義母「女の子なんて論外!別れなさい」出産後に許せない暴言→プツン…夫の決断に義母が慌てたワケ

私は在宅で仕事をしながら暮らしている兼業主婦。やさしい夫と結婚し、穏やかな新婚生活を送れると思っていました。
しかし、結婚直後から悩んでいたのは、義母との関係性でした。夫への執着が強く、何かあるたびに私を敵視してきたのです。
そんな義母との関係は、私の妊娠をきっかけにさらに悪化していって……?
平日だろうとお構いなしに夫へ連絡をしてくる義母。夫が仕事中で電話に出られなくても、何度も着信を入れてきます。
ようやく夫が折り返すと、「あなた、結婚してから冷たくなった」「全部あの子のせいでしょ」と、私を責めるような言葉が続いていたそう。
義父を数年前に亡くしてから、義母は1人暮らしをしています。そのため夫も強く言い返しづらかったようで、「適当に流しておこう」と、私たちは深く関わらないようにしていました。
しかし、その考えが甘かったのだと痛感する出来事が起きてしまったのです……。
勝手にわが家に忍び込んだ義母
ある休日、夫と近所へランチに出かけた帰りのこと。
自宅へ戻ると、閉めたはずの門扉が半開きになっていたのです。さらに家の中から物音まで聞こえてきました。
私は思わず夫の後ろに隠れました。
「……誰かいる?」
空き巣かもしれないと思い、夫と様子をうかがっていると――しばらくして中から出てきたのは、義母でした。
「なんで母さんがいるんだよ!」という夫に対し、悪びれる様子もなく「ちょっと掃除してあげようと思って」と言った義母。
後から分かった話ですが、以前夫が義実家に鍵を忘れた際、義母は勝手に合鍵を作っていたようでした。
「ところで、なんでこんな大事なことを教えてくれないのよ!」
そう言った義母の手には、エコー写真。私が日記帳に挟んで、大事に保管していたものでした。
当時、私は妊娠10週目。まだ安定期前だったため、両家への報告も控えていた時期です。それなのに、義母は勝手に家へ入り込み、まだ誰にも言っていなかった大切な妊娠の記録まで盗み見ていたのでした。
怒りで手が震えるのを感じながらも、私はこう言いました。
「どうして勝手に入るんですか?」
夫もさすがに黙ってはいません。
「母さん、俺たちもさすがに限界だよ」
「反省しないなら本当に距離を置くからな」
珍しく強い口調で言い切った夫に、義母はぶつぶつ言い訳していましたが、最終的には不満そうな顔をしながら帰っていきました。その後しばらく、義母からの連絡は途絶えていたのですが……。
出産当日に義母から飛び出した信じられない暴言
それから数カ月後――。
私は出産の日を迎えました。陣痛が始まり、夫と実母へ連絡を入れて病院へ。痛みに耐えながら分娩室の準備を待っていると、突然、病室の扉が開いたのです。
入ってきたのは義母でした。
本来、面会できるのは夫のみ。どうやら義母は以前に盗み見た私の日記帳から、産院の名前を知っていたようでした。
ちょうどそのころ、義母から夫へ何度も着信が入っていました。陣痛で慌ただしい中、夫は無視し続けることもできず、つい電話に出てしまったそうです。そして「今、陣痛が来て病院にいる。分娩の準備もあるから、しばらく連絡しないでくれ」と伝えてしまいました。
その言葉で出産が近いと知った義母は、産院まで押しかけ、看護師さんの隙を見て病室へ入り込んできたのでした。
驚く私たちに対し、義母はベッド脇に置かれていた新生児用品をじろじろと見ながら言いました。
「え、女の子なの?」
「それは残念ね」
あまりにも非常識な言葉に、耳を疑った私。夫も呆然としていましたが、すぐに義母を病室の外へ連れ出し、「もう帰ってくれ!」と強く言ってくれました。
そして、モヤモヤした気持ちを抱えながらも、私は無事に元気な女の子を出産したのです。
夫が義母に下した決断
私と娘が退院した後も、義母の態度は変わりませんでした。それでも「おばあちゃんだから」と、私たちは娘と義母を会わせる計画を立てていました。
そして、夫が義母に電話をしたときのこと。後から夫に聞いたところ、義母はこんなことを言ったそうです。
「せっかく出産したのに女の子なんて論外よ!」
「跡取りを産めないなら、別れなさい! 離婚ね」
