娘が小学4年生の冬、とある私立中学の吹奏楽部の演奏を聴く機会がありました。娘はその演奏にすっかり引き込まれ、「この学校に行きたい」と言い出したのです。
夫とも話し合い、私たちは娘に中学受験をさせることにしました。
ところが、義母は強く反対しました。「お金も労力ももったいないわよ。どうせ受かりっこないんだから。そんなお金があるなら、私を海外旅行にでも連れて行ってほしいわ」
私が言い返そうとしたそのときです。新聞を読んでいた義父が、顔も上げずにぽつりと言いました。
「……好きにやらせてやれ」
それ以来、娘は毎日机に向かうようになりました。
合格の知らせにも、義母は冷たいまま
娘が遅くまで勉強をしていると、キッチンに小さなおにぎりが置かれていることがありました。ラップに包まれた、夜食用のおにぎりです。
娘に聞くと、「おじいちゃんが夜中に置いていってくれるの」と照れくさそうに教えてくれました。義父は義父なりのやり方で、娘の受験を応援してくれていたのだと思います。
そして6年生の冬、娘は志望校に合格しました。けれど義母は「どうせ補欠合格じゃないの? 勉強についていけなくて不登校になるわよ」と言って、喜んでくれません。
義父は「そうか」とだけ言いました。ただ、口元が少しだけゆるんでいます。
「……合格通知が届いたら、飾るか」と言って、義父は翌日には真新しい額縁を買って帰ってきました。
「合格通知なら破いたわよ」
それから1週間たっても、学校から発送済みと案内されていた合格通知書と入学手続き書類が届きません。私が義母に尋ねると、義母は平然と答えました。
「ああ、あれ? 破いて捨てたわよ。書類がなければ手続きもできないでしょ。公立で十分なんだから、学費がもったいないじゃない」
私の頭に真っ先に浮かんだのは、毎晩遅くまで机に向かっていた娘の背中と、不器用ながらもうれしそうにしていた義父の姿……。
義母への怒りが込み上げてきた私は「それはまずいことをしましたね。お義父さんが、娘の合格通知を飾るために額縁まで買っていたのをご存じですか? どうなっても知りませんよ」と義母に告げました。
「……は? あの人が? まさか」と義母。焦った様子がスマホ越しても伝わりました。
私はすぐに学校へ連絡し、書類を再発行してもらいました。幸い、入学手続きには支障がないとのことで、ほっと胸をなで下ろしました。
娘には何も話していません。せっかくの合格を、嫌な記憶にしたくなかったからです。
寡黙な義父が、初めて怒りをあらわにした夜
その晩、義父が「通知はまだか」と聞いてきました。私は義父に事実を伝えました。隣で聞いていた夫は言葉を失い、義母はうろたえるばかりでした
義母があれこれと言い訳をする横で、義父は言いました。
「お前が家の金を好き勝手に使ってきたことも、全部わかっていた。だが、今度ばかりは許せん」私は、義父があれほど感情を出す姿を初めて見ました。
義父はその場で、これからは家のお金をすべて自分が管理すると告げてカードや通帳を没収。私たちも夫婦で話し合い、義母に渡していた家族カードの利用をすぐに止めました。
数日後、義母は「私は家計を心配しただけなの。あの人に許してもらえるよう、あなたからも話してちょうだい」と頼んできました。
もちろんそんなわけがありません。私は、受験費用に備えて家計を見直したとき、義母のカード利用額が毎月の支出の3分の1を超えていたことに気付いていました。家計を圧迫するのは、娘の学費ではなく義母の浪費だったのです。
その事実を伝えると、義母はしばらく黙り込み、やがて力なくつぶやきます。
「あの人があんなに怒るなんて……。家族に興味のない、冷たい人だと思ってたのよ」
「お義父さんは、ちゃんと見ていましたよ。気づいていなかったのは、お義母さんのほうだったんじゃないでしょうか」
義母は何も言い返しませんでした。
その後の話
数カ月にわたる話し合いを経て、義父と義母は離婚することになりました。義母は今、実家のあった街に戻り、一人で慎ましく暮らしているそうです。
娘には、「おじいちゃんとおばあちゃんが、大人同士で話し合って決めたことだよ」とだけ伝えました。娘が、自分の受験がきっかけだと思わないよう、夫と何度も言葉を選んで伝えたつもりです。
義父は入学祝いとして、娘に腕時計を贈ってくれました。あとで夫から聞いたところ、義父は自分の年金をこつこつ貯めて、その腕時計を用意してくれたそうです。
娘は今もその腕時計を毎日着け、吹奏楽部と勉強に励んでいます。再発行してもらった合格通知書は、義父が買ってきた額縁に入り、今も義父の部屋に飾られています。
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子どもが自分で「やってみたい」と決めた挑戦は、結果がどうであれ、大きな経験になるもの。大人の物差しで「無理だ」「もったいない」と決めつけてしまうのではなく、まずは子どもの声に耳を傾け、「頑張りたい」という思いを応援してあげたいですね。
【取材時期:2026年8月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。