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義両親「生活費10万払う!家事もする♡」新築のわが家で同居→半年後「金ない!家事は嫁の仕事!」裏切りに鉄槌

家族とはいえ、夫婦で築いた暮らしには守るべき境界線がありますよね。善意や老後の不安、産後の手伝いを理由にされても、家の使い方や生活の形を一方的に決められてしまえば、安心できるはずの場所が窮屈なものになってしまいます。

今回は、わが家の境界線を越えてきた義家族から、大切な暮らしを守った女性たちをご紹介します。

新築マイホームでの同居を受け入れたものの、約束を破って居座られた女性や、産後に自宅へ戻ると、義母が勝手に同居し、夫婦の寝室まで占領していたことに困惑した女性。家族だからと遠慮なく入り込んでくる義家族に、女性たちは大切な暮らしを守るため、きっぱり向き合うことになり……。

新築で同居をせがむ義両親「家事は任せて!毎月10万払う!」→約束を破った義両親に夫が下した鉄槌

スカッと

私は30代の兼業主婦です。夫と結婚して2年が経ったころ、念願だった新築マイホームを建てました。

 

白い外壁にウッド調の玄関、小さな花壇のある庭まで理想どおりで、「この家で家族との幸せな思い出をたくさん作っていこう」と胸を弾ませていたのを今でも覚えています。

 

ところが、その幸せな暮らしは思いもよらないかたちで揺らぐことになりました。

 

義両親との同居を決意した理由

引っ越して間もなく、義両親が毎週のように遊びに来るように。

 

そして会うたびに、「私たちが頼れるのは一人息子だけなの」「老後のこともあるし、一緒に住ませてもらえない?」と同居をお願いされるようになったのです。

 

義実家は車で30分ほどの距離。何かあればすぐに駆けつけられる距離なのに、どうしても同居したい様子でした。

 

私たちは最初、断るつもりでした。新築は二世帯住宅ではなく、夫婦だけで暮らす前提で建てた家だったからです。

 

それでも義両親は、「家事は全部任せて!」「生活費は毎月10万円入れるから、ローンの繰り上げ返済に使ってね」と条件を出してきたのです。

 

夫も「そこまで言うなら、一度だけ信じてみよう」と言い、私も「約束を守ってもらえるなら」という条件で同居を受け入れました。

 

 

半年で反故にされた約束

同居当初は、義両親も積極的に家事をしてくれていました。仕事から帰ると夕食ができていたり、洗濯物が片付いていたりして、「思っていたよりうまくやっていけるかもしれない」と安心していたほどです。

 

ところが、その状況は半年ほどで一変しました。

 

義母は家事をほとんどしなくなり、「家事は若い人がやるものでしょ」と言って、一日中ソファでテレビを見たり昼寝をしたりする毎日。

 

義父も昼間からビールを飲み、食べたものも飲んだものも片付けず、部屋は散らかる一方でした。

 

新築だった家は少しずつ汚れ、掃除をするのは結局私だけです。

 

さらに驚いたのは、お金のことでした。実は、約束していた生活費10万円が支払われたのは最初の1カ月分だけだったのです。その後は一度も渡されず、その間の食費も光熱費もすべて私たち夫婦が負担していました。

 

夫が義父に尋ねると、「金なんてないぞ」と悪びれる様子もなく言われたのです。

 

 

同居の本当の目的

その夜、何時間も話し合った私たち夫婦。

 

「約束が何も守られていない」

「このままでは私たちだけが負担を背負い続けることになる」

「この家を守るためにも、同居は終わりにしよう」

 

翌日、昨晩の話し合いをもとに、夫は義両親に退去してほしいと伝えてくれました。

 

ところが義母は「せっかく一緒に住んであげているのに」と泣き出し、義父は「親を追い出すなんて親不孝だ!」と怒鳴り、退去を拒否。

 

夫は感情的に言い返すことはなく、静かにこう言いました。

 

