「すごい偶然! 荷物を運んでいるとすぐ手伝いに来てくれる、裏表のない子だったよ」
懐かしい気持ちになって当時を思い返していると、夫は不機嫌そう……。
「やけに褒めるじゃん。ああいう八方美人は苦手だね。……まあ、お前が誰に興味持とうが、俺には関係ないけど」スマホに目を落としたままのそのひと言が、妙に胸に刺さりました。
それ以降、不妊治療の話をしても上の空で、通院に付き添ってくれることもなくなり、帰りは毎晩のように遅くなりました。夫の気持ちが少しずつ離れているような気がしていたのです。
一度だけの相談
それから5カ月ほどたった夜、日付が変わるころに帰ってきた夫のスーツから、私のものではない甘い香水の匂いがしました。問いただしても、「会社のやつらと飲んでいただけだって」と取り合ってもらえません。
治療のことで心配をかけている親や友人には、とても相談できませんでした。夫の会社での様子を知る手段は、ひとつだけ……。
何日も迷った末、高校のサッカー部のグループLINEに残っていた後輩のアカウントにメッセージを送り、電話で話をさせてもらうことにしました。
「先輩! お久しぶりです。ご主人、会社でいつも嫁自慢してますよ。ケーキ作りがうまいって、最近では手作りケーキを職場に持ってきてくれたこともあって」
しかし、ケーキなど作ったことがありません。一瞬引っかかりはしたものの、夫が手土産をそう言って配ったのだろうと聞き流してしまいました。
そして本題——。香水のことを打ち明けると、彼は少し考えてから答えました。
「匂いが移るほど強い香水をつけてる人は、うちの部署にはいないと思います。あれだけ嫁自慢してるご主人が浮気なんて考えにくいですよ。電車で移ったんじゃないですかね」
治療がうまくいっていない上、休職中の私……。ひとりで過ごす時間が多いからか、考えすぎてしまったのかもしれません。そして、言葉を選びながらやさしい言葉をかけてくれる後輩の誠実さに、少しだけ心が軽くなりました。
3か月後に届いた「おめでとうございます」
それからさらに3か月後、後輩からLINEが届きました。
「ご主人、今日から有給をとって1週間お休みだそうですね。飲み会で『嫁が妊娠したけど、つわりがひどくて』と話していたの聞きましたよ。治療のことを伺っていたので本当にうれしくて! おめでとうございます」
しかし、私は妊娠していません。今月も、結果は陰性だったばかりです。そして休暇だという夫は、今朝もいつもどおり「行ってくる」と家を出たはずでした。
「私、妊娠してないの」と伝えると、「え……。でもご主人、最近ちょくちょく有給をとっていて、『嫁の健診の付き添いだ』って……」と後輩は続けます。
夫が今朝もいつもどおり出勤していったこと、そして以前聞いた手作りケーキも、私は一度も焼いた覚えがないことを伝えると、後輩からの返信は止まりました。
しばらく考えていたのでしょう、少し時間が空いてから「ご主人が自慢してた『嫁』って先輩のことだとばかり思っていました。すみませんでした。力になれることがあればなんでも言ってください」というメッセージが。
もちろん後輩に落ち度はありません。それに、私にだって、信じたい気持ちがあったのです。
「嫁」は、私ではなかった
夫は何かを隠しているに違いありません。私が通院するときは一度も休んでくれなかったのに、別の誰かの健診には有給をとってまで付き添っていたのです。2年間、注射の痛みにも毎月の落胆にも耐えてきたのに——。
私がずっと願ってきたものを、夫は別の場所で手に入れたのかもしれません。手が震え、しばらくソファから立ち上がれませんでした。
それでも、ここで感情的に問い詰めれば言い逃れされてしまうでしょう。そう思い直し、まずは事情をたしかめることにしたのです。
調査会社に依頼すると、すぐに結果が出ました。夫は毎朝、ある女性のマンションに通っていたのです。予想どおり、女性は妊娠しているようでした。
夫が職場で「嫁」と呼び、自慢していたのは、私ではなくこの女性だったのです。手作りケーキを焼いたのも、健診に付き添われていたのも、すべて彼女。夫は職場で、彼女をすでに妻であるかのように扱っていたのでした。
報告書を読み終えても、不思議と涙は出ませんでした。悲しみよりも、「もう終わりにしよう」という気持ちのほうがはっきりしていたのです。
逆ギレ夫
その夜、まだ帰宅しない夫に、私はメッセージを送りました。
「会社で『嫁が妊娠した』って話して、有給をとってるんだってね。私は妊娠していないけど……」
「あなたの同僚で、私の高校の後輩。お祝いの連絡をくれたの」
「私、いつ妊娠した? ちゃんと説明して!」
すると夫は「は? あいつとこそこそ連絡取ってたのかよ」と逆ギレ!
