ある日、夫が1冊の育児本を持って帰ってきました。
「これ、最近話題なんだって」
表紙には「叱らない育児」という言葉が大きく書かれていました。ところが、夫はその言葉を自分なりに解釈したのか、得意げにこう言ったのです。
「子どもって、叱らないほうがいいんだってさ!」
「うるさいママは嫌われるぞ」と笑う夫
私はその言葉に違和感を覚えました。
私が「叱らない育児」について理解していたのは、子どもが何をしても注意せずに放っておくということではありません。感情的に怒鳴ったり威圧したりするのではなく、子どもの気持ちを受け止めながら、必要なことはきちんと伝えていくものだと思っていました。
しかし、夫は「叱らない=何をしても許す」と受け取ってしまったようでした。
それからというもの、私が息子を注意するたびに夫が口を挟むようになったのです。
宿題を後回しにしてゲームを続けていても、脱いだ服を放置していても、お菓子のゴミをテーブルに置きっぱなしにしていても、夫は何も言いません。
私が「宿題を終わらせてからゲームにしようね」「自分で出したものは片づけよう」と声をかけると、夫は息子の前で笑いながら言いました。
「そんなに口うるさく言わなくてもいいじゃないか」
「うるさいママは嫌われるぞ」
その言葉を聞いた息子は、「父親は全面的に自分の味方をしてくれる」と思ったのでしょう。次第に私の注意を軽く受け流すようになり、反抗的な言葉も増えていきました。
そしてある日、いつものように片づけを促した私に、息子が強い口調でこう言ったのです。
「ママ、うるさい! いらないから、どっか行って!」
その瞬間、張り詰めていた気持ちが切れてしまいました。
息子の言葉だけが原因ではありません。私がしつけのために注意するたび、夫が息子の前で私を悪者にする――その状況に、もう耐えられなくなっていたのです。
その夜、私は夫に話をしました。
「しばらく実家に帰るね。あなたも私も、一度離れて考えたほうがいいと思う」
夫は最初、私が本当に家を出るとは思っていなかったよう。「そこまですることか?」と言われましたが、私にとっては十分な理由でした。
夫が仕事に行っている時間帯は息子に学童に行ってもらい、帰宅後は夫が息子を見られることを確認したうえで、私は数日分の荷物を持って実家へ向かいました。
数日で音を上げた夫と息子
実家へ戻ってから、久しぶりにひとりでじっくりと考える時間ができた私。息子を置いてきたことへの心配はありましたが、夫には何かあればすぐ連絡するよう伝えていました。
そして私が実家に戻って数日後、夫から電話がかかってきたのです。電話に出るなり、夫は疲れ切った声で言いました。
「ごめん。俺が間違ってた」
話を聞くと、息子は私がいなくなったあとも、しばらく好き放題に過ごしていたそうです。
ゲームをやめるよう言っても聞かず、宿題も後回し。翌日の学校の準備もなかなか進まない。そのうえ、夫は仕事をしながら食事の支度や洗濯、片づけまでこなさなければならなくなりました。
数日間、ひとりで家事と息子の生活管理をする中で、夫もこれまで私が感じていた大変さを実感したようでした。
「何も言わないのがやさしさだと思ってた。でも、それじゃダメだった」
「注意しなきゃいけないことまで君に全部任せてたんだな」
すると、電話の向こうから息子の声も聞こえてきました。
「ママ、ごめんなさい。帰ってきて……」
今にも泣きだしそうな声に、胸が詰まりました。しかし、すぐに戻っては意味がないと思った私は、夫と今後の子育てについてきちんと話し合ってから帰ることに。
そこから数日間かけて話し合った私たち。夫には、息子の前で私の注意を否定しないこと、そして、夫婦で「何を注意するのか」「どう伝えるのか」をできるだけそろえることを約束してもらいました。
家に戻った私を待っていたもの
それから数日後、自宅へ戻った私。玄関を開けると、家の中は思っていたよりきれいに片づいていました。リビングのテーブルには、夫と息子が作ったらしいカレーとサラダが並び、その横には小さなメモが置かれていました。
「ママへ いつもありがとう。ごめんなさい」
短い言葉でしたが、それを見た瞬間、ようやく緊張していた気持ちが少しほどけました。
「ただいま!」と声をかけると、「ママ、おかえり!」と駆け寄ってきた息子。夫も気まずそうな顔をしながら出てきて、私に頭を下げました。
「本当に悪かった。自分でやってみて、初めてわかった。何でも許すのが『叱らない育児』じゃなかったんだな」
「私だって、叱りたいわけじゃないよ。でも、ダメなことをダメだと教えるのも親の役目だと思ってる」と言うと、夫は黙ってうなずきました。
息子も、「ママがいない間、寂しかった。これからは片づけるし、ちゃんと言うこと聞く」と言ってくれました。
もちろん、その日を境に息子が何でも素直に言うことを聞くようになったわけではありません。相変わらずゲームに夢中になって宿題を後回しにすることもあれば、片づけを面倒くさがることもありました。
一方で、大きく変わったのは夫でした。私が息子を注意したとき、横から茶化したり否定したりすることはなくなりました。必要なときには夫自身も息子と向き合い、「なぜダメなのか」を話すようになったのです。
私自身も、ただ注意を繰り返すのではなく、息子の気持ちを聞いてから伝えることを以前より意識するようになりました。
あのとき家を出たことが最善だったのかは、今でもわかりません。それでも、夫婦のどちらか一方だけが「嫌われ役」を引き受ける子育てでは、いつか無理が生じていたと思います。
今回のことを通して、私は、感情のままに怒ることと、必要なことを子どもに伝えることは違うのだと改めて感じました。「叱らない」ことも、何も言わずに好きにさせることではないのだと思います。
あの出来事をきっかけに、私たち夫婦はようやく同じ方向を向いて息子と向き合えるようになったと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。