妊娠中の妻を追い出した夫と義母「家を出て行け!」妻「了解♡」→夫と義母が顔面蒼白!泣きつく事態に

私は20代の会社員です。授かり婚をした夫との話です。当時、結婚と妊娠が同時に訪れ、これから仕事と家庭の両立を頑張っていこうと思っていました。
しかし、そう思っていた矢先、夫が予想外のことを言い出したのです。
夫からの突然の提案
「あのさ、急で悪いけど、なるべく早めに仕事辞めてくれない?」
結婚したばかりのある日、夫が突然そう言い出しました。結婚前は、共働きで支え合っていくと話していたはずです。夫は続けて、「母さんもそのほうがいいって言ってるし」と付け加えました。
そしてその日以降、義母からも仕事を辞めるように催促する電話がかかってくるようになり、圧力が日に日に強くなりました。
義母の突撃がスタート
2人からの圧力に抗えず、私は仕事をいったん休職することにしました。
すると翌日から、義母が連絡もなく毎日のように家に来るようになりました。
「嫁たるもの、家のことを完璧にしなければいけない」と、彼女は掃除や料理の一つ一つに文句を言うのです。つわりで具合が悪く動けない日でもお構いなしで、家事をやれとうるさく言い続けるので私はすっかり参ってしまいました。
夫の真実の顔
夫にこの状況を相談しても、「今までは仕事を言い訳にしてたけど、もう仕事してないんだし、それもできなくなるんだからな!」「つわり? 病気じゃないんだから家事くらい完璧にやれよ」と冷たく言い放ち、義母の肩を持つばかり。
結婚するまで気付かなかったのですが、夫と義母は毎日連絡を取り合っており、夫は義母の言うことには逆らえないマザコンだったのです。さらに、夫は勝手に義母に私たちの家の鍵を渡してしまい、義母はいつでも家に勝手に入ってくるようになりました。
夫のあまりにも思いやりのない言動に、愛情は日に日に薄れ、すっかり消えてしまいました。
もう我慢の限界!私の決断
我慢の限界に達した私はある日、夫と義母の前で「離婚しましょう」と宣言しました。嫁の離婚宣告に怒った義母は「顔も見たくない! 出て行け!」と怒鳴り、夫も「ママに従え!」と言いました。私は小さく「分かりました」と返事をして、最低限の荷物だけを持ってひとまず家を出て、実家に身を寄せました。
数日後、必要な荷物を取りに戻ると、家の前に引っ越しトラックが停まっていました。驚いたことに、義母が勝手に自分の賃貸を解約し、私の家へ無断で引っ越してきたのです。トラックからは義母の大量の荷物が次々と運び込まれていました。
この家も土地も、私が祖母から譲り受けた私財です。私はあつかましい夫と義母との決別を決意し、この家を手放してこれから生まれてくる赤ちゃんと一緒に暮らしていこうと決めました。
私は権利書や株券などの重要な私財を持ち出し、実家近くの便利なマンションに引っ越しました。そして、不動産会社や専門家にも相談しながら、自宅の売却準備を進めると同時に、夫には退去期限を伝えました。
夫たちと決別
猶予期間が過ぎ、夫と義母が不満を漏らしながらも荷物をまとめて退去したのを確認したところで、私はすぐに自宅の売却契約を完了させました。離婚準備を順調に進め、すべての手続きが整ったタイミングで「家はもう売却の手続きを終えたから。二度と戻ってこないでね」と夫に伝えると、すごく慌てた様子を見せました。
どうやら夫と義母は、私が本気で離婚すると思っていなかったようです。住む家まで失うと知り、離婚を阻止しようと必死になりました。
