緊張で会話が続かない女性
お相手は、知人の紹介で出会った女性でした。事前に「実は、これまで何度もお見合いを重ねてきて……」と聞いていたのですが、その理由は会って間もなくわかりました。
彼女は着物姿で現れたものの、ガチガチに緊張しており、「ええと……あの……ひぃ!」と声を上ずらせてしまう始末。まともに目も合わせられず、お茶を飲む手も震えています。
僕は内心、『これは会話を続けるのも難しそうだな……』と戸惑いました。娘に悲しい思いをさせないためにも、今回は穏やかにお断りしようと考えていたその時です。
娘の予想外の一言
そんな重苦しい空気の中、僕の隣に座っていた娘が、ふと女性の手元に目を留めました。緊張で強張った手が握りしめていたハンカチに、娘が大好きなキャラクターの刺繍が施されていたのです。
「あ!それ○○ちゃんだ!」
娘が声を上げると、女性は驚いたように顔を上げ、「……えっと、これ、自分で刺繍したんです……裁縫や刺繍が好きで、よく作っていて」とぽつりぽつり答え始めました。
緊張で強張っていた表情が、少しずつ柔らかくなっていくのがわかりました。
「すごぉい!じゃあ○○ちゃんの巾着袋も作れる?」と娘が身を乗り出すと、「あ……はい、友人に頼まれて作ったことがありますよ」と女性がおずおずとスマートフォンで写真を見せました。
クオリティの高い作品に娘は大興奮。
「パパ!すごいよ。お姉さんすっごく上手でお店屋さんみたい」
そして僕の腕を引っ張り、彼女を指差しながら大喜びで大きな声を上げました。
「パパ!私、このお姉さんと結婚してほしい!」
予想もしていなかった娘の言葉に、僕は「えっ!?」と大困惑。目の前の女性も「えええっ!?」と目を丸くして固まっていました。

第一印象ではわからなかった魅力
「いや、結婚ってそういうものじゃないんだけど……。なんかすみません」
僕が顔を真っ赤にして謝ると、彼女は思わず笑い出しました。
好きなキャラクターの刺繍に心を奪われた娘の子どもらしいひとことで場が一気に和み、おかげで肩の力が抜けたのか、彼女はぽつりぽつりと自分のことを話してくれるようになりました。
人見知りで誤解されやすいけれど、話してみると言葉を選びながら丁寧に受け答えをする、実直で温かい人柄が伝わってきました。
裁縫が得意なことは彼女の魅力のひとつに過ぎず、僕が本当に惹かれたのは、緊張しながらも娘に真剣に向き合ってくれるその誠実さでした。
後になって聞いた話では、実はなんとお見合い100連敗……これまで初対面の男性に身構えてしまい、なかなか自分を出せなかったのだそうです。
娘の無邪気なひとことがきっかけとなり、彼女が元々持っていた人柄の良さが、僕にも少しずつ伝わってきたのです。
第一印象だけで彼女を判断してきた人たちは、彼女の本当の魅力に気づけなかったのだろうと、僕はそのとき強く感じました。
後日、彼女からも「緊張していた私を急かさず、娘さんと一緒に話を聞いてくれたことがうれしかった」と打ち明けられました。
お互いにもっと相手を知りたいと思い、何度か会うことになったのです。
そしてその後、僕たちは時間をかけて交際を重ねました。娘も彼女と会う日を楽しみにするようになり、三人で過ごす時間には自然と笑顔が増えていきました。
あのとき娘の一言がなかったら、こんな素敵なパートナーとの出会いを逃すところでした。人を表面的な印象だけで判断してはいけないと、娘から大切なことを教わった気がします。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています