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義母が倒れ救急搬送「孫に会いたい…」とポツリ→「子どもはいませんよ?」私の返答に夫が青ざめたワケ

信頼していた夫や義家族から裏切られていたと知ったら、あなたならどうしますか?

今回は、「姑」という立場を都合よく利用し、残酷な裏切りを働いていた「義母」にまつわる体験談をご紹介します。不妊に悩む妻をよそに、夫の隠し子を黙認していた義母と、妻を家政婦扱いし、夫の不倫発覚後に「離婚か家政婦か選んで」と迫った義母。

家族だと思っていた人たちの衝撃的な本音を知った妻たちが選んだ道とは――。

 

救急搬送された義母「孫に会いたい…」私「子どもはいませんよ?」→なぜか青ざめる夫…病室が修羅場に

ケース1

 

ひとり旅好きの私たち夫婦は、旅行先で出会い、意気投合して結婚しました。

 

子宝には恵まれませんでしたが、結婚して10年経った今もお互いの趣味である「ひとり旅」を尊重し合い、夫婦2人で穏やかな日々を過ごしていました。

 

 

救急搬送された義母

結婚当初は義母と同居しており、毎日のように「孫の顔が見たい」とプレッシャーをかけられていました。私たちは5年ほど不妊治療を続けましたが、心身の疲労が重なっていたころ、夫から「もう無理しなくていいよ。2人で生きていこう」と提案され、治療を断念したのです。

 

そのころ、夫が義母を説得してくれたようで、ピタリと孫の催促はなくなりました。その後、義母とは同居を解消し、近距離で別々に暮らすことになりました。

 

そんなある日、義母が自宅で倒れ、病院に救急搬送されました。一命を取り留めましたが、数日間は意識がはっきりしない状態でした。孫を望む言葉に苦しめられた相手とはいえ、ベッドでぐったりしている姿を見るのはショックでした。

 

数日後、面会に行くと、この日は少し意識がはっきりしており、義母はぼんやりと天井を見つめていました。すると突然、聞いたことのない名前を口にしたのです。

 

「◯◯ちゃんに、会いたい。孫に会いたい……」

 

その瞬間、横にいた夫が「えっ、いや、何言ってるんだ? ちょっとよくわからないなー。母さん、きっと頭が混乱してるんだよ」と、異常なほど焦り始めました。

 

義母の言葉が引っかかった私は、「お義母さん、私たちには子どもはいませんよ?」と冷静に返しました。すると夫の顔からさっと血の気が引き、急に大きな声で「母さん! もう休んで!」と話を遮ったのです。義母はハッとした表情を見せ、それ以降は黙ってしまいました。

 

 

夫が不自然に取り繕うワケ

まだ意識がはっきりしない状態とはいえ、はっきりと口にした名前と「孫に会いたい」という言葉。そして、異常なまでに動揺し、不自然に取り繕う夫の態度。私は直感的に「何か隠している」と確信しました。

 

義母の入院が長引く中、私は夫の行動を振り返りました。夫は不妊治療をやめたころから、趣味の「ひとり旅」に出かける頻度が増えていました。私は迷った末に、探偵事務所へ夫の素行調査を依頼しました。

 

それから約3週間後、探偵から受け取った報告書を見てがくぜんとしました。報告書には、夫が特定の女性宅へ頻繁に出入りし、その女性と幼い子どもと家族同然に過ごす姿が記録されていました。子どもの名前は、義母が口にした◯◯ちゃん。年齢は4歳でした。

 

子どもの年齢から逆算すると、不倫相手が妊娠した時期は、私たちが不妊治療をやめたころと重なります。義母が孫の催促をやめたのも、きっと……夫から不倫相手の妊娠を知らされたからで、子どもが生まれた後は、義母にも会わせていたのでしょう。

 

私がつらい治療に耐え、義母からのプレッシャーに苦しんでいた裏で、夫は別の家庭を築き、義母もそれを受け入れていた……? やさしさだと思っていた夫の提案も、義母の態度が軟化したことも、すべてはうそと裏切りの結果だったのではないか――。そう考えざるを得ませんでした。

 

 

修羅場と化した病室

退院のめどが立ったころ、義母は大部屋から個室に移り、看護師や私のサポートを受けながら、自分でできることは自分でおこない、日常生活に戻る準備を始めました。そのころ、医師からは「退院後はご家族のサポートが必要です」と告げられました。夫は当然のように「うちで同居して、君が面倒を見てくれるよな」と言いました。

 