「出て行けなんてうそだよ、本気にするなんて。赤ちゃんのためにやり直そう?」と夫。義母は「私も一緒に住んであげるわ。赤ちゃんの面倒を一緒にみてあげるし、こんなにいい条件はないでしょ?」などと言ってきましたが、そんなのこっちから願い下げです。
私は「夫婦の間に思いやりがなくなったら終わりだよ。妻より義母の味方ばかりの夫なんて要らない。そんなにママが好きなら、ママとまた暮らせば? じゃあね」と夫に別れを告げました。
◇ ◇ ◇
その後、離婚が成立。私は無事に出産し、両親に助けてもらいながら、赤ちゃんとの生活を始めました。つらい経験をしましたが、今はとても幸せです。他人に干渉されない生活に、改めて心地よさを感じています。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、妊娠中の女性が夫と義母から退去を迫られました。しかし女性は静かに家を出たあと、夫と義母にとって思いもよらない形で、2人との決別を進めるのでした。
続く2つ目のエピソードでは、同居中の義母から、義妹の里帰り出産を理由に家を出るよう言われた女性が登場します。妊娠後期の女性を軽く扱った義母は、やがて家族から見放されることになり……。
「だって娘のほうが大事♡」妊婦の私を追い出した義母⇒1カ月後「早く帰ってきて」と泣きついたワケ

結婚を機に、夫の実家で義父母と同居することになりました。義母はいわゆる「仕切り屋」で、家のことは自分の思い通りにしないと気が済まない人でした。最初は「できるだけ合わせればうまくいく」と思い、多少の嫌みも受け流そうとしていたのです。
しかし同居を始めてすぐ、外出から戻れば「朝から家事をサボっていた」と責められ、体調が優れない日には「体が弱い」「気が利かない」という言葉を向けられる日々が続きました。
夫も義父も、折々に義母へ注意を促してくれていましたが、状況はなかなか変わりません。不満な気持ちは少しずつ、確実に積み重なっていきました。
ある日、「同居して損した気分だわ。体が弱いし、気が利かないし」という言葉を向けられました。嫁としての務めを果たせていない、孫の顔を見るのはまだまだ先になりそう、とぐちぐち話します。
我慢の限界を迎えた私は、安定期まで黙っているつもりでいた妊娠を義母に告げました。実は少し前に妊娠が分かり、3カ月目に入っていたのです。
すると義母の態度は一変しました。「早く言いなさいよ!」と喜び、お赤飯の話まで持ち出してきました。ほっとする気持ちがある一方で、あれほど責め立てていた人が瞬時に変わる様子に、複雑な思いが芽生えたのもたしかです。
この喜びは純粋なものなのか、「孫を産む存在」として期待されているだけではないのか——そんな思いが頭をよぎりました。
容赦ない義母
そんな喜びも束の間。妊娠を伝えても、義母からの扱いは変わりませんでした。めまいが続く体調の悪い日も、掃除や庭の草取りを命じられます。
「妊娠による体調の変化かもしれない」と伝えると、「精神力が足りないのよ。母親になったのだからもっとしっかりしなさい」と跳ね返されるだけでした。
さらに、生まれてくる子の性別への執着も強まっていきました。「体が弱い子は嫌よ」「男の子を産んでもらわないと困る」という言葉も飛び出します。
「私はどんな子でも大切に育てたいと思っています」と返すと、「あなたはそうでも私は違うの」と即座に被せられました。
義母の価値観と私の気持ちの間には、埋めようのない溝があります。私はただ謝り、部屋に戻ることしかできなかったのです。
妊婦を追い出す!?
