義姉「親族なんだし全部タダでしょ?」友人5人を連れ無銭飲食…→その後、裏の顔が暴かれ一気に転落!

ホテルでシェフをしていた夫が数年前に独立し、私たちは夫婦でレストランを開業しました。開店以来、常連のお客様にも恵まれ、忙しくも充実した毎日を送っていました。
そんななか、兄が結婚することになり、披露宴を私たちのレストランで開くことに。家族へのお祝いの気持ちを込めて、お店を貸し切りにし、料理代も私たちからの結婚祝いとして負担しました。兄夫婦にもとても喜んでもらえたので、私たちもうれしかったのですが……。
ところが披露宴から数日後、義姉が1人でランチを食べに来ました。
注文したのは、お店で一番高価なランチコース。披露宴のお礼も兼ねて来てくれたのだと思っていました。
しかし、食事を終えた義姉はそのまま帰ろうとしたのです。
お金を支払わない義姉
私が伝票を渡すと、義姉は驚いたような表情で言いました。
「え? お金取るの?」
私は結婚祝いとは別の話だと説明し、多少のサービスは考えていたものの、無料にはできないことを伝えました。
しかし義姉は聞く耳を持たず、そのまま店を出ていってしまったのです。最初から支払うつもりなどなかったのでしょう……。
図々しい要求はエスカレート
翌週になると、義姉は今度は友人5人を連れて来店。予約もないまま6人で押しかけ、空いているテーブルを勝手に動かし始めたのです。
予約のお客様がいるため困ると説明しましたが、「友だちを連れてきてあげたんだからいいでしょ」と言って聞いてくれません。幸い空席があったためなんとか対応しましたが、大声で騒ぎながら長時間居座り、店内の雰囲気も乱れてしまいました。
予約のお客様が来店する時間になり、ようやく席を立ってもらうことに。私が伝票を持っていくと、義姉はまた当然のように言いました。
「親族なんだから全部タダよね?」
義姉の友人たちも無料だと聞かされていたようで、「ごちそうさまでした」と笑顔で店を出ていこうとします。
さすがに6人分もの飲食代を負担することはできません。支払いをお願いしましたが、義姉は無視して帰ってしまいました。
個人の飲食店にとって、こうした無銭飲食は経営に直接影響します。身内だからといって見過ごせる問題ではありませんでした。
義姉のもう一つの裏切り
その日の夜、兄から電話がありました。どうやら義姉は兄に、「親族なのに代金を請求され、友人の前で恥をかかされた」と話していたようです。その話だけを聞いた兄は、「うちの妻に意地悪したんだってな」といきなり私を責めてきました。
私はこれまでの出来事を丁寧に説明。兄は最初こそ驚いていましたが、最後まで話を聞くと私の言葉を信じてくれました。
実は兄も、義姉の行動に違和感を抱いていたそうです。義姉は兄に相談もなく仕事を辞め、生活費や貯金を使い込むようになっていました。何に使っているか聞いても、「女の子はいろいろお金がかかるのよ」とはぐらかされるばかりだそう。
その後、事実を確認するため、兄が調査会社に依頼したところ、義姉に交際相手がいることが判明。さらに兄が家計の記録を確認すると、家計のお金を交際相手のために使っていたことも分かりました。
大きなショックを受けていた兄でしたが、すぐに離婚を決意。兄の離婚協議とは別に、私たちも義姉に未払いの飲食代を請求し、後日、支払ってもらいました。
◇ ◇ ◇
披露宴でのサービスをきっかけに、義姉は「親族なら無料にしてもらえて当然」と考えるようになってしまったのかもしれません。しかし、家族や親族であっても、相手の厚意に甘え続けたり、負担を一方的に押し付けたりしていいわけではありません。
飲食店は、お客様からいただく代金で成り立っています。親族であっても、サービスへの対価を支払うのは当然のことです。身内だからこそ、お互いへの思いやりと節度を忘れてはいけないのだと強く感じた出来事でした。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、レストランを営む女性のもとへ、義姉がたびたび来店します。「親族だから」と支払いを拒んだ義姉でしたが、この一件をきっかけに、別の裏切りまで明らかになるのでした。
続く2つ目のエピソードでは、同居中の嫁を家政婦のように扱う義姉が登場します。料理や家事を当然のように求め続けた義姉に、女性はついにきっぱり線を引くことになり……。
義姉「早く作り直しなさい」私「1食1500円なので3000円いただきますね♡」私をこき使う義姉に反撃した結果…!?