私は、義母の退院に向けた話し合いに、私の両親にも同席してもらうことにしました。病室には、すっかり会話ができるまで回復した義母と夫、そして私の両親がそろいました。和やかな雰囲気の中、私は静かに探偵の報告書を取り出しました。

 

「お義母さんが会いたがっていたお孫さんのこと、調べましたよ」

 

私が事実と証拠を淡々と突きつけると、夫は顔面蒼白になり、義母は気まずそうに目をそらしました。問い詰めると、夫は観念し、報告書の子が自分の子どもで現在4歳であること、不妊治療をやめようと提案したころに相手の妊娠がわかったことを認めました。義母も、妊娠を知っていたことと、孫に会っていたことを認めました。

 

私の両親は驚きつつも、事態を把握すると、母は静かに涙を流し、父は怒りをにじませていました。

 

「うちの娘を何だと思っているんだ……」
父の怒気を含んだ低い声に、夫は何も言い返せません。周囲の病室に響かないよう声を抑えていましたが、病室は重苦しい修羅場と化しました。私は離婚を宣言し、夫と不倫相手に慰謝料を請求。義母は「ごめんなさい、私が悪かったわ。許して」と泣きつきましたが、何年も息子の不倫と隠し子を黙認していた人を許すことはできませんでした。

 

その後、弁護士を通して協議し、離婚が成立しました。夫は「慰謝料を払う余裕がない」と泣きついてきましたが、慰謝料の支払い方法を取り決め、公正証書を作成しました。

 

元夫は、理由はわかりませんが不倫相手とは再婚せず、義母の介護をひとりで抱え込み、経済的にも精神的にもかなり追い詰められていると、離婚からしばらくしたころに共通の知人から聞きました。

 

私は自由気ままなひとり暮らしを始め、今は両親と時々旅行に出かけながら、穏やかな生活を送っています。

 

◇ ◇ ◇

 

不妊治療の苦しみに寄り添うふりをして、裏では不倫相手と子どもを作り、義母もそれを黙認していたという裏切りはあまりにも残酷ですね。もし信頼する家族から裏切られたとしたら、感情的に怒りやショックをぶつけるのではなく、冷静に証拠を集め、自分の今後の人生を守るための行動を取りたいですね。

 

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

 

 

夫の不倫だけでなく、義母までその事実を知りながら隠していたと知ったときは、どれほどつらい思いをしたことでしょう。しかし、取り乱すことなく証拠を集め、離婚を突きつけた妻の冷静な決断はお見事でしたね。

 

しかし、世の中には嫁の弱みにつけ込み、あからさまな態度で虐げる義母も存在します。続いてご紹介するのは、両親を亡くした妻を「使い勝手がいい家政婦」として扱い、息子の不倫発覚時にも平然と「離婚? 家政婦? 選んで」と迫った血も涙もない義母のお話です。

 

あっさりと家を出た妻に対し、10年後、なんと元義母から突然、泣きつく電話がかかってきて……?

 

 

義母「離婚?家政婦?選んで」夫の不倫が発覚、迫られた最悪の2択→10年後、元義母が謝罪?理由とは

ケース2

 

結婚してから、私はずっと義母にいびられていました。早くに両親を亡くしていた私は、あたたかい家庭に憧れて結婚を決めたのですが、同居生活は想像とはまったく違うものでした。

 

家で自分が一番偉いと思っている義母は、家事のすべてを私に押しつけ、少しでも自分のやり方と違うと猛烈に怒り出します。深夜に「明日の朝食用のパンがないから買ってきなさい」とコンビニへ行かされたり、義母の機嫌が悪いと私だけおかずを減らされたりするような、理不尽でつらい毎日でした。

 

そんなある日、夫の不倫が発覚しました。問い詰めても、夫に悪びれる様子はまったくありませんでした。私はショックと混乱のあまり、家を飛び出し、その日はビジネスホテルへ……。

 

 

迫られた最悪の2択

ホテルの部屋でひとり、これからのことを考えて泣いていたとき、義母から着信がありました。心配してくれたのかと一瞬でも期待した私がばかでした。電話に出るなり、義母は「ドラマを見る前にお風呂に入りたいから、早く帰ってきてお風呂の掃除をしなさい」と言い放ったのです。

 

家を出る直前、夫が義母にも事情を話したため、義母もすでに不倫のことを知っていました。それなのに……。

 

私が言葉に詰まっていると、義母は平然とした声で私をさらに追い詰めました。そもそも、夫が私と結婚したのは義母の勧めだったというのです。

 