「約束を全部破ったのは父さんたちだ」

「それでも出ていかないなら、俺たちがこの家を売って出ていく。もちろん父さんたちも住めなくなる」

 

さらに、「今回のことを反省する気がないなら、今後子どもが生まれても会わせるつもりはない」と、はっきり伝えたのです。

 

夫の真剣な表情を見て、義両親もようやく事の重大さを理解したようでした。しばらく無言が続いたあと、義父は「……分かった」と小さく答え、義両親は住む場所を探して退去することに。

 

その後、夫から義両親の本音を聞きました。

 

住んでいたアパートが古く、新築に住みたかったこと。生活費を払うと言えば同居できると思っていたこと。そして最初から家事を続けるつもりも、お金を払う余裕もなかったこと。

 

私はその話を聞き、義両親は最初から約束を守る気がなかったのだと知りました。それ以来、私たちは義両親とは必要最低限のお付き合いにしています。

 

家族だからこそ、約束と信頼を守ることの大切さを、私はこの出来事で痛感しました。

 

◇ ◇ ◇

 

今、私たち夫婦は子どもにも恵まれ、大好きなマイホームで穏やかに暮らしています。あのとき夫が私の味方になり、夫婦で同じ方向を向いて決断できたからこそ、今の幸せな生活があると思っています。

 

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

 

1つ目のエピソードでは、新築マイホームでの同居を受け入れた女性が登場します。約束を破って居座る義両親に、女性は夫と一緒に退去を求めるのでした。

 

続く2つ目のエピソードでは、産後に自宅へ戻った女性が、義母が勝手に同居し、夫婦の寝室まで占領していたことに困惑します。安心して休める場所を奪われた女性は、わが子を抱いて家を出る決断をして……。

 

 

勝手に同居する義母「私が寝室、あなたはソファ」私「どうぞ!」→夫に追い出され、義母は顔面蒼白に!

スカッと

出産後、夫と一緒に育児を始めるつもりで自宅へ戻った私。しかし玄関に入ると、そこには見慣れない段ボールが並び、義母が勝手に同居を始めていたのです。さらに義母は、私たち夫婦の寝室を使い、産後の私にはソファで寝るよう告げてきて……。

 

里帰りを嫌がる義母

妊娠後期に入ったころ、私はおなかの張りが強くなり、医師から「無理をせず、早めに実家で休んだ方がいい」と言われました。

 

夫に伝えると、夫は「分かった。母さんには俺から言っておく」と言ってくれました。義母は以前から里帰りに否定的で、「今の人はすぐ実家に頼る」とよく口にしていたからです。しかし数日後、義母から電話がかかってきました。

 

「急に里帰りするんですって? 最近の人は、少し大変だとすぐ実家に帰るのね。私のころは、産む前も産んだ後も家のことをしていたけれど」

 

医師の指示だと説明しても、義母は「まあ、体のことなら仕方ないけど」と不満そうでした。

 

その日の夜、夫に確認すると、夫は気まずそうに笑いました。

 

「ごめん、詳しくは言ってなかったかも。母さん、ああいう言い方するけど悪気はないから」

 

私はその言葉に引っかかりました。悪気があるかどうかではなく、私が傷ついたことが問題なのに……。けれど出産前で体もつらく、これ以上もめる気力はありませんでした。

 

 

夫が育休を取るはずだったのに

それでも、出産後は夫が変わってくれると思っていました。夫は「戻ってくるころに育休を取る。最初の2カ月は一緒に頑張ろう」と言ってくれていたからです。

 

無事に出産し、私は実家でしばらく体を休めました。夜中の授乳で眠れない日が続き、体はまだ思うように動きません。それでも、夫と一緒に育児を始めるのだと思えば、少し心強く感じていました。

 

ところが、自宅へ戻った日。玄関を開けた私は、廊下に置かれた見慣れない段ボールに気付きました。

 

「ただいま。これ、何?」

 

夫は目をそらしました。

 