義姉が実家に出戻ってきてから、私の毎日は地獄に変わりました。
彼女は私をまるで家政婦かのように扱い、「まずい」「作り置きはいや」と文句ばかり。できたての料理を要求しては、私をあごで使う人でした。「ここは義姉の実家でもあるから」と自分に言い聞かせ、耐える日々でした。
でも、そんな生活にも限界はあるのです……。
話は、義姉が実家に戻ってくる前にさかのぼります。
「実家の母さんと……一緒に住んでもらえないかな」
夫が切り出したのは、青天のへきれきとでも言うべき提案でした。話を聞けば、義姉が突然「結婚するから」という書き置き1枚を残して家を出ていったというのです。
「信じられないだろ? 母さん、動くのもつらそうにしてるのに……。姉さん、今まで料理も洗濯も何一つせず、全部母さんに頼りきりだったくせに……。その母さんが腰を悪くして、今度は自分が世話をする番になった途端、逃げ出しやがったんだ……」
夫の言葉には、義姉に対する軽蔑と怒りがにじんでいました。義母がろくな食事もできず、起き上がるのさえつらそうにしていると聞き、私の胸は締め付けられるようでした。今までやさしくしてくれた義母を、見捨てるなんて選択肢はありません。
「もちろんよ! 一緒に住もう。私にできることなら、何でもするから!」
こうして始まった義母との同居生活。それは、嵐の前の、ほんの束の間の穏やかな時間だったのです。
女王さまのご帰還
同居を始めて3カ月――。
元凶である義姉から、能天気な声で電話がありました。
「ちょっと、あんたたちが母さんと住んでるって聞いたわよ〜! 早く言ってよぉ!」
その声色に、背筋がぞくりとしました。そして予感は最悪の形で的中します。
「それなら安心だし、私も実家に戻っちゃおっかな〜♡」
聞けば、義姉は夫婦の貯金を旦那さんに黙って使い込んでいたことがばれて大げんかになり、『出ていけ』と言われたとのこと。つまり、自分の都合が悪くなったから、舞い戻るというのです。
「私は嫁いだ身だし、お母さんの介護は嫁であるあんたの仕事!」「私の部屋、ちゃんと掃除しといてよね! 布団も干しといて! じゃ!」
私たち夫婦が同居していると知って、自分専用の家政婦ができたとでも思ったのでしょうか。あまりの言い草に、私はスマホを握りしめたまま凍りつきました。
義姉が来てから、私の生活は一変しました。もちろん、悪いほうへです。夫が「妻にだけは迷惑をかけるな」と釘を刺してくれたにもかかわらず、義姉は帰ってくるなり、女王さまのように振る舞い始めたのです。
「ねぇ、お風呂まだ?」「のど渇いた、お茶」「昨日の煮物、味なかったけどぉ?」「作り置きはいや、できたてを作って」
1日中ソファでスマホをいじりながら、私をあごで使う義姉。フルタイムで働き、慣れない介護に奮闘している私を捕まえては、「てかあんた、要領悪すぎない? 見てるこっちが疲れるんだけど」とあざ笑うのです。
悔しさで奥歯をかみ締め、気持ちが沈んでいく毎日。夫は何度も義姉に注意してくれましたが、義姉は弟の言葉など聞く耳を持ちません。
「ごめんな……。姉さん、昔からああなんだ。俺が強く言うと泣きわめいて母さんに泣きつくから、母さんの体調に障る。それが怖くて、どうしても強く出られなくて……。情けないよな」
義姉の言動はますますエスカレート。鏡に映る自分の顔から、日に日に笑顔が消えていくのが嫌でも分かりました。
意外なところから差し伸べられた救いの手
心身ともに限界だったある日――。
就寝前の義母が私の手をそっと握って、やさしく話しかけてくれたのです。
「……本当にごめんなさいね。あの子のせいで、あなたを苦しめて……」
「正直に教えて。……もう、ここを出ていきたいと思っているんじゃない?」
図星でした。涙がこみ上げてきて、私は正直な気持ちを打ち明けました。
「……正直、もう限界です。お義姉さんと一緒に暮らしていくのは、私にはもう無理で……。だから、いっそ私が出ていくしかないのかなって……」
すると、義母は今まで見たこともないほど強い瞳で、私を見つめました。
「違うわ! ここはもう、あなたの家なのよ!!」
その声は、静かでしたが、私の胸に強く響くものでした。
「この家と家族を守ってくれているあなたが、出ていく必要なんてない。もう我慢しなくていいのよ。娘に遠慮なんていらない。あなたが我慢して甘やかしてしまえば、あの子はますます人に頼るばかりで、自分の足で立てなくなる。それでは本人のためにもならないでしょう。何があっても、私があなたの味方だからね」
「私はね、あなたに本当に感謝しているの。あなたのこと、本当の娘みたいに思っているのよ」
その瞬間、ずっと張り詰めていたものが、すっとほどけていくのを感じました。
「……お義母さん……。ありがとうございます……」
そう言うのが精一杯で、私はしばらく涙が止まりませんでした。でも、涙が引いたあと、私の心には静かな覚悟が残っていました。反撃なんて、しようと思えばいつだってできたのです。ただ、私の覚悟が決まっていなかっただけ……。
義姉への反撃を決意
次の日の夜――。
「気分転換してらっしゃい」と、夫との外食を勧めてくれた義母。その言葉に甘えて、私はあらかじめ作っておいた夕食を冷蔵庫に入れ、夫と久しぶりの外食を楽しんでいました。
しかし、せっかくのディナー中に義姉からメッセージが。そして、義姉はいつものように私に命令してきたのです。
「私、作り置きは食べない主義って言ってるでしょ!」
