やけに協力的な夫と義母
以前から「家庭を犠牲にするなよ」「俺より稼ぐのがそんなにうれしいのか」と言っていた夫。義母も夫に同調し、「そろそろ孫の顔を見せてほしいわ」とたびたび口にしていました。
しかし、今回のプロジェクトには絶対に参加したいと考えていた私。嫌味を言われるのを覚悟で義母に切り出してみると、「あら、いいお話じゃない」「息子には私からも言っておくから、気にせず行ってきなさい」と意外な返事が。
思わず「えっ、いいんですか?」と聞き返すと、義母はにっこり。私は面食らってしまいました。
その日の夜――。
義母から話を聞いたらしい夫。さすがに反対されるだろうと思っていたのですが……。
「お前の仕事のこと、応援するよ」「俺のことは気にしなくていいから」と夫。予想外の反応に驚きましたが、応援してくれることは素直にうれしく思いました。
「ありがとう! 準備が整い次第、早めに向こうに行くことになりそう」と言うと、「早い方がいいんじゃないか。その分、成果も出せるだろ」と夫。
あまりの物分かりのよさが少し引っ掛かったものの、私は上司に返事をし、準備が整うと海外へ飛び立ちました。
私のいない家の違和感
海外出張開始から3カ月――。
初めての海外生活はなかなか大変でした。ようやく落ち着いて、夫に「久々に顔を見たいな」と送ると、夫は家で撮った写真を送ってくれました。
変わらない夫の顔にほっとしたのも束の間、背景に違和感を覚えた私。夫は家事が得意ではないのに、部屋がやけに片付いているのです。
「ちゃんと食べてる?」と聞くと、和食の写真が送られてきました。しかし、そこには見覚えのない食器が写っていました。夫は自分で食器を買うようなタイプではないのに……。
「誰か家に来ているの?」と聞くと、「母さんがたまに来てくれてるんだよ。疑うのか?」と不機嫌になった夫。遠距離での喧嘩は避けたかった私は、「ごめんね」とすぐに謝りました。
しかし、そのとき覚えた違和感は正しかったのです。
帰国した私を待ち受けていたもの
さらに3カ月後――。
プロジェクトは想定より順調に進み、現地チームへの引き継ぎが前倒しで完了。私の出張は6カ月で区切りがつき、帰国することになりました。
「明日の便で帰国できることになったから待っててね♡」
「え、急すぎるだろ……。今は帰ってこない方がいい」
「どうして?」と聞くと、「仕事が忙しくて、家も散らかってるんだよ」「しばらく実家かホテルに泊まったらどうだ」と夫。
自分の家に帰るなと言われる理由がわかりません。「私に見られたくないものがあるの?」と聞くと、「そんなものないって言ってるだろ!」と逆ギレ。
「本当のことを言うと、もう玄関の前なんだけど」
「え?」
実は、すでに帰国していた私。3カ月前の違和感がどうしても拭えず、夫の反応を確かめるために、あえて「明日の便」と伝えたのです。平日の昼間で、夫は仕事に出ている時間です。そのまま鍵を開けて家に入りました。
久々のわが家。そこには見知らぬ色違いのマグカップと歯ブラシ。洗面所には女性ものの化粧品と服。リビングのテーブルの上には、「今日はバイトで遅くなるから先に食べてね。お義母さんからもらった漬物もあるよ」というメモが置かれていました。
ある程度予想はしていたものの、やはりショックでした。それでも私は、部屋の様子を1つずつ写真に収めていきました。
そして、撮った写真を夫に送りました。
「ずいぶん楽しく暮らしているみたいね」「しかも、お義母さんも知っているの?」
既読はすぐについたものの、返信はありません。数分後、スマホが鳴りました。夫からの電話です。私は念のため録音を始めてから、電話に出ました。
「ち、違うんだ、これは……」と上ずった声の夫。「何が違うの?」と聞くと、長い沈黙のあと、「実は、母さんの紹介で……」と言い出したのです。
