「オバサンが子育てとか、ウケる!」見下す若ママ→真実を知ったとたん、顔面蒼白に!?

40代の専業主婦の私は、夫と3歳の娘と3人暮らしをしています。毎日のように公園で娘と遊ぶのが日課で、私にとって大切な時間です。しかし、あるときから公園に少し苦手な人が現れるようになりました。
その人は、最近公園で3歳くらいの女の子と一緒にいるママ・A子。彼女は派手な服を身にまとい、いつも自慢話をしています。
年齢マウントしてくる苦手なママ友
A子は、よく年齢について話してくる若さマウントママ。A子は「40代で3歳の子育てって、老体に鞭打って大変ねぇ」「オバサンが子育て頑張ってる(笑)」などと平気で言ってきます。
しかし、私はそんなことに動じず、娘との時間を楽しんでいました。
実は、年の離れた上の子がいます
A子は、私が反応しないことに不満を持っていたようで……。
ある日、私の不在中、ママ友たちに向かって「40代で初めての子育てなんて大変そうね」と笑いながら言ったそうです。しかし、実は私にはもう1人、成人した子どもがいて、大学進学のため1人暮らしをしています。
これを聞いたママ友たちは、「は? それ、本気で言ってる? 年の離れたお兄さんがいること、知らないの? あなたよりも全然早く1人目を産んでいるわよ。娘さんは待望の2人目なのよ」と伝えました。
ママ友たちから説教されて
ママ友たちは、事実を知って青ざめるA子に、
「40代で子育てをしている人なんて珍しくないでしょう。年齢だけで人を笑うなんて失礼よ」
「私たちが公園で集まっているのは、年齢や経歴を競うためじゃないの。子どもたちと遊び、親も互いに支え合い、育児の喜びを共有するためよ」
「子どもたちの前で、お手本を示すのが私たちの役目。子どもたちは、大人の態度や言葉遣いをよく見ているのよ」
などと話してくれたそう。
A子は、自分の勘違いとこれまでの言動を恥じ、またママ友たちから話を聞いて、自分の考えがいかに狭かったかを理解したようです。
ママ友の変化と謝罪
A子は自分の言動を深く反省し、次に公園で会ったときに、直接謝罪してくれました。「あなたに失礼なことを言ってしまって本当にごめんなさい。これからは、もっと思いやりのある言葉を選ぶようにします」と。
その後、私たちの間の空気は一変し、A子も人を嘲笑することがなくなり、配慮ある言葉を選ぶようになりました。A子が潔く自分の非を認め、謝罪してくれる素直な方でよかったです。私たちは、再び穏やかな日常を取り戻しました。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
年齢だけでマウントをとっていた若いママが、実は相手がすでに1人の子どもを成人まで育て上げた「大先輩」だったと知り、周囲から諭されて猛反省するという結末でした。彼女が素直に非を認めて謝罪したことで、平和な日常が戻って本当によかったですね。
しかし、世の中には真実を知ってもなお、見苦しい態度をとる人も……。続いてご紹介するのは、中卒の妻を「俺に捨てられたら終わりだぞ」とバカにし続けたモラハラ夫のお話です。
離婚を突きつけられた夫が、妻の母親に泣きついたことで発覚した「妻の本当の姿」とは……?
「中卒女は捨てられたら終わりだぞ」見下す夫→本当の姿を知って絶句!すり寄ってきた結果

交際中は思いやりがあり、とてもやさしい人だった夫。しかし、結婚して私が専業主婦になり、半年が経ったころから、その態度は少しずつ変わっていきました。
私は家庭をしっかり支えようと毎日家事に励んでいましたが、ふとした瞬間に冷たい言葉を投げかけられることが増えたのです。私の思い描いていた穏やかで対等な夫婦関係とは程遠く、息苦しさを感じる日々が続くようになりました。
夫の変化の始まりは、私が作ったお弁当への文句でした。「おかずが古臭い」「人前で食べるのが恥ずかしい」と不満を口にされ、私が悲しむと、夫は「養われている側として、もっと俺を立てろ!」と言い放ちました。
さらに夫は、私がやむを得ない家庭の事情で高校に進学できなかったことを引き合いに出し、学歴を見下すような発言を繰り返すようになりました。妻として謙虚でいなければ見捨てるとまで言われ、私は深く傷ついていたのです。
夫は偉い、妻は従え
その後も夫の態度はひどくなるばかり。実家が営む店が閉店するため、私が手伝いに出た日のことでした。
夫は自分が帰宅したときに私が家にいなかったことに対し、「専業主婦のくせに、俺より帰りが遅いなんてどういうつもりだ!」と激しく罵りました。
私の事情や予定などお構いなしで、「俺の生活がうまく回るように、お前は言われたことだけやっていればいいんだ」と冷たく言い放つ夫の姿に、私はまるで奴隷のように扱われていると絶望感を覚えたのです。
話し合おうとしてもまったく聞く耳を持たず、主張を曲げることはありませんでした。
