「夫婦は他人」と言い放った夫
きっかけは、結婚して初めて迎える年末年始の相談でした。義実家へあいさつに行く日を尋ねると、夫は平然と言いました。
「お前も来るつもり? 父さんたち、お前とは関わりたくないんだって。お金目当てだと思ってるから」
義実家の資産を知ったのは、結婚が決まってからでした。誤解を解いてほしいと頼んでも、夫は取り合ってくれませんでした。
「しょせん夫婦は他人なんだから、正月くらいお互い自分の家族と過ごそうぜ」
傷つきながらも、私は義両親と良い関係を築こうと、贈り物や連絡を続けました。ところが、贈り物は「気を使っていただかなくて結構です」という手紙とともに送り返されました。
娘が生まれてからも態度は変わらず、夫は休日も私たちを残して実家へ通っていました。やがて私は歩み寄ることを諦め、夫との将来を考えるようになりました。
介護が必要になった途端、態度が一変
そんなある日、夫から突然、義父が入院していると聞かされました。転倒によるけがで、退院後も日常生活に介助が必要だというのです。
「母さんも高齢だからさ。お前、父さんの介護と通院の付き添いを頼むな」
入院していたことさえ知らされていなかった私は、言葉を失いました。
「私とは関わりたくないと言っていたのに、介護は任せるの?」
「嫁なんだから当然だろ。手伝わないなら離婚だぞ」
私の仕事や娘の世話をどうするか、夫からの説明はありませんでした。夫の言う「手伝う」とは、私が生活を変えて介護を引き受けることだったのです。
私は少し黙ったあと、「退院に向けて、できる準備はする」と答えました。ただし、自分が介護を担うと約束したわけではありませんでした。
準備していたのは、同居ではなく
私はケアマネジャーとして働く母に、一般的な相談先や手続きについて教えてもらいました。そして夫に、病院の退院支援担当者へ相談することや、地域包括支援センターの連絡先を伝えたのです。
ところが夫は、渡した案内を見ようともしませんでした。
「他人を家に入れるのは嫌だって、父さんたちも言ってる。お前がやれば済む話だろ」
その返事で離婚を決意した私は、両親に事情を話し、娘と実家へ戻る準備を進めました。数日後、夫が笑顔で切り出しました。
「父さんたちがお前との同居を認めてくれたぞ。実家で同居して介護しよう!」
まるで私にとって喜ばしい話であるかのような口ぶりでした。
私は用意していた離婚届を差し出し、静かに答えました。
「もう関係ないから。あなたと暮らし続けるつもりはないの」
「え?」
夫の笑顔が消えました。
「家族なんだから」に返した言葉
夫は「父さんの退院に向けて準備するって言っただろ!」と声を荒らげました。しかし、相談先を案内しても取り合わず、私にすべて任せようとしたのは夫自身です。
夫と離婚すると将来夫が相続する予定の家や土地を手放すことになり、その恩恵を受けられなくなると引き止められました。けれど、義実家には住宅ローンが残り、所有している土地から得られる収入や活用益もほとんどないと、以前夫から聞いていました。そもそも私は、資産を目当てに結婚したわけではありません。
そこへ、迎えを頼んでいた両親が到着しました。私の母も、私には仕事と子育てがあり、ひとりに介護を任せるのではなく、専門の窓口で相談するよう夫に促しました。
それでも「家族なんだから助けてくれよ」とすがる夫に、私は答えました。
「私を他人だと言い続けたのは、あなたでしょう。困ったときだけ家族扱いされても、もう一緒には暮らせない」
その日、私は娘と実家へ戻りました。
私と娘が選んだ暮らし
別居後、娘の養育や財産について話し合いを重ね、離婚が成立しました。
夫は実家へ戻ったものの、義母とふたりで介護を続ける難しさを感じたそうです。その後の連絡で、改めて相談窓口を頼り、必要な手続きを経て介護サービスを利用し始めたと聞きました。
「最初から相談しておけばよかった」
そう言われても、結婚生活をやり直す気持ちにはなれませんでした。
私は両親の協力を得て仕事を続け、娘との生活を整えました。休日に一緒に出かけ、他愛ない話をして笑う。そんな穏やかな時間を、今は大切にしています。
◇ ◇ ◇
介護が必要になったときこそ、本人の希望や家族それぞれの生活を踏まえ、支え方を話し合うことが大切です。「嫁だから」と一方的に役割を押し付けてしまっては、信頼関係まで失いかねません。家族の誰かが無理を抱え込む前に、専門の相談先を頼り、続けられる方法を一緒に考えたいですね。
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。