その言葉を聞いた夫は、静かな声でこう返したそうです。
「母さん、もう無理だよ」
「妻と娘を傷つけるなら、もう付き合えない」
「今まで母さんに言われてお金も用立ててきたけど、これからは援助もしない」
夫の言葉を聞いて、義母は慌てて謝ったそう。しかし、それは夫に対してだけでした。最後まで私や娘への謝罪の言葉はなかったのです。そんな義母の態度に、夫は「母さんとは距離を置く」と決心したそうです。
性別に関係なく、生まれてくる子はみんな等しく大切な命です。古い価値観や、嫁である私が気に入らないという理由だけで孫を否定する義母とは、もう関わるつもりはありません。
今は夫と娘との3人暮らし。合鍵はだいぶ前に夫が義母から取り上げましたが、念のため家の鍵も変えました。ようやく、心穏やかに過ごせる毎日を取り戻せたと思います。
◇ ◇ ◇
度重なる干渉に加え、孫の性別まで否定するような発言を繰り返した義母。家族だからといって何を言っても許されるわけではありません。相手への配慮を欠いた言動は、少しずつ信頼関係を壊してしまうものです。
特に、出産という大切な場面での心ないひと言は、消えない傷として残ってしまいます。自分の価値観を押し付けるのではなく、相手の幸せを尊重する姿勢こそ、良好な家族関係には必要なのかもしれませんね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
1つ目のエピソードでは、妊娠中から義母に干渉され、出産当日には娘の性別まで否定されてしまいました。夫は妻と娘を守るため、義母との関係に線を引くのでした。
続く2つ目のエピソードでは、同居中の義母から「跡取り」を求められ、娘たちを否定された女性が、夫とともに家を出る準備を進めます。しかし義母は……。
義母「また女の子なんて…子どもと出て行って!」→お望み通りにすると「ひとりの夜が怖いの」義母が懇願したワケは

義父が亡くなってから、私たち夫婦は夫の実家で義母と同居していました。義母は、夫の家系が本家筋で、昔は地主だったことに強いこだわりを持つ人です。
第1子の性別が女の子だと分かった日。報告すると、義母の表情が固まりました。
「男の子じゃないのね。うちは本家なんだから、跡取りがいないと困るの。お嫁さんは男の子を産んで初めて一人前なのよ。まあ、次に期待するしかないわね」
「子どもは2人までだと夫婦で話していて……」
「だったら、次は絶対に男の子を産んでもらわないと。まさか、あなた『女腹』じゃないでしょうね?」
「女腹」とは、女の子ばかりを産む女性を指す言葉として使われていました。しかし当然ながら、子どもの性別が母親によって決まるわけではありません。
それなのに義母は、おなかの子が女の子だったことを受け入れられず、まるでそれが私のせいであるかのように責めてきたのです。
娘が生まれてからも、義母の言葉は続きました。夫は部署が変わり、出張続きでした。ワンオペのなか、夜中にひとりで娘をあやしていると、翌朝きまって言われました。
「抱っこ癖がついてるのよ。育休中なのに家事も雑だし、息子の出張が多いのも、家で安らげないからじゃない?」
寝不足のなか、「私のせいなのかな」とひとりで泣いた夜もありました。
なんとか耐えて、1年ほどが経ったある日、娘が義母に向かって『抱っこ』と両手を伸ばしたときのこと。義母はちらりと見ただけで、部屋に戻っていきました。生まれてから一度も、義母が娘を抱いたことはありません。
私はどう扱われてもいい——。でも、この子にだけはこんな思いをさせたくありません。その夜、出張先の夫にビデオ通話で全部を打ち明けました。
義母は夫の前では穏やかに振る舞っていたため、夫は私がこんな仕打ちを受けているなんて思ってもいませんでした。私も告げ口のように思えてしまい、ずっと言えずにいたのです。
黙って聞いていた夫は、ぽつりと言いました。
「気付かなくてごめん。跡取りなんて考えたこともない。娘が生まれた日、嬉しくて車の中で泣いたんだ。家を出よう。ちゃんと準備する」
夫は異動希望を出し、新居探しを始めてくれました。ちょうど2人目の妊娠も分かり、引っ越しは出産後にすることに決めました。「母さんには全部決まってから俺が話す」という夫の考えで、義母には計画を知らせずにいました。
