帝王切開で双子出産!家に戻ると「休まず動け!」義母と夫にもう限界!離婚を告げたら→2人が慌てたワケ

私は兼業主婦です。先日、双子を帝王切開で出産しました。出産後は体の痛みが強く、思うように動けませんでした。夫は出産当日に一度だけ病院へ来てくれましたが、その後は仕事や趣味を理由に見舞いにも来ませんでした。
退院の日を迎えた私は、夫と義母と同居している自宅へ戻りました。
義母の暴言
家に帰ると、義母は孫の顔を見るなり大喜び! しかし、やっと寝かせた双子を何度も抱き上げて起こしては、泣き出すとすぐ私に丸投げするので困りました。
さらに、「夕飯はまだなの?」「洗濯物がたまってるわよ」などと言い、退院したばかりの私に家事をやるように言いました。
夫もそんな状況を見て見ぬふり。育児も家事もほとんどしようとしません。私は傷口の痛みや体調不良を訴えましたが、義母は鼻で笑い、「私は自然分娩で息子を産んだのよ!」「帝王切開なんてラクでしょ!」と言い放ったのです。
私は言葉を失いました。
限界を迎えて
義母の要求は毎日続きました。睡眠不足のなか、双子のお世話と家事をこなしていたある日、私は子どもたちを寝かしつけながら、そのまま眠ってしまいました。
すると義母が部屋へ入ってきて「なに寝てんの!? ラクして産んだんだから、休んでないで動け!」と怒鳴ったのです。
その瞬間、私の中で何かが切れました。私は泣きながら実母へ電話をしました。
事情を聞いた母は激怒し、「すぐに帰っておいで。迎えに行くから」と言ってくれたのです。
その後、必要な荷物をまとめ、母に迎えに来てもらい、双子を連れて実家へ戻りました。
実母が激怒!
私が実家へ戻ったあと、夫から何度も連絡が来ました。
「どこにいるんだ!?」「出て行ったのか!?」と取り乱したメッセージまで届いていたため、私たちがいなくなったことに気付いて慌てているのだろうと思いました。
私は話し合いの場を設けたいと伝え、夫と義母に実家へ来てもらいました。
義母は開口一番、
「たかが帝王切開で大げさなのよ」「昔の母親はもっと頑張っていたわ」と言い放ちました。さらに夫も、「母に悪気はなかったんだから」と義母をかばったのです。
それを聞いた母は激怒。
「私は娘を帝王切開で産みました。ラクですって? おなかを切ってるんですよ? 傷口だってしばらくは痛むのに……出産したばかりの娘に、育児だけでなく家事まで全部1人でさせるなんて信じられない!」
「あなたも父親でしょ? 双子の世話をまったくしないなんて、どういうつもりなの?」
と夫と義母を厳しく叱責しました。
義母はさすがに気まずそうにしていました。夫は最後まで私をかばうことなく、「俺は育児は分からないから……」「母に悪気はない」と言うばかりでした。私は心底がっかりし、その場で離婚したいと伝えました。
離婚したいと伝えたら
すると夫は顔色を変え、「待ってくれ! 離婚は大げさだろ?」「これからはちゃんと子育てするから!」と言い出しました。義母も「話し合えば済むことでしょう!?」と声を荒らげます。実は私が生活費の大半を1人で負担しており、離婚すれば生活費の当てがなくなるため、夫と義母は慌てたようでした。
しかし、私の気持ちは変わりませんでした。
「私がどれだけ苦しんでいたか、一度でも考えたことがありますか?」
そう告げると、夫も義母も黙り込んでしまいました。
義母からの暴言や夫の無関心な態度は録音してあり、それらを証拠として提示しました。話し合いの末、慰謝料などの条件について合意し、無事に離婚が成立しました。
◇ ◇ ◇
現在は両親に協力してもらいながら、双子を育てています。あのとき勇気を出して家を出たことは、私にとって人生を取り戻す第一歩でした。家族だからこそ、お互いを思いやり、支え合うことが大切なのだと改めて感じています。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、帝王切開で双子を出産した女性が、義母から「ラクして産んだ」と責められます。追い詰められた女性は、実母の支えを受けて家を出て、夫との関係にも区切りをつけるのでした。
続く2つ目のエピソードでは、妊娠報告をした女性が、義母から心ない言葉をぶつけられます。出産後、娘まで拒絶された女性は、わが子を守るためにある決断をして……。
義母「嫁の子なんて見たくない」出産報告で罵倒⇒半年後、息子たちに見放され泣きついてきて…私の答えは

私は夫と結婚して数年になります。義母が私をあまりよく思っていないことは、以前から感じていました。義実家とは必要最低限の付き合いをしてきました。それでも、どこかで「いつか分かり合える日が来るかもしれない」と、淡い期待を抱いていたのです。けれど、妊娠の報告をきっかけに、その考えは打ち砕かれました。
妊娠報告で義母が放った衝撃の言葉
安定期に入ったタイミングで、義母に妊娠を報告しました。電話口の義母は一瞬驚いたあと、弾んだ声で「これで息子3人全員が父親になるのね」と喜び、孫の人数を数えるように話し始めました。義兄たちの家庭にはすでに子どもがおり、私の子は義母にとって5人目の孫になるはずでした。
私は、素直に祝福してもらえるものだと思っていました。ところが――。
義母は突然、笑い交じりにこう言い放ったのです。「末っ子は一番顔がいいのに、よく“こんな嫁”と子ども作れたわね」。その瞬間、頭の中が真っ白になりました。