問い詰めると、夫はぽつりぽつりと話し始めました。私の出張が決まったとき、義母から「ちょうどいい子がいるのよ」と持ちかけられたこと。相手は義母のパート先の若い女性で、私が出発した翌週には、義母が「息子の食事の世話をしてあげて」と家に連れてきたこと。ほどなく深い仲になり、女性は私の存在を知ったうえで、この家で寝泊まりするようになったこと。義母はそれに気づいても、止めるどころか喜んでいたこと――。
早く孫がほしいと言い続けていた義母。あの日のにこやかな「気にせず行ってきなさい」は、応援ではなく、私を遠ざけるための言葉だったのです。夫の物分かりがよかった理由も、ようやくわかりました。
「頼むから離婚だけは勘弁してくれ!」と言う夫に、私は「その人と一緒になればいいじゃない」と返しました。すると、「あの子と一緒になったって、今みたいな暮らしはできないよ」「この生活を手放したくないんだ。もう二度としないから考え直してくれ!」と夫。
この家の家賃も生活費の大半も、私が負担していました。夫が惜しんでいるのは私ではなく、今の生活なのだとよくわかりました。
「私はあなたの財布じゃない。もう一緒には暮らせないから、今月中に出ていってほしい」
「ま、待ってくれ! 俺はどこに住めばいいんだよ!」
「お義母さんに相談したら? いい人を紹介してくれるくらい、面倒見がいいみたいだし」
電話の向こうで、夫は言葉を失っていました。「今後は弁護士を通して連絡します。この通話も録音してあるから」と告げて、私は電話を切りました。
義母の言い分
その日のうちにホテルへ移り、翌日、弁護士に相談した私。部屋の写真とメモ、夫が不倫を認めた通話の録音を見せると、弁護士からは「十分な材料になります。元のデータは消さずに残しておいてください」と言われました。
数日後、義母から電話がかかってきました。
「夫婦のことに弁護士なんて大げさよ」「そもそも、仕事ばかりで孫も産まないあなたにも原因があるでしょう」
悪びれる様子のない義母に、私は淡々と伝えました。
「お義母さんのところにも、弁護士から書面が届くと思います」
「え?私にも?私は紹介しただけよ!?」
「不倫を積極的に手助けした場合は、責任を問える可能性があるそうです。それから、お義父さんにも事情はすべてお伝えしました」
電話の向こうで、義母が息をのむのがわかりました。義母は、義父には何も話していなかったようです。「ちょっと待って、お父さんには私から……」と慌てる声を最後に、私は電話を切りました。
その後――。
夫と女性の荷物は、弁護士を通じて期限を決め、引き取ってもらいました。義父は「本当に申し訳ない」と私に頭を下げ、夫と義母を厳しく叱責したそうです。
相手の女性は、弁護士からの書面が届くと夫と距離を置くようになったとのこと。住む場所も相手も失った夫は実家に戻り、観念した様子で協議に応じました。離婚が成立したのは、帰国から3カ月ほど後のことです。
元夫と相手の女性からは慰謝料を、元義母からは謝罪とともに解決金を受け取りました。元義父と元義母は、この件以来、家の中でほとんど口をきいていないそうです。
海外での成果が評価され、私は昇進が決定。今後は海外赴任も視野に入れて、さらにがんばっていこうと思います。
◇ ◇ ◇
身近な相手ほど、違和感を覚えても「気のせいだろう」と打ち消してしまいがちです。けれど、信頼が前提の関係だからこそ、裏切られたときの傷は深くなるものではないでしょうか。そうした場面で大切なのは、相手を問い詰めて変えようとすることより、事実を落ち着いて確かめ、自分の生活を守るための線を引くことなのかもしれません。
家族という近い間柄であっても、距離を置く選択が必要になるときはある。そのことを改めて考えさせられますね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。