ある日、義実家で食事をしていたときのことです。夫が「この前、俺が夕飯作ったんだよ」と口にすると、義母は箸を置いて私にこう言いました。
「息子に料理させているの? きっとあなたの料理に飽きたのね。実は私も前から思ってたの。あなたの料理って、なんだかつまらないのよ。お店のお総菜みたいで、気持ちがこもってない感じ」
夫は聞こえないふりをして、テレビのほうに目を向けていました。
そして義母は、いずれ同居をする前提で「毎日あなたの料理を食べるのはちょっとね。同居までに腕を上げておいてちょうだい」と続けます。夫は何も言ってくれず、私も義母の勢いに気後れしてしまい、反論できずにいました。
私は、帰りの車で「さっきの、ちょっと悲しかった」と打ち明けました。夫は前を向いたまま言いました。「母さんはああいう人だから、気にするなよ」結婚してから何度も聞いた言葉でした。
夫の趣味と、言えない事情
そもそも、夫が料理を始めたのは自分の趣味でした。YouTubeの料理動画にはまって、私が基本を教えるうちに、お菓子まで作るようになったのです。
「趣味でやってるってことは、母さんには言わないでくれよ。男が台所に立つの、嫌がる人だから」そう言われて、私は義母の誤解を解けないままでした。
それから3年。夫の会社の経営は厳しくなっていました。夫は家で仕事の話をしません。でも、夜中に通帳を眺めてため息をつく姿を、私は何度も見かけていたのです。
思い切って尋ねると、夫は「今ちょっと厳しいんだ」とだけ答えました。そんな姿を見て、私は外食を控え、食費を切り詰めるようになりました。
それなのに夫は、義母に頼まれるがまま仕送りを増額していたのです。
「誕生日のケーキも作っておいてね」
その年の義母の誕生日は、わが家で食事会をすることになりました。いつもの高級レストランに行くのは、家計が厳しかったのです。とはいえ本当の理由は言えず、夫は「今年は家でゆっくり祝おう」と義母に提案しました。
「準備はあなたに任せるわ。ケーキも作ってね。かわいいのがいいわ。腕が上がったか、チェックさせてもらうから」と義母。また文句を言われるかと思うと憂うつでしたが、夫が義母を祝いたいという気持ちを尊重し、とっておきのケーキを作るつもりでいました。
すると夫は意外なことを言い出しました。
「ケーキ、俺に作らせてくれないか。母さんを驚かせたいんだ。当日まで内緒な」
誕生日前夜、夫は遅くまでキッチンに立っていました。慣れない手つきでクリームを絞りながら、「母さん、喜ぶかな」とつぶやきます。
その横顔を見て、私は複雑な気持ちになりました。この人は母親のためならこんなに一生懸命になれるのに、私を喜ばせようとしてくれたことは一度もなかったのです。
「全部処分してちょうだい」
当日のお昼過ぎ、義母から「準備ができているか確認したいから、写真送って」とLINEが届きました。
料理とケーキの写真を送ると、義母からは思わぬ返信が……。
「今日のお祝いは、お友だちがすてきなレストランを予約してくれたから、そっちでやることにしたの。だから作ったものは処分しといて」
「せっかくの誕生日なのに、家でなんて味気ないじゃない。それにこのケーキ、形も崩れてるし、素人が作ったって丸わかりよ。あんなの食べる気しないわ」
私が「……本当に、処分していいんですか?」と確認すると「しつこいわね。いいって言ってるでしょ」と義母。
それでも夫が夜遅くまでかけて作ったケーキを、私は捨てることができませんでした。冷蔵庫に戻し、夫には「お義母さん、お友だちとレストランでお祝いするって」とLINEを送りました。
ケーキの秘密
私とのLINEのあと、義母は夫にも連絡を入れたようです。
「今日はお友だちとお祝いすることにしたから、そっちには行かないわね。家の料理は処分してもらったわ」
「ケーキも写真で見たけど、不格好でとても食べられそうになかったもの。あんなの食べたらおなか壊しちゃうわよ」
夫はしばらく黙ったものの「あのケーキ、俺が作ったんだけど」と明かしたそう。それを聞いた義母はひどく慌てたようです。
「だって知らなかったのよ! てっきりお嫁さんが作ったと思ったから……」
その言い訳が、夫の怒りに火をつけました。「誰が作ったかで言うこと変えるのかよ。もういい。仕送りのことも考えさせてもらうから」
私のせい?
義母との一部始終を夫から聞かされた数分後、義母から電話がかかってきました。「どうして息子が作ったって言わなかったの!」と私を責めます。
けれど私は夫から「当日まで内緒にしてほしい」と頼まれていました。その約束を守ったまでです。
「あの子、仕送りも考え直すって言ってるのよ。ケーキひとつでどうしてそこまで……」と続ける義母。
夫が隠してきたことを話すべきか、私は少し迷いました。それでもケーキひとつの感情論だと思われたままでは、義母は反省しない気がしてなりません。夫がどれだけ苦しい状況で仕送りを続けてきたのか、本当の事情を打ち明けることにしたのです。
「お義母さん、実は夫の会社、ここ数年ずっと厳しいんです」電話の向こうで、義母が息をのむのがわかりました。
「じゃあ私、そんなときに仕送りを増やしてなんて……。お願い、あの子に謝りたいの。あなたからも取りなしてくれない?」
しかしこれは義母と夫の問題です。私が間に入ることはできないとだけ告げて電話を切りました。
夫への不信感
その夜、帰宅した夫は、義母への不満が止まりません。私は黙って話を聞きながら、冷蔵庫からケーキを出し、ふたりで食べようとカットしました。
「捨ててなかったのか……」夫は、言われたとおりに処分したと思い込んでいたようです。夫のケーキは、見た目は不格好だったけれど、ちゃんとおいしいケーキでした。
食べ終わったころ、私は静かに言いました。「あなたが今日言われたようなこと、私はずっと言われてきたんだよ」
夫は一瞬黙ってから、こう答えました。「それとこれとは違うだろ?」
どう違うのか、理解ができませんでした。夫は、自分が母親の言葉で傷ついてもなお、それが妻の受けてきた傷と同じものだとは考えられないようです。この人と歩む将来を、もう思い描けなくなった瞬間でした。
その後のこと
数カ月後、私は夫に離婚を切り出すことに……。最初は反対していた夫も、私がこれまで感じてきたことを一つずつ伝えるうちに、最後には黙って受け入れてくれました。その後、何度か話し合いを重ね、離婚が成立したのです。
今は調理師としてまた厨房に立ち、一人で暮らしています。誰かに認められるためではなく、目の前のお客さんのために料理を作れる今の毎日が、私にはとても心地よく感じられます。
◇ ◇ ◇
誰かが作ってくれた料理には、メニューを考えて材料をそろえ、キッチンに立った時間と、「おいしく食べてほしい」という気持ちが込められているのではないでしょうか。好みに合わなかったとしても、作ってもらったことへの感謝は伝えたいものですね。
また今回のお話では、義母は作り手が息子だと知った途端に態度を変えました。そして夫は、自分が同じような思いをしてもなお、妻の痛みに気づけませんでした。
相手の立場に立って考えることは、簡単なようでつい忘れがちです。家族だからこそ「自分が言われたらどう感じるか」を一度立ち止まって考えてみたいものですね。
【取材時期:2026年8月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
※AI生成画像を使用しています