姉からの電話
ある日、姉から突然電話があり、「私たち、夫婦で実家に住むことになったから。お母さんもいいって言ってるし」と話しました。私は、「母さんもひとりだったし、姉さんたちが一緒に住んでくれるなら安心だな」と言いました。
すると姉は「まあね」とだけ答えました。
ところが、姉夫婦が実家で暮らし始めて数カ月後、母から電話がありました。
「私、家を追い出されちゃった」
私は耳を疑いました。話を聞くと、姉夫婦は次第にリビングや収納を自分たち中心に使うようになり、母が使っていた部屋にも荷物を置くようになったそうです。そしてある日、姉からこう告げられたというのです。
「私たち、やっぱり夫婦だけで暮らしたいんだよね。悪いけど、今月中には別のところを探してくれない?」
母が「急に言われても、すぐに住むところなんて決められないよ」と返すと、「ホテルでもどこでもあるでしょ。ずっとここにいられても困るんだよね」と姉は取り合わなかったそうです。
父が亡くなった後、家族で話し合った結果、実家は母が相続し、母名義になっていました。母名義の家に後から入ってきた姉夫婦が、住む場所さえ決まっていない母に出ていくよう迫ったことに、私は到底納得できませんでした。
姉とのやりとりが続くうちに、母は家にいること自体がつらくなったそうです。これ以上言い争うことにも疲れ、その日のうちに必要な荷物だけを持って家を出て、ひとまず近くの宿泊施設に身を寄せていました。
私はすぐ姉に電話をして、「母さんの家だろ? どうして母さんが追い出されるんだよ」と言いました。すると姉は、「だって、もう私たちがここで生活してるんだから。お母さんはそっちで面倒を見ればいいじゃない」と平然と言ったのです。
遠く離れた場所で、母が自分の家にいられず、ひとりで宿泊施設に身を寄せている。その状況を知り、私はこのままにはしておけないと思いました。
妻からの思いがけない返答
私は妻に事情を話し、「一度北海道へ行って、母さんと今後のことを相談してくる」と伝えました。すると妻から返ってきたのは、思いがけない言葉でした。
「だったら、お義母さんにこっちへ来てもらったら?」
現在、私たちは妻の両親と暮らしています。そこに母まで加わるとなれば、簡単に決められることではありません。
私が「でも、急に一緒に暮らすなんて大丈夫かな」と戸惑っていると、妻は、「ずっと一緒に住むかどうかは後で考えればいいよ。まずは落ち着ける場所が必要でしょ」と言いました。妻の両親にも事情を話すと、「空いている部屋もあるし、まずはしばらくこっちで過ごしてもらえばいいよ」と言ってくれました。
私は北海道へ向かい、母と合流しました。今後について話し合ったうえで、まずは1カ月ほど沖縄で過ごしてもらうことになりました。
最初は遠慮していた母でしたが、暮らし始めてみると、妻や妻の両親ともすぐに打ち解けていきました。
1カ月がたつころ、妻の両親のほうから、「これからのことを急いで決めなくてもいいんじゃない? あと2年でも3年でも、ここにいてもらったらいいわ」と言ってくれました。
母は「ご迷惑じゃないですか」と恐縮していましたが、妻の両親は「気にしなくていいよ」と笑ってくれました。私たちも話し合い、母にはもうしばらく沖縄で暮らしてもらうことになったのです。
その後は、妻の両親と一緒に食事をしたり、近所を散歩したりするだけでなく、家庭菜園の経験を生かして、義父が趣味で手入れしている畑を手伝うことも増えていきました。久しぶりに穏やかな表情を見せる母に、私もほっとしました。
姉から母のお金について連絡が
母が沖縄に来て半年ほどたったころ、姉から私に連絡がありました。
「お母さん、通帳とか印鑑とか、持っていったの?」
なぜそんなことを聞くのか尋ねると、姉は、「家の設備で修理したいところもあるし、お母さんの貯金から少しくらい出してもらえると思ってたんだけど。お母さんの家なんだし、それくらい当然じゃない?」と言ったのです。
私は耳を疑いました。母に家を出るよう求めておきながら、今度は母のお金を当てにしていたからです。私が「母さんの家だからこそ、母さんを追い出しておいて金だけ出してもらうのはおかしいだろ」と伝えると、姉は不満そうでしたが、それ以上は何も言いませんでした。
母は通帳や印鑑を自分で管理していました。母自身も姉に対し、「これからの生活に必要なお金だから、あなたたちのために自由に使っていいお金ではないよ。家の修理についても、これからどうするか私自身で考えるから」とはっきり伝えたそうです。
それから半年ほどたったころ、今度は姉から私に「少しお金を貸してほしい」と連絡がありました。姉によると、実家で暮らせば家賃を抑えられると思っていたものの、古い家だったため、予想していなかった設備の修理や手入れに出費が重なったとのことでした。
私は、「母さんに家を出てもらってまで自分たちの生活を優先したのに、今度は母さんや俺のお金を当てにするのは違うんじゃないか?」と伝え、金銭的な援助は断りました。姉はしばらく黙った後、電話を切りました。
一方、母は沖縄での暮らしにもすっかり慣れました。母は今後、姉夫婦にこのまま住んでもらうかどうかも含め、実家をどうするか自分で考えていくと話しています。
まとめ
母が家を離れることになったと聞いたとき、遠く離れて暮らしていた私は、「もっと早く様子を聞いていれば」と後悔しました。一方で、母自身が今後の暮らしやお金について自分の意思をはっきり伝えられるようになったことに、少し安心もしました。
今回の出来事を通して、家族であっても、住む場所やお金について一方の都合だけで決めてしまえば、相手の生活そのものを揺るがしてしまうのだと感じました。また、母と離れて暮らしていたからこそ、普段から近況を聞き、困ったときに話してもらえる関係でいることの大切さについても改めて考えました。
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家族であっても、住まいやお金について本人の意思を置き去りにしていいわけではありません。今回、母親は自分の家にいられない状況になりましたが、周囲の支えを受けながら、これからの暮らしや財産について自分で考え、意思を伝えることができました。身近な関係だからこそ、相手の都合や気持ちを尊重することの大切さを改めて考えさせられるエピソードでした。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています
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