私は怯まず「一度だけね。あなたの浮気を疑って相談したら、あなたに限ってそれはないってかばってくれたんだよ」と返信しました。
私が証拠となる写真を送ると、観念したのか夫は不倫を認めました。そして、開き直ったようにこう続けたのです。
「近いうちに離婚を切り出すつもりだった。あいつとは子どもが生まれたら一緒になるって決めてたんだよ。会社で嫁って呼んでたのも、あいつのことだ。俺の中では、もうお前は嫁じゃなかったんだよ」さらに、最後にこう言いました。
「そもそも、なかなか妊娠できなかったお前にだって、原因はあるだろ?」
そのひと言で、決心は強固なものに……。
私は夫に「今後のことは、弁護士の先生を通してお話しします。あと、この家は私の両親のものだから、出て行ってほしい」と伝えました。
その夜、夫は後輩に電話をかけ、「余計なこと言いやがって」と怒鳴ったそうです。けれど彼は、「奥さんを裏切って、職場のみんなにも嘘をついていたのはそっちでしょう」と言い返してくれたといいます。
夫は数日のうちに荷物をまとめ、家を出ていきました。職場では、夫が口をすべらせたことをきっかけに「嫁」と呼んで自慢していた相手が、実は不倫相手だったことが知れ渡ったとのこと。居づらくなった夫は、ほどなく退職したそうです。
それぞれのその後
数カ月後、調停を前に、弁護士の先生同席のもと、夫と話す機会がありました。夫は慰謝料を減らしてほしいと、何度も頭を下げてきます。
「仕事も辞めたし、子どもも生まれるんだ。この金額じゃ、育てていけないんだよ」
私は、まっすぐ夫を見て言いました。「生まれてくる子に罪はないよ。その子の生活は、父親として責任を持って守って。でもそれと、あなたたちが私にしたことの償いは、別の話だから」
離婚が成立したのは、夫に家を出てもらってから半年ほどたったころ。弁護士の先生のおかげで、元夫と相手の女性それぞれから慰謝料を受け取ることができました。
離婚後に元義母から届いたお詫びの手紙によると、元夫は再就職し、相手の女性と生まれた子どもと3人で暮らしているそうです。ただ、慰謝料の支払いもあって生活は楽ではなく、相手の女性の実家に頼りながらなんとか暮らしていると書かれていました。
後輩の彼とは、離婚成立後しばらくして、お礼を兼ねて食事に行きました。そこで初めて、高校時代からずっと私を想ってくれていたと打ち明けられたのです。今は少しずつ、ゆっくりと関係を育てています。
◇ ◇ ◇
生まれてきた命に、罪はありません。まずは親としての責任を、きちんと果たしてほしいものです。
そして、寄り添い、支えるべきだったのは、不妊治療に向き合う妻だったはずです。不安でつらい時期だからこそ、夫婦で支え合いたいもの。嘘をつかず、誠実に向き合うことの大切さを改めて感じさせられます。
【取材時期:2026年8月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。