自分を美人だと思ったことはありません。それでも、妊娠の報告という場で、わざわざそんな言葉を投げつける必要があるのでしょうか。そう訴えても、義母はおもしろがるように笑い、「生まれてくる子が母親に似ないといいわね」と、さらに追い打ちを掛けました。祝福されるどころか、私だけでなく、これから生まれてくる子どもまで否定された気がして、胸の奥が冷え切っていくのを感じました。
妊娠を理由に旅行から外され…私の役割は
さらに義母は、思い付いたようにこう言いました。「妊娠したなら、安静にしていたほうがいいわね」。理由を尋ねると、家族旅行を計画していたのだと話し、「ちょうど良かった。あなたは連れて行きたくなかった」と、悪びれる様子もなく言うのです。あまりの言い草に、私は言葉を失いました。
それだけでは終わりませんでした。体調を崩している義父を旅行には連れて行かず、自宅で留守番をさせると言います。そして義母は、「その間、あなたが世話して」と当然のように告げました。訪問介護の方が来る時間以外は、妊娠中の私が義父の世話をする前提で話が進んでいきます。私は「困ります」と伝えました。
しかし義母は、「今だから行かなきゃ」「お父さんが悪化したら旅行どころじゃなくなる」と言い張り、義父が体調を崩すのが悪いのだとまで言いました。夫に相談すると、「ごめん。1泊だけして帰ってくる。でも、これを機に距離感を考えよう」と言われ……私の中には、拭いきれないモヤモヤが残りました。
結局、義母たちは旅行へ出かけました。夫は1泊だけして途中で帰ってきましたが、私は義父の様子を見ながら、できる限りのことをしました。
義母「どうせあなたに似た子でしょ」すると夫が…!
数カ月後、私は無事に出産しました。夫と一緒に、義母へ赤ちゃんが生まれたことを伝えました。私も夫も、どこかで「孫が生まれたら、少しは態度が変わるかもしれない」という期待を、まだ捨てきれずにいたのだと思います。
しかし義母は鼻で笑い、「どうせあなたに似た子でしょ」と言い放ちました。そして、孫の顔も見たくない、退院後も家には連れてこないでほしいと、はっきり言い切ったのです。私は、ついに我慢の限界を迎えました。
義兄たちの子はあれほどかわいがるのに、なぜ私の子だけ拒絶するのか。そう問いただすと、義母は「あなたの子だもの。会いたいわけないでしょ」と笑いました。
その瞬間、私は決心しました。「本当にそれでいいんですね。でしたら、娘には二度と会わせません」。義母は逆上し、「嫁のくせに生意気なのよ!」と私を激しくののしりました。夫は顔色を変え、義母の暴言に怒りを抑えきれない様子で――そして、はっきりと言ったのです。「もう実家には帰らない」。
その言葉を聞いたとき、私の胸の奥に、初めて“守られた”という感覚が広がりました。
相続の話で呼び出され…明かされた事実とは
それから半年、義父が亡くなりました。義母には会いたくありませんでしたが、義父には生前お世話になったため、最低限の礼儀として葬儀には参列しました。
すると長男の義兄から、「明日、家族会議がある。相続に関わる大事な話だから来てほしい」と連絡がありました。夫はすでに相続するつもりがないことを伝えていましたが、それでも「どうしても出席してほしい」と言われ、不穏な空気を感じずにはいられませんでした。
義母は「金が絡むと来るのね」と嫌みを言いましたが、会議の内容は予想以上のものでした。――義父には多額の預貯金があると聞いていましたが、ほとんど残っていなかったのです。「5,000万円以上ある」という噂まであったのに、実際に口座に残っていたのは、100万円にも満たない金額でした。
義母は悪びれる様子もなく、こう言いました。「気付いたらなくなってたの。お金があると、使っちゃうのが人間よね」。
見放された義母が、私にすがってきて…
義兄たちは顔色を変え、激しく怒りました。結局、“期待していた遺産”が消えたことで、義兄たちは義母と絶縁する流れになっていきました。
家族会議のあと、義母は私にすがってきました。ほかの息子たちに見放され、孫にも会えなくなり、急に「謝る」「水に流して」「あなたたちの子だけでも会わせて」と言い出したのです。
私がはっきりと断ると、義母は「悪気はなかった」「末っ子を一番かわいがっていたから、取られた気がした」と説明しました。けれど、理由が何であれ、言っていいことと悪いことがあります。
私は静かに告げました。「申し訳ありませんが、娘を会わせることはありません」。夫も同じ気持ちでした。こうして私たちは、義実家と本当の意味で距離を置くことにしたのです。そして今は、夫と娘とともに、静かで穏やかな日々を守っています。
◇ ◇ ◇
家族だからといって、心ない言葉や差別的な態度が許されるわけではありません。自分や大切な人の心を守るために、距離感を見直すことも、1つの立派な選択肢です。家族との関係に悩んだときこそ、「我慢する」以外の道があることを、忘れずにいたいですね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、妊娠・出産の喜びを傷つけられた女性たちが、守ると決めたものをご紹介しました。
帝王切開で双子を出産したばかりなのに、義母から「ラクして産んだ」と責められたり、妊娠報告の場で容姿をばかにされ、生まれた子どもまで拒絶されたり。喜びや不安が入り混じる大切な時期に、家族から傷つく言葉を向けられた女性たちのショックは大きかったはずです。
妊娠や出産は、決して軽く扱っていいものではありません。自分やわが子を傷つける相手に無理に歩み寄り続けるのではなく、必要なときは家族の力も借りながら、安心して過ごせる環境を守っていきたいですね。