夫の実家で感じた親子の距離感への違和感
初めて夫の実家を訪れたときのこと。
義母が夫のことをちゃん付けで呼んでいたことに少し驚いた私。さらに、夫も大人になってからずっと義母を「ママ」と呼んでいたようです。
もちろん、親子の呼び方や距離感は家庭によって違います。仲が良いこと自体は悪いことではありません。
それでも、義母が夫の身の回りのことに細かく口を出し、夫もそれを嫌がるどころか当たり前のように受け入れている様子を見ていると、私は少しモヤモヤしてしまいました。
「親子の関係なんて家庭によって違うし、私が気にしすぎなのかも」
当時の私はそう考え、それ以上深く追及しませんでした。夫との将来を信じていましたし、結婚前から義母との関係を悪くしたくないという気持ちもあったのです。
その後、私たちは結婚。しばらくして妊娠がわかると、夫もとても喜んでくれました。
私はこれから家族3人で穏やかな家庭を築いていけるものだと思っていました。ところが、その期待は出産前から少しずつ崩れていったのです……。
出産直前にやってきた義母
出産予定日が迫ってきたある日、突然わが家のインターホンが鳴りました。
玄関を開けると、そこには大きなキャリーバッグを持った義母が。そして、私が事情を尋ねるより先に、義母はこう言ったのです。
「今日からここに住むからね! 息子から聞いてるでしょ?」
私は耳を疑いました。義母と同居するという話なんて、夫から一度も聞いていなかったからです。
「私は何も聞いていません。突然来られても困ります。今日は一度帰ってください」と伝えましたが、義母は納得しません。
「嫌よ。息子の家でしょ? 息子から許可は取ってあるんだから!」
どうやら夫と義母の間では、私の知らないところで同居について話を進めていたよう。これから出産を控えている時期に、相談もなく義母との同居を決められていたことが信じられませんでした。
「まず夫婦で話し合います。それまでは一緒に暮らせません」
私はそう伝えたのですが、義母は頑として動きません。結局夫が帰ってきてから、3人で話し合うことにしました。
そして、夫の帰宅後――。
私の話をちゃんと聞かないまま、夫は義母の肩を持ったのです。
「ママを追い返そうとするなんて、冷たくない? そんなことするなら、お前とはやっていけない。離婚だよ」
あまりにも簡単に「離婚」という言葉を口にする夫に、私も頭に血が上ってしまいました。思わず、「そこまで言うなら、離婚でもいい」と返してしまったのです。
すると、それまで黙っていた義母が慌てて止めに入りました。
「もうすぐ赤ちゃんが生まれるんだから、離婚なんてやめなさい!」
結局、その日はそれ以上話が進まず、義母も帰ることに。しかし、一度生まれてしまった夫への不信感は、簡単には消えませんでした。
それから夫婦の会話は減り、ストレスからか、夫は次第に仕事を休むように……。出産を目前に控えた私は、夫との関係や将来に大きな不安を抱えるようになっていました。
出産後、初めて娘を抱いた義母の発言にあぜん
私は出産に備えて実家へ里帰りし、無事に娘を出産。産後しばらくは実家で両親に助けてもらい、娘が生後2カ月ほどになったころ、自宅マンションへ戻ることにしました。
すると、ほどなくして義母がやって来ました。
義母は娘を見るなり大喜び。そこまでは私も、孫がかわいいのだろうと思っていました。
ところが、娘を抱き上げた義母は、耳を疑うようなことを言い始めたのです。
「ほら、ママですよ〜」
最初は言い間違えたのかと思いました。しかし、義母は私に向かって笑顔で言葉を続けたのです。
「この子は私が育てるから。あなたはもう用済みよ」
私はあぜんとしてしまいました。それでも義母の言動は止まりません。
以前、夫婦げんかの際に私が「離婚でもいい」と口にしたことまで持ち出し、「前に離婚するって言っていたわよね? 赤ちゃんも無事に生まれたんだし、あなたは実家に戻ればいいじゃない」と言い出したのです。
さらに義母は、娘につけた名前にまで口を出し、「私だったらこの名前にしたのに」と、自分が以前から考えていた女の子の名前を何度も呼び始めました。
