厳しい父に反発していた若いころ
若いころの私は、父とよくぶつかっていました。父は昔気質で厳しく、門限や交友関係にも口を出す人でした。当時の私は、何かと干渉されることが嫌で、顔を合わせるたびに反発していました。
就職してからも、父の言葉を素直に受け止めることができませんでした。心配して声をかけてくれていたのかもしれませんが、私はついきつい言い方をしてしまうことが何度もありました。
小さく見えた病室の父
ある日、母から「お父さん、最近元気がないのよ」と聞きました。しかし、そのころの私は忙しさを理由に、実家へ帰る回数が減っていました。
そんな中、父が突然倒れ、入院することになりました。病室で会った父は、以前よりもずっと小さく見えました。厳しく、強い存在だと思っていた父の弱った姿を目の前にして、胸が苦しくなったことを覚えています。
私は、これまで反抗ばかりしてきたことを謝りたいと思いました。本当は「ごめんね」と伝えたかったのです。しかし、照れくささと後悔が入り交じり、どうしても言葉にできませんでした。
引き出しにしまわれていた思い出
結局、父は退院することなく亡くなりました。葬儀を終えた後、父の机の引き出しを開けると、私の子どものころの写真が大切にしまわれていました。
そこには、私が初任給で父に渡した安物のネクタイも残されていました。父がそのネクタイをずっと大切に持っていたことを知り、涙が止まりませんでした。
厳しい言葉の裏で、父はずっと私のことを大切に思ってくれていたのかもしれない。そう気付いたときには、もう父に気持ちを伝えることはできませんでした。
まとめ
家族だからこそ、照れや意地が邪魔をして、素直になれないことがあります。私も、言葉にしなくても気持ちは伝わっていると思っていたのかもしれません。しかし、父を亡くしてから、伝えられるうちに言葉にすることの大切さを痛感しました。今でも、あの病室で「ごめんね」と言えなかったことが、心に残っています。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:高橋洋子/60代女性・パート
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年8月)
※一部、AI生成画像を使用しています。
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