その後、私は里帰り出産のため、いったん自宅を離れることに。
無事に出産を終え、赤ちゃんと一緒に自宅へ戻った日のことです。リビングのカーテンが見覚えのないものに替わっていることに気づいて……。
里帰りから戻ると義家族の生活用品がずらり
退院後しばらく実家で過ごした私は、赤ちゃんを連れて自宅へ。夫は仕事を理由に迎えに来なかったため、私は赤ちゃんと荷物を抱えてタクシーで帰宅しました。
「これからやっと、夫と赤ちゃんとの3人暮らしが始まる」――そう思いながら玄関を開けたものの、リビングに入った瞬間、窓辺の違和感に気づきました。
「カーテンの色が変わってる……?」
私が選んだ淡い色のカーテンは取り外され、まるで義母が好みそうな派手な柄のものに。普段から家事をほとんどしない夫が、自分からカーテンを替えるとは思えませんでした。
室内を見回すと、キッチンの壁には「わが家の味つけ」と書かれた義母のメモが貼られていました。浴室には見知らぬ洗面用品が並び、冷蔵庫の上段には義父の好きなお酒が何本も入っていました。さらにテーブルの端には大量の化粧品が置かれ、空いていた部屋には衣類の入った収納ケースまで運び込まれていたのです。
どれも一時的に置かれたものではなく、すでに生活の一部として定着している様子。呆然としていると、玄関の鍵が開く音がしました。
「ただいま〜」
買い物袋を提げた義母に続き、義父と義姉まで入ってきました。
「あら、もう帰ってきたの?」
義母は驚いた様子を見せたものの、悪びれる様子はありませんでした。
事情を尋ねると、私の里帰り後、夫が家事をするのを嫌がり、義母に食事や洗濯を頼んだことが始まりだったそうです。やがて義父も泊まるようになり、義姉まで荷物を運び込んだといいます。
「古い実家より、こっちのほうがお風呂も広いし、冷暖房もよく利くのよ」
「赤ちゃんもいるし、あなただって私たちがいたほうが助かるでしょう?」
当然のように言う義母に続き、「ここは駅も病院も近くて便利だからな。しばらく世話になろうと思っていた」と言った義父。
さらに義姉まで、「ここからだと職場まで20分も短くなるのよ~。私も育児の経験積めるし、あなたは助かるし、同居したほうがお互いに得でしょ?」と笑います。
しかし、わが家には義姉の仕事用の服や義両親の大量の私物が増え、妊娠中に整えておいた赤ちゃん用のスペースまで隅へ追いやられていました。「産後の手伝い」は建前で、義両親は新しくて便利な家に住みたがり、義姉は通勤時間を短くしたかっただけだったのです。
その日の夜、仕事から帰ってきた夫を問い詰めると、面倒そうな顔をされました。
「家事も育児も母さんたちに任せればいいだろ。おまえだってラクができるんだから、感謝しろよ〜」
夫は、私に無断で義家族を住まわせたことを、問題とも思っていなかったのです。
私の両親による反撃
その夜、義家族は遅い時間まで大声で話していました。赤ちゃんが眠りかけると、義母はその顔をのぞき込み、何度も声をかけます。義父はテレビの音量を上げて晩酌を続け、義姉は近くでドライヤーを使い始める始末……。
赤ちゃんは物音がするたびに目を覚まし、なかなか寝てくれませんでした。
たった1日でしたが、すでに私は限界。翌朝早々に、母に電話をしました。
「家に帰ったら、義両親と義姉が住んでいたの。夫からは何も聞いていなかった」
話を聞いた母は、「それは手伝いとはいえないよ。まずは、あなたがどうしたいのかをはっきり伝えないと」と言いました。そのうえで、父と一緒にわが家へ来てくれることに。
翌日の夕方――。
両親は着替えを入れた大きなバッグを持ってわが家へ。夫と義家族がそろったところで、母が切り出しました。
「娘と孫が心配なので、今日から私たちもここで暮らしながら手伝わせてもらいますね」
すると、すぐに不満そうな声で「ちょっと待ってください。急に住むなんて困ります。せめて先に相談してもらわないと」と言った夫。その言葉を聞いた父は、静かに夫を見ました。