妊娠が後半に差し掛かったころ、定期健診を終えて帰宅した私に、義母は突然告げました。「娘が里帰り出産することになったから、しばらく出て行って」
時を同じくして妊娠していた義妹が、予定を変更して実家に帰ってくることになったそうです。
頭が真っ白になりました。「私も妊娠中なんですが……」と声を絞り出すと、義母は「娘の子が優先に決まってるでしょう」と言い切りました。
義妹は双子を妊娠しており、大変な状況であることは理解しています。しかし私には、どうしても納得できないことがありました。
もともと義母は「里帰りをするなんてありえない! ここで産みなさい」と言い続けていたのです。そのため里帰り出産は視野に入れずにいました。妊娠後期に新たな産院を探して転院するのは、産院が少ない私の地元では簡単ではありません。
それなのに義母は「まだ数カ月あるんだからどうにでもなるでしょ。今月中には出て行ってね」と続けました。
妊娠後期に入った状態での急な転居は、心身ともに大きな負担です。混み合う時期に産院を変え、新しい病院を探すことは決して容易ではありません。
一向に引かない義母に呆れ「分かりました」と答えながら、私の中である覚悟ができました。
秘密の計画
その日以来、私は夫と話し合いを重ねました。夫も以前から義母の態度に強い不満を持っており、いつか同居を解消したいと考えていたとのこと。
義父もまた、私への扱いを問題視して何度も義母に注意していたものの、一向に態度の変わらない義母に愛想を尽かしていたようです。3人で話し合い、新居を探すことにしました。
そして私はなんとか里帰り出産できるように手配をし、実家に帰省。その間に夫と義父は、義母の留守を見計らって荷物を少しずつ運び出してくれました。
私たちがもともと義実家の家具を使っており運び出す荷物が少なかったことや、義妹の里帰りで家の中が慌ただしかったこともあり、義母は私たちの動きにはまったく気付かなかったようです。
1人になった義母
出産して1カ月が経ったころ、義母から「いつまで実家にいるの、早く帰ってきなさい」と電話が入りました。どうやら義妹と喧嘩になり、早々に里帰りを切り上げられてしまったとのことでした。
私は言いました。「もう帰るつもりはありません」
義母が「なにを言っているの」と声を荒らげる中、夫と義父がすでに新居を契約し、自分たちの荷物も運び出していることを淡々と伝えました。
「そんなこと許さない」と義母は言いましたが、だからといって計画をやめるつもりはありません。まもなく最後の荷物を運び出して同居は完全に解消。義父も義母との離婚を決めており、これから協議を進めるそうです。
そう伝えた途端、義母は言葉を失いました。しばらくして謝罪の言葉が続きましたが、もう遅いのです。
「今後一切、お義母さんに会うつもりはありません」同居中の理不尽な扱い、妊娠中に家事を強いられたこと、突然の追い出し——それらをきちんと認めてほしいと伝えると、義母は「ごめんなさい」と繰り返すばかりでした。
義母の末路
通話の後、義母の連絡先をブロックしました。夫経由で謝罪の連絡が繰り返し届きましたが、夫もまた義母の態度に長く不満を抱えていたため、夫婦ともに関係を修復する気持ちにはなれませんでした。
反省はしているようですが、私には関係のない話。子どもが自分の意思で「会いたい」と言う日まで、このまま距離を保つつもりでいます。今は夫と穏やかな日常を積み重ねながら、ようやく自分らしい暮らしを取り戻してきました。
◇ ◇ ◇
妊娠中の体調不良は決して「精神力」の問題ではなく、新しい命を育む中で起こる心身の大きな変化です。そして、新しい家族を迎える準備において最も優先されるべきは、妊婦さんが心穏やかに過ごせる「安心できる環境」にほかなりません。
つらいときは無理をさせず、家事を代わったり横になる時間を十分に作ってあげたりする配慮こそが、何よりも必要だったのではないでしょうか。経験者だからといって自分の物差しで測るのではなく、目の前の相手の気持ちを受け入れ、寄り添うやさしさがあれば、結果は違ったものになっていたでしょう。
家族として新しい命を心待ちにしているのなら、その命を育んでいる母親の心と体を、誰よりも先に守ってあげなければなりませんね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、妊娠中に“出て行け”と言われた女性たちが、本当に戻らなかったエピソードをご紹介しました。
夫と義母から退去を迫られたり、義妹の里帰り出産を理由に同居中の家を出るよう言われたり。どちらの女性も、本来なら守られるべき妊娠中に、身近な家族から理不尽な扱いを受けてしまいました。
妊娠中は、心身ともに大きな負担がかかる時期です。家族だからといって、相手を思い通りに動かしたり、安心できる居場所を奪ったりしていい理由にはなりません。つらい状況を我慢し続けるのではなく、自分とおなかの子を守るために、信頼できる人と相談しながら安心できる環境を選ぶことも大切ですね。