレたら怒られるから、お姉ちゃんしか頼めないんだよね〜」と、父のいない隙を突く用意周到さ。またしても強引に子どもを預け、そのまま彼氏と泊まりがけの旅行に行ってしまいました。

 

ところが、その様子を奥の部屋で静かに聞いていた人物がいました。実はそのとき、予定より早く退院した母が、退院後の静養を兼ねて、わが家に身を寄せていたのです。

 

一度もお見舞いに来ず、家族のLINEも未読のままにしていた妹は、母がすでに退院していることを知りませんでした。妹が玄関先で子どもを放り出し、彼氏の車に乗り込む様子を、母はカーテンの隙間から険しい表情で見つめていました。

 

母は「帰ってきたら私に知らせて……」と、静かに、しかし深く怒りをためていました。

 

 

妹の彼氏の正体に驚愕!

数日後、旅行を終えた妹と彼氏が、子どもを迎えにやってきました。そこで出迎えた母の姿を見て、妹は幽霊でも見たかのように固まっていました。

 

母は妹の隣にいる彼氏の顔をじっと見つめると、冷ややかな声でこう言ったのです。 「その男……あんた、既婚者だね?」

 

二人の顔が、明らかに青ざめていきました。

 

「奥さんはY田さんの娘さんだよね。私、Y田さんとは同じフラダンス教室に通っているのよ。世間は狭いっていうのは、本当だね」

 

母の顔の広さが、一瞬で妹の不倫を暴いたのです。

 

私は、母の鋭さに心の中で拍手しました。不倫がばれた彼氏は急に怖くなったのか、妹を置いてそそくさと逃げ帰っていきました。不倫を見破られ、母ににらまれた妹は、その場に立ち尽くすしかありません。あとから聞いた話では、妹は母から厳しく叱られたそうです。

 

◇ ◇ ◇

 

私はというと、その直後に陣痛がきて病院に向かったので、その後の成り行きを最後まで見届けることはできませんでした。しかし、その後、おとなしくなった妹の様子を見ると、さすがに今回は懲りたのでしょう。妹もいい大人。これからは自分の身勝手な行動を反省し、親としての責任をしっかり果たしてほしいものです。

 

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

 

1つ目のエピソードでは、臨月の姉に子ども3人を押し付け、妹が彼氏と旅行へ出かけます。しかしその様子を母に見られ、彼氏が既婚者であることまで見抜かれるのでした。

 

続く2つ目のエピソードでは、離婚した妹の住まいまで「お姉ちゃんなんだから」と押し付けられそうになった女性が登場します。新居での同居を受け入れたものの、甘やかされてきた妹を待っていたのは、想像以上に厳しい暮らしで……。

 

 

不倫して出戻った妹→母「家に住ませてあげて!」私「いいよ!」2週間後、家に妹はいなかった

まとめ

母から「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われて育った私。実家では私の気持ちよりも、いつも妹が優先されていました。

 

そんな私も結婚し、義両親の土地に二世帯住宅を建てることになりました。ローンは私たち夫婦名義で、将来的には義両親の介護も視野に入れた新しい暮らしに向けて、準備を着々と進めていたのです。

 

ところが、引っ越しを目前に控えたある日、母から1本の電話が入って——。

 

母の電話の用件は、妹が離婚するという報告でした。妹びいきの母の声は沈んでいるように聞こえます。


「だからね、新しい家にあの子と子どもたちも一緒に住めるようにしてあげて」と母は続けます。


新しい家とは、私たちが建てた二世帯住宅のことでしょう。母は、離婚で傷ついている妹に少しでもいい環境を整えてあげたいとのこと。いつものように「お姉ちゃんなんだから」と言って私を従わせようとします。

 

実母の主張

今までも数々の無理難題をふっかけられてきましたが、これはこれまでで一番かもしれません。新しい家は私たちの将来設計に合わせた間取りにしているので、余っている部屋などないのです。

 

「そんなの無理だ」と告げると、母は「本当に冷たいわね」とため息まじりに返してきます。


そして母は「だって家の資金は、うちも出したじゃない。土地は向こうかもしれないけど、うちだって半分出資したようなもの。だから妹にも住む権利はあるでしょ」と主張するのです。


「出資」とは、新築祝いとしてもらった10万円のこと。それを出資というのは違うのではないかと返すと、母は金額の問題ではなく気持ちだと考えているようでした。

 