理不尽な主張
数週間後、夫がリクエストした夕食を準備して待っていた私に、夫は「外で食べてくるからいらない」と一方的な連絡をしてきました。こちらの労力など一切気に留めない態度に、これまでに蓄積していた不満と違和感が限界を超えたのです。
私は冷静に自分の気持ちと向き合い、もうこれ以上この生活を続ける意味はないと確信しました。帰宅した夫に対し、私は夫婦として対等な関係を築けていないこと、そして離婚を決意したことをはっきりと伝えました。
しかし、夫はひどく見下した口調で、「中卒のお前が1人で生きていけるわけないだろ」「黙って俺に尽くしとけ」とバカにするように笑ってきたのです。私が夫の経済力に依存しており、見捨てられたら生きていけない弱い存在だと信じ込んでいるようでした。
そんな優越感に満ちた態度を見たとき、私の中にあったわずかな情も完全に冷めきってしまったのです。
「1人のほうがずっとラクに生きていけるわ」
夫に伝えていなかったこと
実は私はすでに、ただ耐えるだけの生活を終わらせるため、弁護士と面談する約束を取り付けていました。毅然とした態度で「これ以上の話し合いは、すべて専門家を交えて行います」と告げると、ついに夫は危機感を覚えたようでした。
いつもなら黙って従う私が、冷静に実務的な手続きを進めている――その事実に焦りを感じた夫は、私の後ろ盾をなくそうと画策し、翌日、私の母に連絡を取りました。母親から私に圧力をかけさせ、離婚をやめさせようという身勝手な計算があったのだと思います。
しかし、その連絡によって事態は夫の予想だにしない方向へ転がりました。母から返ってきたのは、夫の「中卒の世間知らず」という思い込みを根底から覆す言葉だったのです。
私は若いころから実家を手伝う傍ら、独学で投資を学び、資産形成に取り組んできたため、結婚前からある程度の貯蓄がありました。夫の扶養などなくても、私1人で何不自由なく生きていけるだけの確かな経済力を持っていたのです。母はその事実を夫に明かしました。
その厳然たる事実を知った夫は、自分がどれほど的外れな優越感に浸っていたかを思い知らされ、激しく動揺したようでした。
離婚で見えた夫の本性
夫は手のひらを返し、私がいかに大切な存在かを語り始めました。しかし、いくら甘い言葉を並べられても、私を人として尊重せず、見下し続けた日々が消えるわけではありません。
私が冷たく突き放し、もう絶対に生活を共にするつもりはないと告げると、夫は焦りを通り越して逆上しました。
「離婚してやってもいいよ! お前の資産は財産分与で半分もらうからな」それが夫の底の浅い本性でした。
しかし、私は冷静に現実を突きつけました。
「結婚前に築いた個人の資産は、財産分与の対象にはなりません!」
夫は目に見えて動揺し、再び慌てて誤解だと取り繕おうとしましたが、私はそれ以上相手にする気はありませんでした。夫がどんなにあがこうとも、私からお金を引き出すことも、生活の世話をさせることも、もう二度とできないのです。
その後の話
その後、夫との直接の話し合いは平行線をたどったため、調停離婚へと進みました。日々の心ない暴言の記録やメッセージのやり取りをしっかりと残していたことが功を奏し、余計な要求を退けて無事に離婚を成立させることができました。
すべての手続きと家の整理を終えた私は、店をたたんで海外へ移住した母のもとへ身を寄せています。
夫が結婚後に豹変したショックは、そう簡単に消えるものではありません。しかし、今は海が見える穏やかな環境で心身を休めながら、静かで自由な日々を過ごしています。人を見る目をしっかりと養い直しながら、これからの自分の人生を大切に歩んでいくつもりです。
◇ ◇ ◇
パートナーからの見下されるような発言に苦しむケースは少なくありません。経済的な優位性・あるいはそうした勝手な思い込みを理由に相手をコントロールしようとする関係は、決して対等な夫婦とは呼べないでしょう。言葉の暴力も立派なDVです。公的な窓口を頼るのも一案です。
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※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
自分の思い込みだけで相手を格下だと決めつける行為は、自身の視野の狭さを露呈するだけでなく、いずれその思い上がりによって自らが追い込まれることにつながるものなのかもしれませんね。
表面的な理由で相手から理不尽に見下されたり、マウントを取られたりするような事態に直面したとき、同じ土俵に立って感情的に言い返したり、傷つけるような発言をしたりしてしまえば、相手と同じになってしまいます。相手の立場や状況によって態度を変えるようなことはせず、どんな相手にも配慮と尊敬の心を持って接したいですね。