「母さんが、しばらくこっちにいることになってさ」

「どういうこと? 育休は?」

「取ろうとは思ってたんだけど、職場が忙しくて言い出せなくて……。それを母さんに話したら、もう完全に来る気で」

「来る気って、私は何も聞いてないよ」

「母さん、里帰りのことをずっと気にしてたみたいでさ。『嫁の実家ばかり頼られたら、こっちの立場がない』って。親戚にも『産後は私が手伝う』って言っちゃったらしくて……」

 

夫は困ったように笑いました。

 

「今さら断ったら、母さんの顔をつぶすことになるだろ?」

 

その言葉を聞いて、私は息が詰まりました。夫が守ろうとしているのは、私の体でも赤ちゃんの生活でもありません。義母の顔だったのです。

 

寝室が義母の部屋に

そのとき、買い物袋を提げた義母が帰ってきました。

 

「おかえりなさい。やっと戻ってきたのね」

 

義母は赤ちゃんをのぞき込み、満足そうに目を細めました。

 

「親戚にも言ってあるのよ。産後は私が手伝うから大丈夫ですって。嫁の実家に任せきりだなんて、うちの家として格好がつかないでしょう?」

 

私は言葉を失いました。義母が気にしているのは、やはり私の体調ではありませんでした。赤ちゃんの生活でもありません。自分が“頼られる姑”に見られるかどうか。それだけだったのです。義母は、私を上から下まで見るようにして続けました。

 

「それに、里帰りで十分休んできたんでしょう? こっちに戻ったなら、今度は私のやり方も覚えてもらわないと」
 

嫌な予感がして、私は寝室へ向かいました。扉を開けると、そこには義母の服や荷物が並んでいました。私たち夫婦の寝室だった部屋は、すっかり義母の部屋のようになっていたのです。

 

「お義母さん、ここは私たちの寝室です」

「だから何? 私が来ている間くらい、部屋を空けるのは当然でしょう」

 

義母は悪びれもせず、クローゼットの中を整えていました。

 

「私が産後の手伝いをするって言っているのよ。嫁なら、まず迎える側の準備をするものじゃないの?」

「でも、産後の体でリビングに寝るのは……」

「母親になったんだから、自分の寝る場所くらいで騒がないの。赤ちゃんは私が見てあげるんだから、あなたは言われた通りに動けばいいのよ」

 

夫を見ると、気まずそうに目をそらしていました。

 

「母さんも、悪気があるわけじゃないんだよ。親戚にも言っちゃったみたいだし、少しの間だけ、な?」

 

その瞬間、胸の奥がすっと冷めました。
 

夫は、私と赤ちゃんの味方をする前に、義母の機嫌を取る人なのだと分かったからです。私が産後の体でどこに寝るのか。赤ちゃんをどこで寝かせるのか。夜中の授乳をどうするのか。夫は何ひとつ考えず、義母の都合を優先していました。

 

私が選んだ答え

義母は、まるで決定事項を伝えるように言いました。

 

「今日からリビングで寝てちょうだい」「私が寝室を使うから。あなたは若いんだからソファで十分でしょう」

 

夫を見ると、気まずそうに目をそらすだけでした。その瞬間、私の中で何かが切れました。この家には、産後の私の体を心配する人も、赤ちゃんが安心して眠れる場所を考える人もいない。夫でさえ、義母の機嫌を損ねないことばかり気にしている。ここで我慢したら、きっとこれからも同じことが続く。

 

私はそう思いました。

 

幸い、父が車で送ってくれたばかりで、まだ近くにいました。赤ちゃんの荷物も、玄関に置いたままです。私は赤ちゃんを抱き直し、義母に向かって笑いました。

 

「どうぞどうぞ!」

 

義母が目を丸くして「え?」と声を出しました。夫も固まっています。

 

私は、このまま実家に帰るので、寝室は好きに使ってくださいと伝えました。リビングで生活しなければならない家に、産後の自分と赤ちゃんを置くつもりはありませんでした。

 