「まさにそれだよ。相談もなく家族に住み着かれたら、困るだろう。君たちは、それをうちの娘にしたんだよ」
夫は言葉を失いました。
母も義家族に向き直り、「娘は産後で、心身ともに負担の大きい時期です。本当に手伝うつもりなら、本人の希望を確認するべきではないでしょうか?」「そもそも赤ちゃんのために整えていたこの家を、自分たちにとって便利だからという理由で勝手に使っていいはずはありません」と伝えてくれました。
義母は「でも、息子に頼まれたから」と反論しましたが、私はその言葉を遮りました。
「ここは、私と夫が赤ちゃんを育てるために準備した家です。私は誰の親とも同居するつもりはありません」
「私の両親にも、本当に住んでもらうつもりはありませんでした。同じことをされたらどう感じるのか、夫に理解してほしかっただけです」
そして私は、義家族に退去してほしいとはっきり伝えました。
「今すぐ荷物を全部運ぶのは無理だ」と渋った義父。義姉も「職場が遠くなって困る」と不満を口にしましたが、父は「それは娘や孫に負担を押しつける理由にはならない」と返しました。
結局、話し合いは1時間以上続きました。最終的に義家族は、その日は必要な荷物だけを持って義実家へ戻り、残りの荷物も週末までに運び出すことに。
赤ちゃんを落ち着いた環境で休ませるため、私は義家族の荷物がなくなるまで、再び実家で過ごすことにしました。
変わっていった夫
義家族が帰ったあと、私は夫と2人で話し合うことに。
夫は「親たちが家事をしてくれたから、俺も助かっていた」と言いました。自分で家事をしたくなかった夫にとって、義家族との同居は都合がよかったのでしょう。私や赤ちゃんがどう感じるかまでは、考えていなかったようでした。
私はまず、妊娠中に言われた「妊娠は病気じゃない」「家事をサボるな」という夫の言葉にも深く傷ついていたことを伝えました。
「今回のことだけじゃない。私はもう、あなたと安心して子育てができるのかわからなくなった。何も変わらないなら、離婚も考えている」
私がそう告げると、初めて事態の深刻さを理解したらしく、「ごめん……」とつぶやいた夫。
しかし、私はその場の謝罪だけで許すつもりはありませんでした。今後は、義家族を自宅へ招いたり泊めたりするときは必ず事前に相談すること、赤ちゃんの生活リズムを優先すること、夫も家事と育児を担うこと、体調不良を「サボり」と決めつけないことを求めました。
さらに、口約束で終わらせないため、家事と育児の分担を紙にまとめました。
夫はすぐに理想的な父親へ変わったわけではありません。最初のうちは、赤ちゃんが泣いても私を呼んだり、頼んだ家事を忘れたりすることも。
それでも夫は、少しずつ変わっていきました。仕事から帰ると赤ちゃんをお風呂に入れ、夜泣きのときにはおむつ替えや抱っこを担当するように。休日には洗濯や食事の準備も引き受け、妊娠中の発言についても改めて謝罪してくれました。
数カ月が経つころには、夫が自分から私や赤ちゃんの予定を確認し、家事を進めることも増えていました。義家族を家へ招く際にも必ず私に相談するようになり、私も無理のない範囲で了承しています。
失われた信頼がすぐに元どおりになったわけではありません。それでも、夫が言葉だけではなく行動を積み重ねてくれているので、私も少しずつ3人での暮らしに安心を取り戻せています。
◇ ◇ ◇
「手伝い」という言葉を使ったとしても、本人の意思を無視し、自分たちの都合を優先していては支援とはいえません。また、夫婦の生活に関わることを一方だけで決めれば、大きな不信感につながってしまいます。
家族だからといって相手の意思を置き去りにせず、まずは本人の希望を確かめることが大切です。一度失われた信頼を取り戻すには、謝るだけでなく、時間をかけて行動を変えていくことも必要なのではないでしょうか。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。