ある夜、夫が軽い調子で言いました。
「新婚旅行さ、うちの家族も連れて行っていい? 妹が海外に行きたがってるし、親も30年以上海外に行ってないんだって」
夫の気持ちもわかりますが、新婚旅行くらいは夫婦2人で行きたいと思ってしまいます。私は「家族旅行はまた別の機会にしよう?」と返しました。
すると夫は「なんだよ、ケチだな。世話になってる家族に恩返ししたいだけなのに」と不満そう。しばらく言い合いが続きましたが、最後は夫が「わかったよ、また今度にする」としぶしぶ引き下がりました。
当時の私は、夫が理解してくれたと信じ、モヤモヤした気持ちを飲み込んでしまったのです。
夫がこだわった「両親の思い出の国」
新婚旅行の行き先は、南国のリゾート地に決めていました。ところが予約を済ませた1週間後、夫が別の国に変えたいと言い出したのです。
その国は義両親が新婚旅行で行った国だそう。「俺も同じ場所に行ってみたいんだ」と言います。ただ、当時はまだしも、今その国に行くのは治安の面で不安があります。
しかし夫は「心配しすぎだって。整備された国なんて行ってもつまらないし」と言って引きませんでした。
そもそも新婚旅行の費用のほとんどは私が出すことになっています。実は結婚後、夫に貯金がほとんどないことがわかりました。交際中は「ちゃんと貯めてる」と言っていたのに、です。
旅費の大半を払うのは私なのだからと説得し、なんとか行き先は予定どおり南国のリゾート地に。「俺がやっとくから」という夫に任せ、私は旅行会社に支払う旅費を夫に託しました。
予約確認のメールも夫のアドレスに届いていたので、私は詳細を気にも留めていませんでした。今思えば、それが大きな間違いだったのです。
出発当日、夫の姿がない
それから3カ月後、いよいよ出発の日を迎えました。前の晩、夫は「朝、実家に寄ってから空港に行く。スーツケースは空港に送っておいた」と言っていました。
朝起きると、夫の姿はもうありません。LINEを送ると、夫からは即返信が。その内容は信じ難いものでした。
「もう出発した。行き先変えたし、家族と行くことにしたから」
「親孝行して何が悪いの? 新婚旅行はいつでも行けるだろ?」
「俺の気持ちを理解できないなんて、嫁なんて所詮他人だな! 正直幻滅!」
行き先は、義両親が新婚旅行で行ったというあの国です。しかも、旅費には私が払った新婚旅行の代金をあて、足りない分は義両親が出したとのこと。
「親も30年ぶりで喜んでる。家族水入らずで楽しんでくるわ」と言うメッセージを最後に、連絡が途絶えました。私は「楽しんでね」とだけ返信をしておくことに……。
玄関には、私が荷造りしたスーツケースが置かれたまま。母に電話をかけると涙が止まらず……。母はそんな私の様子を察し「すぐ帰ってきなさい」と言ってくれました。
そのひと言があたたかく、私の気持ちは決まりました。この人とはもうやっていけません。
その日のうちに、迎えに来てくれた両親の車で実家に戻った私。夜になって、夫から届いたLINEには「着いたよ。街も普通だし、何も起きてない。心配しすぎだったろ」と書かれていました。
私は既読だけつけて、そのまま返事をしませんでした。
翌日、届いたSOS
翌日の午後、スマホを見ると夫から何件もLINEが届いていました。
「やばい、助けてくれ」
「市場を見て回ってたら、バッグごと盗まれた。パスポートも財布も入っていたのに……」
義両親のクレジットカードが入った財布も一緒に盗まれたようで、手元に残ったのは義妹の財布だけ。夫のパスポートがないため、予定していた帰りの便には乗れそうにないといいます。
「どうすればいいんだよ。言葉も通じないし」と夫からのメッセージが続きます。
夫が勝手に行ったとはいえ、気の毒に思った私は「まず現地の警察で盗難の届けを出して、証明書をもらって。それから大使館に連絡すれば、帰国のための手続きを教えてもらえるはず。カード会社にもすぐ連絡して止めてもらってね」と返信しました。
しかし「海外旅行保険は入っている?」と聞くと、「……高いから入ってない」と言う夫。治安に不安がある国に行くのに保険に入っていないなんて……。思わずため息が出ました。
すると、こんなメッセージが届きます。
「こんなことなら、お前の言うこと聞いておけばよかった。見捨てないでくれよ」
胸が苦しくならなかったと言えば嘘になります。でも、ここで手を差し伸べたら、きっとまた同じことの繰り返しになる「今頼るべきなのは警察と大使館だよ。帰ってきたら、離婚の話をさせてもらうから」と送って、やりとりを終えました。
その後
夫たちが帰国できたのは、予定より4日遅れてのことだったそうです。そのことを知ったのは、義母からの電話でした。ひとまず無事だと聞いて、少しほっとしました。
電話口で、義母は何度も謝ってくれました。保険に入っていなかったため、延泊したホテル代や帰りの航空券の取り直しにかかった費用は、すべて義両親が負担したそうです。
「息子に言われるがまま、あなたの気持ちを考えていなくて申し訳なかった」と、義母は力なく話していました。
それでも、離婚の気持ちは変わりません。話し合いには弁護士さんに間に入ってもらい、数カ月かけて離婚が成立しました。私が負担した旅費も、分割で返してもらうことで合意しています。
あのとき一度でも私の話を聞いてくれていたら、と思うこともあります。でも今は、早いうちに本当の姿がわかってよかったと、心から思っています。
◇ ◇ ◇
親を大切にしたいという気持ちは、決して悪いものではありません。ただ、新婚旅行は夫婦がこれからの人生を一緒に歩き出すときの、一度きりの特別な時間です。家族を思う気持ちと同じくらい、隣にいるパートナーの気持ちにも耳を傾けることが大切なのではないでしょうか。
もしお互いの意見が食い違ったとしても、一方的に押し通すのではなく、納得できるまできちんと話し合える関係を築けるといいですね!
【取材時期:2026年8月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。