義母は慌てて引き留めました。自分は手伝いに来ただけで、大げさにするような話ではないと言います。けれど私には、そうは思えませんでした。手伝いと言うなら、まず私に確認するべきです。産後の私がどこで休むのか、赤ちゃんをどこで寝かせるのか。それを考えずに寝室を使うなら、手伝いではありません。

 

夫は小さな声で謝りました。自分がちゃんと話せばよかった、と。でも、問題はそこではありません。私に相談せずに決めたことが問題なのです。育休のことも、義母のことも、全部。さらに義母は、嫁なのに少し言われたくらいで実家に帰るなんて、と不満そうに言いました。

 

その言葉で、迷いは完全になくなりました。

 

私は、嫁である前にこの子の母親です。安心して休めない場所で、赤ちゃんを育てることはできません。私は父に電話をし、赤ちゃんを抱いて家を出ました。
 

 

夫に出した条件

実家に戻ってから、夫から何度も連絡がありました。しばらく電話に出る気になれませんでしたが、翌日の夜、ようやく電話に出ました。夫は開口一番、謝ってきました。

 

「母さんには帰ってもらう。俺が間違ってた。だから戻ってきてほしい」

 

私はすぐには返事をしませんでした。

 

「戻るかどうかは、あなたの行動を見てから決める。お義母さんを家に泊めないこと。育児の分担を紙に書いて決めること。今後、私に相談せずに親を家に入れないこと。この3つができないなら戻らない」

 

夫は黙ったあと、「分かった」と答えました。

 

数日後、夫は実家に来て、私の両親の前でも謝りました。義母は最後まで「私は孫の世話をしようとしただけ」と言っていたそうです。けれど夫が「母さんがいる限り、妻も子どもも戻ってこない。今日は帰ってほしい」と告げると、義母は一瞬言葉を失い、みるみる顔色を変えたといいます。

 

「そんなつもりじゃなかったのよ」と慌てて言い訳を続けたそうですが、夫は「もう勝手に泊まることはできない」とはっきり伝え、義母に荷物をまとめるよう促しました。義母は青ざめた表情のまま、しばらく立ち尽くしていたそうですが、最後はその日のうちに家を出たと聞きました。

 

私はすぐには自宅に戻らず、しばらく実家で過ごすことにしました。その間、夫は仕事帰りや週末に実家に通い、おむつ替えや寝かしつけを一から覚えました。

 

 

義母とは、今も距離を置いています。孫に会わせるときは、私か夫が必ず同席する。それも夫婦で決めたことです。あの日、家を出る決断ができたのは、ただ腹が立ったからではありません。母になった以上、私が安心して休めない場所に、わが子をいさせるわけにはいかない。そう思ったからです。

 

我慢して丸く収めることが、家族を守ることではありません。必要なときに線を引くことも、母親として大切な判断なのだと、今は思っています。

 

◇ ◇ ◇

 

産後の不安定な時期に、安心して休める場所を奪われるのは小さな問題ではありません。家族だからこそ、善意や慣れだけで相手の領域に踏み込みすぎないことが大切なのでしょう。我慢してその場を収めるより、必要な距離を取ることが自分と子どもを守る選択になる場合もあるのだと感じさせられます。

 

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

 

いかがでしたか?

 

今回は、わが家の境界線を越えてきた義家族から、大切な暮らしを守った女性たちをご紹介しました。

 

新築マイホームでの同居を受け入れたものの、家事や生活費の約束を破られて居座られたり、産後に自宅へ戻ると、義母が勝手に同居し、夫婦の寝室まで占領していたり。どちらの女性も、本来なら安心して過ごせるはずのわが家に、義家族の都合で踏み込まれてしまいました。

 

家族であっても、夫婦の暮らしや産後の休息を一方的に乱していいわけではありません。違和感を覚えたときは、我慢して丸く収めようとせず、夫婦で話し合いながら、自分たちが安心して暮らせる場所を守っていきたいですね。

ベビーカレンダー記事制作の取り組み
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ライターベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

読者からの体験談をお届けします。

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