「息子と離婚してちょうだい」
それから数カ月後。夫の海外出張中に陣痛が来て、難産の末に生まれたのは、また女の子でした。
入院中、長女は実家の母が預かってくれていました。夫の帰国は仕事の都合で延びたまま……。退院を翌日に控えた夜、義母からメッセージが届きました。
『2人目まで女の子なんてね。きっと3人目も無理ね。息子とは離婚してちょうだい。あの子には、男の子を産んでくれる人と再婚してもらうわ。出て行くなら、子どもたちも連れて行ってね』出産をねぎらう言葉はどこにもありません。
私は『分かりました。その言葉、忘れないでくださいね』とだけ返しておきました。
翌日、退院した私は、そのまま次女を連れて実家へ里帰りしました。数日後には帰国した夫が実家へ駆け付けてくれ、「今問い詰めても、話がこじれるだけだ。引っ越しを済ませてから、俺から話す」と言っていたので、私はすべて任せることにしたのです。
温泉旅行の本当の意味
1カ月健診を終えた週末のこと。旅行先の宿から、義母が弾んだ声で電話をかけてきました。
「息子が温泉旅行をプレゼントしてくれたのよ。あなたのことを話したら『ゆっくりしてきて』って労ってくれたの。これで自分の立場が分かったでしょう?」
「お義母さん。夫がどうしてその旅行を贈ったか、分かりますか? 今日、引っ越しなんです。いま夫が業者さんと荷物を運び出しています。お義母さんが家にいたら、落ち着いて作業できないので」と私は伝えました。
義母は「……引っ越し?」と、戸惑ったような声を上げました。そこで私は「出て行くのは私だけじゃありませんよ? 夫も一緒です」と続けました。
これが夫の作戦でした。義母が温泉旅行から帰ってきた夜、夫は自分の口から義母に説明したそうです。引っ越し先は伝えなかったとのことでした。
「寂しくて仕方がないの」
引っ越しから1カ月後、再び義母から電話がありました。「戻ってきて」と何度頼んでも、夫は首を縦に振らなかったようです。
「謝るから戻ってきて。孫もちゃんとかわいがるわ。私も姑に厳しくされて、そういうものだと思ってたの。夫が亡くなってから息子しかいなくて……ひとりの夜が怖いのよ」
この人は、私が憎かったというより、息子を取られるのが怖かったのかもしれない——そう思いました。それでも、娘を無視したあの日のことは忘れられません。
「この先のことは夫と話してください」そう伝えて、電話を切りました。
その後の私たち
あれから1年近くがたちました。夫のいとこから聞いた話では、義母は最初、親戚の集まりで私の悪口を言っていたものの誰にも取り合ってもらえず、最近は顔を出さなくなったそうです。夫は月に一度だけ、義母に安否確認の電話をしています。
夫は出張の少ない部署に異動し、寝かしつけもお風呂も積極的に担当してくれるようになりました。そして私も仕事に復帰。長女は保育園で元気に走り回り、次女は最近よちよち歩きを始めました。
性別で人の価値が決まるなんて、あってはいけないことです。2人が「女の子に生まれてよかった」と思える家にしたい——。夫と一緒に、これからも大切に育てていきます。
◇ ◇ ◇
男の子も女の子も、生まれてきてくれた大切な命であることに変わりはなく、性別によって子どもの価値に優劣がつくことはありません。どんな子どもも、その子らしく愛されながら育っていける環境を、周りの大人たちがつくっていきたいですね。
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
いかがでしたか?
今回は、娘を否定する義母の言葉に傷ついた女性たちが、義母との距離を見つめ直したエピソードをご紹介しました。
妊娠中から義母に過干渉され、出産当日に娘の性別を否定されたり、同居中の義母から「跡取り」を求められ、娘たちを受け入れてもらえなかったり。どちらの女性も、本来なら祝福されるはずの出産や子育ての場面で、心ない言葉を向けられてしまいました。
男の子でも女の子でも、生まれてきてくれた命の尊さに変わりはありません。古い価値観を押し付けられたときは、無理に受け入れず、子どもが安心して愛される環境を守るために、必要な距離を取ることも大切ですね。