「息子にあなたとの結婚を勧めたのは私よ。あなたはおとなしいし、何より親がいないから。身寄りがなければ実家から文句を言われることもないし、うちにしがみつくしかないから使い勝手がいいと思ったのよ」

 

夫が私に対して無関心で、不倫がバレても堂々としていた理由が、これでやっとわかりました。彼らは最初から、私をひとりの人間として愛してなどいなかったのです。もちろんショックではありました。しかし、絶望というよりは、なぜか私は肩の荷が下りたような感覚でした。

 

もうどうでもいい――そんな気持ちだったと思います。義母は電話口で話し続けていましたが、私は構わず電話を切りました。すると義母からすかさずメッセージが……。

 

「離婚? 家政婦? 選んで」

「あなたは家族じゃないのよ」

「誰も迎えには行かないわよ?」

 

「では離婚で」

 

私はひと言だけ返信しました。そして翌日、私は必要な荷物を取りに戻り、夫に離婚の意思を伝えたのです。そうしてあっさりと離婚が成立しました。もう二度と顔を見たくない。一切のつながりをなくしたい――その気持ちが強く、弁護士に相談などはしませんでした。

 

その後しばらくはビジネスホテルに滞在していましたが、勤めていた会社に相談し、社員寮に入れることになりました。それからは、仕事に集中し、自分の生活を立て直していきました。

 

 

離婚から10年

離婚してから10年ほどが経ったある日、突然、見知らぬ番号から電話がかかってきました。出てみると、なんと元義母でした。聞けば、少し前に私が花束を持って歩いているのを、昔の近所の方が見かけて元義母に伝えたのだそうです。

 

実はその日、私は離婚後もずっと勤めていた会社を退職したところでした。資産運用も勉強してコツコツと貯蓄を続け、今後の生活資金にめどが立ったため、新しい生活に向けて働き方を変える決断をしたのです。

 

元義母は「やっぱり息子にはあなたが一番合うってわかったの。戻ってきてくれない?」と、猫なで声で言ってきました。10年前、あんなに私を見下していたのに、信じられません。理由を問い詰めると、元夫と元義母は今、借金まみれで家を手放さなければならない状況にあるようでした。

 

元夫は不倫相手と再婚したものの、相手の浪費が原因で多額の借金を抱え、離婚してしまったとのこと。

 

「真面目なあなたのことだから、きっと堅実に貯金もして、安定した生活を送っているでしょう? 少しでいいから援助してもらいたいのよ。家族だったじゃない。久しぶりに顔を見せに来るだけでもいいから会えないかしら」

 

元義母の言葉に、私はあきれ果てました。「家族じゃない」と私を切り捨てたのに、お金に困ったとたん、すり寄ってくるその厚かましさに、恐怖すら覚えました。

 

 

本当の家族

「今度こそ本物の家族になりましょう? あのときは冷たくしてごめんなさい。もうあなたを怒らないわ。約束するから……」などとすがってくる元義母に、私は「私にはもう、本当の家族がいますから」とだけ告げて電話を切り、その電話番号を着信拒否に設定しました。

 

実は、離婚から5年ほど経ったころに、私は再婚していました。今の夫と義父母は、身寄りのなかった私を本当の家族として大切にしてくれています。家事を押しつけられることも、理不尽に怒鳴られることもない、あたたかくて平穏な生活を送っています。ようやく手に入れた、やさしい家族との幸せな毎日を、私は全力で守っていきたいと思います。

 

◇ ◇ ◇

 

身寄りがないことにつけ込み、自分たちの都合のいいように扱う義母と夫の態度は、本当に許しがたいものです。家族とは本来、お互いを思いやり尊重し合うべき存在です。パートナーやその家族から見下されたり、何かを押しつけられたりする理不尽な状況に、我慢し続ける必要はありません。自分の人生を都合よく消費されないよう、理不尽な扱いには妥協せず、きっぱりと「NO」を突きつける強さを持っていたいですね。

 

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

 

 

夫婦や家族の関係は、お互いへの信頼や思いやりがあってこそ成り立つもの。相手を裏切ったり、自分に都合よく利用したりするような関係を、無理に続ける必要はないのではないでしょうか。長く一緒にいる相手だからこそ、自分の気持ちや尊厳を後回しにせず、違和感を覚えたときにはきちんと向き合うことが大切です。理不尽な扱いを受けたときには、自分のこれからを守るための行動を取れるようにしたいですね。

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ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

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