「早く帰ってきて作り直してちょうだい」
私はいつもの調子にあきれつつも、すぐに返信しました。
「では、1食1,500円なので、作り直し分も合わせて3,000円いただきますね♡」
「は?」
さすがに驚いた様子の義姉に私は続けました。
「あ、お義母さんからまだ聞いてなかったですか? 先日、お義母さんと2人でしっかり話し合って決めたんですよ。『お義姉さんには相応の料金をいただきなさい』って言ってくださって」
「は!? あんた、頭おかしいんじゃないの!? お母さんがそんなこと言うわけないでしょ?」と怒りのメッセージを送り返してきた義姉に、私は冷静に返します。
「言いましたよ。私の料理が口に合わない方に、これ以上タダで食事をお出しするつもりはありません。食費もずっとわが家が負担してきましたよね。ですから、これからは食材費と手間賃をいただきます。1食1,500円、作り直しは追加で1,500円です。ですから今回は3,000円いただきます。作りたてがよければどうぞ、外食なさってもいいんですよ」
お母さんがそんなことを言うわけない――義姉はそう決めつけていましたが、それは間違いでした。あの夜、私は義母とあらためて具体的に話し合い、義姉への対応をいくつか決めていたのです。「相応の料金をいただきなさい」というのは、ほかでもない義母自身の言葉でした。
スマホの画面を見せると、夫は苦笑しながらも「よく言った」と小さくうなずきました。その後、義姉から返信が来ることはありませんでした。
翌日、義姉が気まずそうに食卓につきました。その日、私が用意した夕食は「レタスそのまま、ゆで卵、冷やしトマト」でした。
案の定、義姉は声を荒らげます。
「ちょっと、なんなのよこれ! 昨日の嫌がらせのつもり!? ふざけてるの!?」
私は冷静に返しました。
「いいえ? これが、温め直し不要の基本の食事です。1食1,500円でご用意しています。でも、もし『温かい作りたてのものが食べたい』などのご要望があるのでしたら、昨夜お伝えした通り、作り直しは追加で1,500円になりますが、いかがなさいますか?」
私の言葉に、義姉は顔を真っ赤にして黙り込みました。用意された食事にこれ以上文句は言えず、かといってプライドが邪魔をして「お金を払うから作って」とも言えない。彼女は、手も足も出せなくなったのです。
そして、悔し紛れにこう叫びました。
「も、もういい! お母さんに全部言ってやるから!!」
「ですから、お義母さんからは『遠慮はいらない』と、ちゃーんと許可をいただいてます」
私が冷たく言い返すと、義姉の顔がサッと青ざめました。
最大の味方だと思っていた母親が自分の味方をしてくれないことを、ようやく実感したのでしょうか。彼女はわなわなと震えながら「こんな家、出てってやるわ!」と叫び、嵐のように去っていきました。
ホッとしたのも束の間、もちろんそれで終わるわけがありません。翌日にはもう、旦那さんから離婚届を突きつけられて行く当てがなくなったと、義姉が半泣きで電話をかけてきました。
「ごめんなさい。もう、あなたの帰る場所はここではありません」
実は、義母は以前から弁護士と司法書士に相談し、家を夫に贈与して、所有権移転登記も済ませていました。そのため、この時点で家の所有者は夫になっていたのです。義母と私たち夫婦は、専門家の助言を受けながら、今後は義姉と同居しない方針を固めていたのです。
義母は、これまで義姉の学費や結婚資金などとして、多額の援助をしてきたと話しました。その金額や時期が分かる記録も残しており、将来の相続についても弁護士に相談しているとのことでした。
それを伝えると、電話の向こうで義姉は言葉を失いました。それ以降、義姉から私に連絡が来ることはありませんでした。
その後――。
義姉は正式に離婚が成立したそうです。行く当てがなく泣きついてきた義姉に、義母は一度だけ、アパートの初期費用を援助したと聞きました。
ですが、そのときに「親としてできるのはここまでです。これからは自分の力で生きなさい。この家にあなたの居場所はもうありません」と、はっきり伝えたのだそう。義姉は今、必死にパートをしながら、1人でなんとか暮らしているそうです。
◇ ◇ ◇
一方の私は、夫と義母と、3人で穏やかな日々を過ごしています。
かつて義姉のせいでバラバラになりかけた家族。でも今は、思いやりでつながったこの暮らしが、私にとって大切な居場所になっています。血のつながりだけが家族じゃない。互いを思いやり、支え合う「心」で、人は本当の家族になっていくんだと、そう思います。
大変な出来事ではありましたが、この一件を通して、私たちは本当の意味での「家族」になれた気がします。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、自分の厚意を無料サービスのように扱われた女性たちが、きっぱり線を引くエピソードをご紹介しました。
家族へのお祝いとしてレストランで披露宴を開き、料理代まで負担した厚意に付け込まれたり、同居中に料理や家事を当然のように求められたり。親族だから、嫁だからと一方的に負担を押し付けられ続ければ、我慢の限界を迎えるのも当然ですよね。
家族や親族であっても、相手の時間や労力を軽く扱っていいわけではありません。厚意を当然のものとせず、負担が偏っていると感じたときは、無理に受け入れ続けず、きちんと線を引くことも大切ですね。