義母には、長い不妊治療の末にようやく夫を授かったという経緯があったそうです。そして本当は女の子も育ててみたかったのだと、以前聞いたことがありました。
娘が生まれたことで、その思いが再び強くなってしまったのかもしれません。しかし、だからといって私の娘を自分の子どものように扱っていいはずはありません。
私はそばで見ていた夫に助けを求めました。当然、夫が義母を止めてくれると思っていたのです。
ところが夫の口から出たのは、想像もしなかった言葉でした。
「ママは子育て経験があるんだし、任せたほうがお前も安心じゃない?」
その瞬間、私の中で何かが切れました。夫は私と一緒に娘を育てるのではなく、義母に任せればいいと本気で考えていたのです。
私はそれ以上言い争わず、「……わかりました」とだけ答えました。しかし、そのときにはすでに、娘を連れてこの家を離れる覚悟を決めていました。
娘との生活を守るため
もちろん、私が決意を固めただけで、直ちに離婚が成立するわけではありません。
義母が私と娘を引き離したり、私に代わって娘の親権者になったりできるわけでもありませんが、この家にとどまれば、これからも義母の干渉が続くでしょう。夫が守ってくれない以上、自分自身のことは自分で守らなければと思いました。
翌日、夫が仕事に向かったあと、私は娘を連れて再び実家へ戻り、両親に事情を説明しました。
その後、帰宅して私と娘がいないことに気づいた夫から、何度も電話がかかってきました。義母からも次々と連絡が入り、二人は娘まで連れて家を出たことに大慌て。電話口で声を荒らげ、娘を戻すよう騒ぎ立てていました。
私は今後について専門家にも相談。夫と直接話し合っても冷静な解決は難しいと判断し、家庭裁判所に離婚調停を申し立てることにしたのです。
離婚についての話し合いは難航しました。夫よりも義母のほうが、納得してくれなかったのです。
義母は「孫はこちらで育てたい」と主張していたようですが、そもそも離婚する夫婦の子どもの親権者を決める話し合いで、祖母である義母の主張は通りません。
調停では、私と夫の双方が今後どのように娘を育てていくのかについて話し合いました。私は出産後から娘の世話を中心になっておこなっており、実家に戻ってからも両親の協力を得ながら安定した生活を送っていました。
一方の夫は、私が家を出た後、仕事を休むことがさらに増え、最終的には退職していました。
ただ、仕事を辞めたことだけを理由に親権が決まったわけではありません。これまで誰が中心となって娘を養育してきたのか、今後の生活環境をどう整えるのかなど、娘にとって何が望ましいのかを踏まえて話し合いが進められました。
その結果、夫も最終的には私が娘を育てていくことに同意。離婚が成立し、私が娘の親権者に。
養育費についても夫と取り決めをしました。こうして、義母から何を言われても、もう以前のように振り回されることはなくなったのです。
離婚後、復職した私。両親にも助けてもらいながら、娘との新しい生活をスタートさせました。
もちろん、ひとりで子どもを育てながら働く生活はラクなことばかりではありませんでした。それでも、誰かに娘を奪われるのではないかと不安になったり、夫と義母の顔色をうかがったりする必要がなくなっただけで、ずっと穏やかに過ごせるようになりました。
当時の私は、「家族なのだから多少のことは我慢しなければ」と考えていたように思います。しかし、家族だからといって、一方の希望だけを押し付けていいわけではありません。
自分の願望を私たち夫婦や娘に押し付けようとした義母と、それを止めるどころか同調した夫には、最後まで失望しました。離婚後、夫は実家に戻り、今は義母と一緒に暮らしているそうですが、それ以上のことは聞いていません。
これからは娘の気持ちと幸せを何より大切にしながら、穏やかな毎日を積み重ねていきたいと思っています。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。