妹の離婚理由

このまま母と話していてもらちがあかないと感じ、私は直接、妹に連絡をしました。すると妹も、私たちが建てた家に住みたいと、ためらいもなく言います。遠慮は一切なく、さらには「いずれ義両親がいなくなったら、二世帯住宅の片方を使えばいいよね」と、無神経なことを言うのです。

 

そもそもなぜ離婚することになったのか? と尋ねると、妹の浮気が原因とのこと。さらに、子どもとの血縁を疑った元夫がDNA鑑定をしたところ、血縁関係がないことが判明したとのこと。その後、元夫との間で話し合いを重ね、養育費は受け取らずに離婚したのだと、妹はどこか他人事のように語ったのです。

 

あまりの話に言葉を失いました。「それは私たちが背負う問題じゃないと思う。自分で向き合うしかないよ」と伝えると、妹は不機嫌になり話を打ち切ろうとしました。その態度からは、反省や責任を引き受けようとする姿勢は見えません。

 

妹をこのままにしておくと、これから先もずっと迷惑をかけられ続けるでしょう。どうにかしなくては……と考え、私は夫と義両親に事情を話して相談しました。すると、義両親も「短期間なら」と妹たちとの同居を了承してくれたのです。

 

妹との同居を受け入れた結果

後日、母からあらためて「鍵はいつ渡せるの? 」と催促の連絡が来ました。妹も一緒にいるのでしょう、電話の向こうから妹の声も聞こえてきます。

 

「住むところがなくて困ってる妹にやさしくしてよ〜! 」「お姉ちゃんなんだから、いいでしょ?」と甘えた声を出す妹。間髪入れずに母が「ほら! お姉ちゃんなんだから!」と口を挟みます。

「……仕方ないね。そこまで言うなら来てもいいよ!」と私。妹は「やったー」と、とても喜んでいました。

 

しかし、妹との同居は長くは続きませんでした。新居での生活が始まってから2週間ほどで、妹は音を上げ、家を出ていったのです。これは、ある程度予想していた展開でした。

 

義両親はとても厳しい人たちで、甘やかされて育った妹だけでなく、その子どもたちにもきちんと指導していました。挨拶や他人への配慮、生活態度……。義両親の言うことはどれももっともで、私も妹のそうした振る舞いは幼少期から目に余ると感じていました。

 

結局、妹たちは義両親との生活にギブアップ! 決して広くない実家に子どもを連れて帰ってきました。

 

 

次に限界を迎えたのは…

しかし数日で、今度は母が限界を迎えたようです。

 

妹は家事も育児もほとんど母任せ。部屋は散らかり放題、子どもが泣いていてもスマホを優先し、叱れば逆ギレ。毎日のように言い争いが絶えず、疲れ切った母は私の家に引っ越してきたいと言い始めました。

 

しかし、ここで受け入れるわけにはいきません。迷いはありましたが、自分の家庭を守るために、私は母の申し出をきっぱり断りました。母は何度も謝ってきましたが、私の決意が揺らぐことはありませんでした。


それ以来、母や妹とは連絡を取っていません。時々、それぞれから愚痴が書かれた長いメッセージが届くので、きっとうまくいっていないのだと思います。


大切にしてきた娘と同じ屋根の下で過ごしているはずなのに、家の中は荒れ、心にも余裕がなくなっていく――その結果を思うと、少し切ない気持ちにもなります。

 

私はもう、母や妹の人生を背負うことはしません。誰かの選択の後始末を引き受けるより、自分が築いた家庭を守ることを選んだのです。

 

◇ ◇ ◇

 

「お姉ちゃんなんだから」「家族なんだから」と我慢を求められ続けると、自分の気持ちや生活を後回しにしてしまいがちです。誰かひとりが抱え込むのではなく、無理のない距離や形を考えながら、それぞれにとって納得できる家族のあり方を見つけられるといいですね。

 

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

 

いかがでしたか?

 

今回は、身勝手な妹の尻拭いを押し付けられそうになった姉たちが、きっぱり線を引くエピソードをご紹介しました。

 

「お姉ちゃんなんだから」と言われても、妹の子どもを一方的に預かったり、離婚後の生活まで背負ったりする必要はありません。本人が向き合うべき問題を、家族だからと誰かに押し付ければ、関係が壊れてしまうのも当然ですよね。

 

家族を助けたい気持ちは大切ですが、自分の生活や大切な家族を犠牲にしてまで抱え込む必要はありません。無理な頼みごとにはきちんと線を引き、自分の暮らしを守ることも大切ですね。

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ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

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